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アナログな力を活用する
宇宙空間の「快適」づくり

温度

宇宙

PROFILE

宇宙航空研究開発機構(JAXA)杉田寛之

宇宙航空研究開発機構 研究開発部門 第二研究ユニット長。1969年生まれ。千葉県出身。
熱工学と低温工学を専門とする。日本航空宇宙学会およびアメリカ航空宇宙学会会員。京都大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了後、同大学院博士後期課程修了。新日本製鐵株式会社を経て、宇宙開発事業団(NASDA)へ。その後、2003年に宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団の3機関が統合して、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)へ。

空気がなく、地球とはまったく異なった環境にある宇宙空間。日々、この温度について思いを巡らしているのがJAXA(宇宙航空研究開発機構)に所属する杉田寛之さんです。熱工学を専門とする彼は、人工衛星や探査機といった宇宙機の「熱」を専門とするプロフェッショナル。いったい、宇宙には、どんな温度環境が広がっているのでしょうか?

アナログな宇宙の温度管理

― そもそも、宇宙の気温は何度くらいなのでしょうか?

まず「温度」というのは、そこに物があって初めて計測できるもの。宇宙空間には空気がないので温度が定義できないんです。その意味では「宇宙空間には温度はない」と言えます。

― 温度がない空間……なかなか想像がしづらいですね。

ただ、宇宙の果てから放射される赤外線を観測することによって、その温度はおよそ3K(ケルビン)=-270度であるということがわかっています。また、地球の周りにある人工衛星は、太陽の当たる場所では200度を超える熱さになり、当たらないところでは-150度にまで下がることもある。空気がない空間では、物が非常に熱くなりやすく冷めやすいんです。

― 地球とは異なった過酷な環境なんですね。杉田さんは「宇宙機熱制御」という分野の仕事をされていますが、これはどのような仕事でしょうか?

人工衛星や探査機など、宇宙空間で激しい温度変化にさらされる宇宙機の熱環境を設計する仕事です。宇宙機に搭載される機器といえども、大幅な温度変化に耐えることはできません。宇宙機内の機器が耐えうる-20度〜40度の温度に収めるため、熱制御技術が必要とされます。なかでも、一番基本的なのが多層断熱材を使った熱制御ですね。

― 人工衛星に貼り付けられたアルミホイルのような断熱材ですね。

これには衛星の外側から入ってくる熱を防ぎ、高温になるのを防ぐ役割と、中の熱が外に漏れるのを防ぎ、低温になりすぎるのを防ぐ役割の両方があります。

また、宇宙機は銀色の外表面から放熱することで宇宙空間に熱を放出しています。もしも冷えすぎた場合にはヒーターをつけるのが宇宙機の熱制御における基本的な考え方です。日本の家屋も夏の暑いときは窓を全開にして風通しをよくすることで冷やし、冬には暖房をつけるという発想によって設計されていますよね。基本はそれと同じです。

とはいえ、宇宙空間では供給される電力が十分ではない場合が多いんです。そのため、効率よく温めたり冷ましたりする必要があります。

― 人工衛星や探査機などは、莫大なエネルギーを使っているというイメージがありましたが、省エネにも気を使わなければならないんですね。

実は、JAXAで一般的な中型の宇宙機が使える電力は、3〜4kW程度しかありません。ドライヤーの使用電力は1kWくらいですから、ドライヤー3〜4個分の電力と想像して下さい。この電力で、温度だけでなく、通信、姿勢制御、観測といった宇宙機に搭載されるすべての機器の電力をまかなっているんです。

― ドライヤー3個の電力で宇宙機は動いている!?

杉田さん作成資料より引用後、編集

だから、省エネを徹底しなければなりません。例えば、現在研究されている「ヒートスイッチ」は、月面のローバー(月面車)に使うことを念頭に置いた部品です。

月面は、2週間昼が続いたと思えば夜が2週間続くような環境です。夜の間は太陽電池に光が当たらず、電力の供給ができません。そこで「ヒートスイッチ」は、ロウソクに使われるロウの「溶けると膨らむ」という性質を活かして熱くなったら勝手にスイッチが入り、寒くなったら自動でオフにする仕組みを用いている。これによって、電力を使わずに温度を保っているんです。

― 電気制御ではなく、ロウの特性だけで温度管理をしているんですね。

地球観測衛星 だいち2号の模型 金色の多層断熱材に覆われた本体や放熱部分が確認できる。

また人工衛星の側面に取り付けられる「サーマルルーバー」は、地上の窓にも使われる「ブラインド」と同じような原理。寒い時はブラインドを閉じて機器から出る熱を保温し、暑くなってくるとブラインドの羽を開けて放熱しています。これも、ブラインドの開閉にはモータではなく形状記憶合金を使っているので電力を使いません。また、モータを使わないことで、壊れてしまうリスクも避けているんです。

― 宇宙空間では、アナログな仕組みで温度管理がなされているんですね。

そうですね。人工衛星や探査機は、できる限りの工夫をこらしながら、なんとか省エネで温度を適正に保っています。これを考えるのが、熱制御技術者の難しさであると同時におもしろさですね。

うまくいっていると「熱」は意識されない

― 2014年に種子島宇宙センターから打ち上げられ、20年に小惑星リュウグウで採取したサンプルとともに地球に帰還する予定の「はやぶさ2」についてはどうでしょうか?

(C)JAXA, イラスト:池下章裕

はやぶさ2の場合、誰も行ったことがない特殊な環境に向かっています。いったいどのような熱環境になるのかは、厳密にはわからない。そこで、探査機の熱設計も、さまざまなケースを想定しなければなりません。

リュウグウに近寄った時にどれくらいの温度になるのか、何分以内なら、あるいはどれくらいの高度なら近づいても機器に影響しないのか……。シミュレーションを重ねながら、我々のような熱制御の技術者が運用計画にも参加しているんです。

― はやぶさ2については大きな注目が集まっていますが、熱制御でもさまざまな取り組みが行われていたんですね。

熱制御技術には、あまり多くの注目が集まることはありません。というのも、熱制御はうまくいっているときには意識もされず、話題にもならないもの。地上の場合でも、車やスマホ、パソコンなどが壊れる際には熱が作用していることが多く、人間だって、熱を意識するのは体調が悪い時ですよね。そのように、物事がうまく動いていない時に意識されるのが熱なんです。意識されないということは、我々の仕事がうまくいっている証拠なんですよ。

― 縁の下の力持ちとしてはやぶさ2を支えているんですね。

しかし、たまには「僕らも参加してるんだぞ」と声を大にして言いたんですけどね(笑)。はやぶさ2にも、我々のチームのメンバーが参加していますが、リュウグウにタッチダウンする瞬間にも、熱制御系担当者はあまり表に出てこなかった。事前準備のところで活躍しているんですが……(苦笑)。

― これからは、もっと熱制御にも注目していきます! では、人工衛星や探査機のような無人のプロジェクトではなく、国際宇宙ステーションのような有人の宇宙プロジェクトについてはいかがでしょうか?

国際宇宙ステーションの船内は室温20~25度で保たれており、快適な環境がつくられています。人間が滞在する環境では、無人機の環境より温度の範囲が厳しく、万が一のことがあってはいけないので安全の要件も厳しくなる。有人の宇宙開発における熱設計はとても難しいですね。

― 国際宇宙ステーションではどのように温度管理をしているのでしょうか?

ポンプを使って水やアンモニアなどの流体を循環させることで、内部を冷やしています。国際宇宙ステーションには大きな太陽電池があり、探査機に比べれば電力も豊富に使える贅沢な環境なんです。

また、人がいるので、部品を交換できるという利点もある。もしポンプが壊れた場合にも修理をできるところが、無人機との大きな違いですね。

― 宇宙機のために開発された熱制御の技術が地球上に転用されることもあるのでしょうか?

小型衛星で技術実証した平板型の小型ヒートパイプ

多層断熱材などは、キャンプ用のマットやブランケットなどに応用されることもありますね。また、宇宙機を冷やすために開発された「ヒートパイプ」というデバイスは、パイプの中に入っている作動液が高温部で蒸発して熱を運び、低温部で熱を捨てて液体に戻って循環するシステム。これは、ノートパソコンの冷却装置や豪雪地帯の融雪装置に使われたりしています。

現在、我々が開発しているのが、平板型の小型ヒートパイプ。金属板の中に細いパイプが埋め込んであり、この金属板中に配管が入っている。小型にすることによって、電子基板の間に入れて使われることを想定しています。これまでに、衛星軌道上で実験まではうまくいったので、これから様々な宇宙機に実装していきたいと考えているところです。

「快適」を求める宇宙開発へ

― 昔から、人間は様々な形で温度と付き合ってきました。宇宙という最先端を舞台に研究されている杉田さんの目から見て、人間の暮らしと温度についてはどのように見えるのでしょうか?

たとえば、気化熱を使って温度を下げる打ち水など、古来から受け継がれてきた方法は非常に理にかなっていますよね。ヒートパイプも気化熱の原理を応用しています。水を温めて熱を運ぶよりも、蒸発させて気体にした方がはるかに熱輸送効率が高く、温度を下げやすい。宇宙空間といえども、原理は昔のやり方と同じなんです。

また、古来からの技術だけでなく、OMXのような住宅の新技術などからも学ぶべきところはたくさんあります。OMXでは「ヒートポンプ(空気中などから熱をかき集めて、少ない投入エネルギーを大きな熱エネルギーとして利用する技術)」を使って熱の輸送を行っていますよね。こういった技術は、過酷な環境でさまざまな制限のある宇宙空間よりも地上のほうが進んでいる部分があります。JAXAでもヒートポンプの宇宙利用の研究に取り組んでいますし、OMXのような住宅技術と切磋琢磨することで、技術を高めて行くことができればと思いますね。

― 宇宙で使っている最新の技術が地上に転用するというイメージでしたが、地上の技術が宇宙に転用されることもあるんですね。

もちろん。地上では当たり前に使っているものを、宇宙でも当たり前に使えるようにするというのも、イノベーションの方向性のひとつです。過酷な環境であり、省エネを求められる宇宙空間でも使えるように改善していくことが課題のひとつですね。

― 杉田さんが立ち向かっている宇宙空間のお話を聞くと、改めて、私たちの住む地球環境の贅沢さに気付かされますね。

本当にそう思います。現在の国際宇宙ステーションは、単純・単調な環境でも耐えられるような訓練をした宇宙飛行士のための場所ですが、今後宇宙旅行が普及していったら、一定の環境ではなく温度の変化や風のゆらぎといった環境の変化が必要になってくるでしょう。宇宙の温度環境にも「快適」という発想が求められる時代も近いかもしれませんね。

文:萩原雄太写真:樋口晃亮編集:MULTiPLE Inc.

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