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埼玉県南埼玉郡・斎藤さん

1998年7月築

私達の家づくり「出逢いから入居まで」1

「フォルクスAに入居します」

写真:斎藤さんの家

ひまわり会事務局に一通のお便りが届きました。埼玉県南埼玉郡の齋藤さんの、OMソーラーとの出逢いから入居までをご紹介します。

木の香りのする家との出逢いは偶然でした。私たちは、「フォルクスAパケージ」で一生付き合える心地よさを手に入れます。10寸勾配屋根の山小屋は、これからも、私たちと一緒に年輪を刻んでいくのでしょう。思いもかけない出逢いから1年…

さっき、「ブリキのプロペラ機」を箱から出してあげました。夢が叶ったその日に飾ってあげようと、こっそり手に入れておいたものです。「この家には似合うじゃないか。」と友人が言ってくれました。今、真鍮でできた船舶用デッキライトの柔らかい明かりの下で、コーヒーの湯気が揺れています。太陽がくれたシャワーを浴びて、ほてった肌に夜風が心地よく感じます。そろそろ、あのホワイトウッドの床に寝転んで天窓から覗く星を楽しめそうです。自然の恵み…自然の息遣いに包まれているような、そんな気分です。

やっぱり、自分の居場所はお似合いの場所がいい。自分たちの生活は自分たちでデザインする。はきなれたジーンズを捨てられないような、気取りのない生活をしたい。そんな思いをかなえてくれる「素っぴん」の家は、飾りが無いから美しい。何が必要で、何が要らないか…そんな、「足るを知る」精神が生活を豊かにしてくれます。

「機能美」……それが、決断のキーワードです。

一目惚れをしてからの道のりは、けっしてなだらかではなかった…。連れ合いの涙が濡らす手を握り返して、「諦めたくない…。」と呟いた夜を過ごした事もありました。「近づくにつれ遠くなりけり…。」ではありませんが、そんな歩みでした。それでも…想いは叶えるものです。そんな私たちの歩みを綴ってみました。

「出逢いから入居まで」季節を重ねてきたものの、私たちにはまるで一日の出来事のようです。一緒に歩みを進めてきた工務店の方々に、声に出して言えない「感謝」を伝えたくて。

1998.7.26 朝日が心地よい朝です 齋藤

» 齋藤さんご家族紹介(感謝してます、皆さん)

家づくりの足跡、鮮やかに

出逢い

私が20歳の時に妻と永遠を誓い、早13年が過ぎました。二人の子供も大きくなり、中学1年生になった長男と小学5年生の長女が、部屋数の少ない賃貸物件で同室なのはそろそろ嫌だろうから、「一生快適に住まえる一戸建てに住みたいね…。」という会話が聞かれるようになりました。それは、1998年4月頃のことです。

そんな時に、「フォルクスA/OMソーラー完成内覧会」の広告が新聞に折り込まれているのを目にして、キャンプが大好きでログハウスに憧れを持っていた私たちは、さっそくおじゃますることにしました。

最初の印象は、「なんてすっきりしているんだろう…木の香りがするし、山小屋みたいでいいねぇ~。」なんて、OMの機能よりは、フォルクスAがもつ雰囲気に惹かれた私たちです。その後にも、営業担当者の上原さんの勧めで、工務店のモデルハウスを見学し、説明を受けましたが、自然の恵みを有効に活用するシンプルなOMの機能や、システマティックな施工方法に新鮮な驚きを覚え、それでいて自分のライフスタイルや考え方を無理なくコーディネートできそうな設計の自由度に共感しました。

「冬が暖かいと朝が楽だな~」なんて、妻にあっては「これが絶対いい!」と言いきる程です。「気に入ったのはいいけど、この物件にこだわらないで、住宅を取得するための様々な検討要件を冷静に整理しよう…よ。」との投げかけが、耳に届かないほどの惚れ様だったのを覚えています…土地だってこれからなのに。

まわり道

お互いに「良かったなぁ…フォルクスA。」と語り合ったその夜を経て、

  1. 住宅取得の必須条件である予算や資金計画などを検討する
  2. 住宅に求める条件や希望を整理する
  3. 市場動向や商品などの情報を収集して、条件との整合性を検討する
  4. 依頼する住宅メーカーや商品を決定する…

といったプロセスで具体的な検討を開始したのは、すぐ後の事でした。

まずは、妻が一目惚れした「フォルクスA608タイプ」の取得条件を検討すると、本体価格が予算の許容範囲を超えるのは明らかであったため、半ば諦めながら、まずは一般的なハウスメーカーや建て売り物件を検討対象にする事にしました…妻の納得を得るのに苦労した事を覚えています。

それからの約6ヶ月、そろそろ夕日が影を落とす草むらに、虫の声が聞こえてくる季節になりました。検討プロセスに沿って、いくつもの住宅メーカーや土地を検討してはみたものの、許容範囲内で納得できるものが一つもでてきません。「安い物件であるという条件だけでいいじゃないか…賃貸マンションでもいいじゃないか。」なんて、希望の住宅に巡り合うのを諦め、妥協しようとしていた頃でした。ふと振り返れば、フォルクスAへの恋心を思い出します…なぜ気に入ったんだっけって。「一生快適に住まえる家」に巡り合おうという熱い想いが消えかけた時の空しさを、どう表現できるでしょう…。

そんなある晩…キャンプを張った川岸で、秋風に揺れるろうそくの炎を見ながら、妻と二人で語り合いました。「やっぱりOMのフォルクスがいいよな。俺たちには壁紙いらないんだよな~、冬の朝でも暖かいし…。」

決心をした私たちは、次のような意志―「予算内でフォルクスAと土地を取得する。その範囲で生活スタイルをデザインする。他の物件は今後検討しない。どうしてもだめなら諦める」を固めて、もう一度工務店のモデルハウスを訪れたのです。そろそろ、正月の賑わいが嘘のように消えかけた頃のことでした。もう少しで「出逢い」から1年が経とうとしています…子供たちの為にも、この想いは叶えようと心に決めて。

ふりだし

営業担当の上原さんは、はじめて会った4月の頃からDMだけは送り続けてくれましたが、もうまさか営業対象にならないと思っていた頃だったのでしょう…私たちの訪問に、やや驚き、うれしそうに言ってくれました。

「やっぱり建てましょう、フォルクス。齋藤さんには住んで欲しいもの。」そんな言葉に、ビジネスとしての冷静を保ちながら、まずは取得の為の許容範囲を伝えました。そして、たとえ505タイプ程度のものしか建てられないとしても、フォルクスAに住みたい…という決心も。

それに対して上原さんは、「608タイプでいきましょうよ…絶対いけますよ!」というコメント。どう考えても予算的に標準のタイプでは無理だと思っていた私たちには、あまりにも意外な言葉だったので、あっけにとられて、「ホントに大丈夫なの? 許容範囲はシビアですよ…。」と、こちらから聞き返してしまうほどでした。

とはいえ「可能かどうかは、条件を持ち帰って確度の高い回答を下さい。」とお願いして帰路についた数日後、「大丈夫みたい…フォルクスで建ちますよ。仕様とかを検討して予算対策しましょうよ。」との答え。「ホントに大丈夫なんですね?」と思わず口にした私です。「ホントに小さくてもいいよな、フォルクスに住めるなら…。」と話していた私たちですから、その言葉を耳にした時の妻の飛び上がって喜んでいた姿が、今でも鮮明に思い出されます…あんなに喜んだ姿って、結婚する時だって見せた事なかったのに。

こうして、窓を小さいタイプにしたり壁を少なくするなど、仕様を落としたプランの検討を開始しました。土地もなんとか見つかりそうだし…なんとしてでも予算内でフォルクスAが建てられますように…と。

とおせんぼ

かくして、提示した条件での見積もりが開始されたのですが、待ちに待った回答は次の通りでした。

「やっぱりだめなんです…標準価格は変わらないんですよ。」

そんな上原さんの言葉に冷静を保ちながらも、あんなに妻を喜ばせておいて…!という気持ちも隠しきれないまま、向かい合いました。

「仕様を落とすのに何で?予算対策してフォルクスに住めるようにしましょうよ…って、言ってたでしょう!」

「そうだったんですけど…わかりました、もう一度社内で検討します。絶対に住んでもらいたいですもの…。」

家に戻っても、妻にはそんな会話の経緯は話せません…。もう、すでに他の予約物件を解約して「ふりだし」に戻し、しかも楽しそうに608タイプの間取りを考えて、紙の上にペンを走らせていたんですから。

真っ白な紙が真っ白なままで…私たちの夢が描かれないままになっちゃうかもしれない。そんな明かせない思いを胸に、かじかんだ手で妻の手を握り返した私に、「ホントによかったね…諦めないで。」という言葉。

「諦めなければならないんなら、気をもたせないで、はっきり言ってくれればいいじゃないか…。」と、上原さんを心の中で怨んだものです…月のきれいな冬の空が、思いもかけない涙で霞んでしましました。

そんな辛い思いをしていながらも工務店での検討結果を心待ちにしていた私に、上原さんから、「ぜひ、事務所まで来てもらえませんか。社長がお会いしたいというので。」という内容の連絡がありました。その電話に私は「結局、私たちの条件では無理だから、期待させたお詫びでもしたいのかな…。」と思いつつ、これで諦めがつくだろうと、最悪の決心を自分に促しながら一人で事務所に向かったのです。半ば諦めが顔の私は、社長から、まさか思いもよらない言葉を耳にする事となりました。

「山小屋のような『フォルクスAパッケージ』というフォルクスができました。私たちも初めての取り組みですので、齋藤さんさえよろしければモニターということで、これを建てませんか?示された条件の範囲内で収めるようにしますので。たとえこの金額でも内覧会を通して新しい商品の宣伝もしたいですし、技術陣の教育も考えると、最初の1棟目には齋藤さんのような方に建てていただきたいと思っています。」

まるでとおせんぼでもされたようなこの数週間…上原さんの交渉のおかげで、夢の実現に一歩近づけそうです。

うきうきと

幸い上原さんが紹介してくれた土地が、808・10寸勾配タイプを施工できる条件であった事で、社長からの提案を可能にしてくれました。いい風が通る土地を…という、私たちの条件を満たすために、建築条件付き物件の条件解除をしてもらって、土地だけの購入ができるようにしてくれたのです。

「ようやくフォルクスが建てられるよ。三角屋根で山小屋のようなんだけど…間取りも好きにしていいって。工務店でも初めてだから、どんな家になるかは建ててみてのお楽しみだってさ。やっぱり諦めなくて良かったな。」そんな言葉を妻へのみやげに家路に就いた私のそれからは、日程との戦いになりました。それというのも、4月の後半に全国一斉で行う「フォルクスAパッケージ発表会」に間に合うように、融資の申し込みや土地の取得、様々な手続きを含めて施工・完成への線表をこなさなければならなかったからです。

間取りの検討においても、敷地の方位が広告図面と違っていたことで、数日間ほとんど睡眠をとらずに考えたプランを書き直すこととなり、さらに睡眠不足を重ねることとなります。ネックだったのが、2面にしか窓を取れない2階の間取りや階段の設置できる場所の制限など…有効に住空間をデザインしようと必死でした。

そんなことから、建築確認用の間取りを決定する最終日には、営業課長の山下さんとも、深夜0時を過ぎてまで検討を重ねることとなってしまいます。それでもアドバイスのお陰で、2つの天窓と、朝日がリビングに射し込む4×4(m)の吹き抜けを設けた、風が通る、広くて明るい家になりそうです…缶コーヒーが何本空いたことか。

2月を迎え、建築許可も下りて施工請け負い契約も交わしたし、土地の決済前着工の許可もとりつけ、売買契約も交わした。あとは諸手続きだけを残して、完成を楽しみに待つだけだと…一息をついた矢先の事です。

つまずき

資金計画の検討では、1000万円近い自己資金が無くても、銀行のみの融資利用で資金調達ができるから大丈夫という事だったのに…希望金額を全額融資できるという承認が下りないのです。金融不安の影響もあり、理由は確定できないものの、融資契約のネックになりそうな要素は潰してしまいましょう…ということで、カード類の融資残高を清算し、カード利用の解約などもして、他の銀行についても融資可能かどうかの検討を依頼する事もしましたが、それでも条件の差はあれ、総じて希望金額融資の承認は下りません。

これでは、土地の契約条件である3月末清算の可能性が見えなくなる…土地の取得からやり直していたのでは、4月末完成予定の線表が大幅にずれ込む事にもなり、契約するに至った、モニター契約で…という特典である予算的な考慮も、また振り出しに戻ってしまう…たびたびのつまずきに胃が痛みます。

そこで、最後の頼みと…土地の契約先である不動産業者が融資を受けた銀行を紹介いただき、公的資金との併せ融資をお願いすることとしましたが、やはりだめだったのです。不可能な理由は、建物の評価はするものの、土地の担保評価が融資可能金額を制限しているということです。既存宅地ではあるものの、土地区分が「市街化調整区域」ということで、融資金額の返済保証となる路線評価額が、希望額を全額融資するためには低すぎると言うのです。

これが「やっぱり諦めなさい。」という最後通告のように聞こえました。土地の契約をした条件である、3月末決済の条件が解決できない…資金調達見込みが無い状態では、着工もできない…もうすでに2月の下旬となり、いよいよ完成予定日が後にずれ込む事は必至となりました。
もう目の前が真っ暗でした。「条件の中で建てましょう」と言ってくれた、フォルクスAパッケージが建てられなければ、残された道は「諦め」しかありません…道を照らしていた灯かりが消えかけそうです。「もういいよ…いろいろと、ありがとう。」と、上原さんに伝えようとしましたが、神様は見捨てていなかったのです。

ふたたび

そんな言葉をのみこむこととなったのが、上原さんからの一言です。「全額、公的融資を活用しましょう…住宅金融公庫と年金基金の利用で…融資条件や支払いには問題ないのですから。」

でも、それだと土地の契約条件も4月の完成内覧会も不可能…。融資実行の時期を考えると、たとえ中間金の融資を銀行から受けたとしても、ほぼ完成近くまで工務店への入金も難しい…。「それでは、施工できるようになった趣旨が曲がってくる…問題はないのだろうか?」との問いかけに、「社長は何も言わずに、住んでもらうことだけを考えてくれてますから…。」の答え。

歩みを止めずに前に進める。やっと、やっと前に進める…。

そこで、3月末には、100万円に近い金額を上乗せすることで土地の契約条件の変更を行ない、公的資金の融資予約もおりて、ようやく念願のフォルクスAパッケージを着工できることとなりました。「神様はいるんだな。」と、心の内を妻にもらした4月。一生快適に住まえる家を建てようと決心した私たちが、フォルクスに出遭って、ちょうど1年が経ちました。

そういえば、本来なら私の物件で完成内覧会を実施する予定だった、4月末の「フォルクスAパッケージ/全国一斉発表会」の広告が、工務店に積んでありました…完成予定は6月末になりそうです。

たしかな歩み

それからは、技術課長の金山さんとの仕様に関する打ち合わせで、工務店へ伺うことが多くなりました。やはり線表の関係から、短時間で様々な仕様を決定しなければならないのですが、金山さんのアドバイスやガイドが的確で、スムーズに進めることができます…忙しい私にはとても助かりました。

それでもお互いに808・10寸勾配タイプが初めてだということもあって、暗中模索に近いところで詳細の仕様を決定することとなりますから、私の方がイメージや空間感覚をつかみきれません。また、フォルクスAの施工経験が豊富でも、このタイプには独特の制限事項が多いので現場合わせが多くなることは必至です。

例えば、立ち上がり400仕上げである2階部分の体感する広さの感覚が無いことなどから、収納や本棚キットなどの追加工事は、入居してから検討することとします。また、吹き抜け部分の窓を開閉できるように造り付けのハシゴを追加することにしましたが、棟梁のおがげでデザイン的にも収まり良く取りつけられました。

照明の種類や機種の選択などについても、10寸勾配天井であることが影響する照明器具の有効範囲などがつかみにくかったり、大きな吹き抜けを設けた山小屋風のイメージを活かしたくて、安易には決められません。家電メーカーの照明器具カタログにはイメージに合う物が少ないので、あちこち探しまくり、真鍮製の船舶用デッキライトなど…自然素材を材質に持つ商品を、いくつか「Loft」や「東急ハンズ」で購入して、施主支給することとしました。甲斐あって、入居して灯をいれた現在では「似合ってるね…。」と満足しています。

そんなこんなを重ねながら、4月の末には建て方を開始し5月の初めには上棟式を迎えることとなりました。

 
【左】玄関をのぞむ。
【右】階段越しに。

お供えをして工事の無事を心から祈ります。まだまだ骨組みの状態ですが、しっかりとした基礎と構造を目にして、これから出来上がっていく完成までの道のりを楽しみに、歩んでいけそうな思いでした。

居間にて、天井を見上げる。

意外に外壁の仕上げは色決めが大変でしたが、1階部分を弾性モルタル横かき仕上げの黒で、2階部分をガルバリウム波鋼板の無塗装仕上げにし、ドアと花台ユニットにオイルフィニッシュ・チーク塗装を施して施工が進みます。妻にあっては、同じく真鍮製の丸型ライトを玄関灯に採用した外観に目をやって、「やっぱりコントラストいいじゃない…。」と、外壁の色を黒にしようとした時には「えぇ~っ!」とでも言いたげだった関係者に、舌を「べぇ~」なんてしたりして…もちろん、誰もいない時ですけど。

引き渡しの日が近づいてきます…オイルが浸透したホワイトウッドの床に射す日差しが強くなってきました。

大工さんたちが、かちっと仕事をしてくれました。

7月の末に引っ越しを済ませた齋藤さん。今は庭の造作、駐車場、玄関までのアプローチなど、自分で楽しみながら進行中のようです。

私達の家づくり「出逢いから入居まで」2

斎藤さんの家外観

木の香りのする家との偶然の出逢いから、齋藤さんの家づくりが始まりました。その道のりは決してなだらかなものではなかったようですが、いよいよ、引き渡しの日が近づきます。

わが家の特徴

外観:1F部分がモルタル横かき仕上げの黒、2Fはガルバリウム鋼板。ドアと花台がチーク材(オイルステン仕上げ)で、玄関灯に真鍮製の船舶用デッキライトを採用。

内部:南東側に4×4mの吹き抜けがあり、広がりと高さが印象的。2Fは、子供室(2×4m)2部屋と、親室(4×4m)、プレイルーム(4×4m)を配置し、十分な個室環境を実現。またプレイルームの勾配には天窓を設け、柔らかい陽射しが吹き抜けを通じてリビングまで降り注ぐ。照明関係では和紙や麻のセード、真鍮製の船舶用デッキライトをバックルーム以外に採用。素地仕上げに調和した選択になっている。

ドアの鍵

6月の初旬には各種登記を司法書士に委託し、施工チェックを行い、6月20日に引き渡しの日を迎えました。OMソーラーの使い方や説明など、金山さん(工務店技術課長)の丁寧な話しを伺った後、まっさらの「ドアの鍵」が私たちの手に渡されます。明るい棟梁以下皆さんの、ひとつひとつの仕事に手抜きが無い、かちっとした出来上がりの家です。玄関のドアを閉める時には感慨深い思いが胸にこみ上げました。夢を諦めなかった私たちと、支えてくれた工務店さんとの想いがようやく叶いました。「おめでとうございます」の言葉に、「ありがとうございました。皆さんのおかげです」と、それぞれの思いを交わしながら、今となっては10年目の仮住まいへと戻りました。

ダクトがアクセントに

その夜には、子供たちを連れて新居の山小屋へ電球を取り付けに行きました。照明を点けてみると、船舶用デッキライトの真鍮の色と白熱灯の暖かい光が「素っぴん」の壁に溶けていくようにさえ感じます。吹き抜けの上にある窓を開閉できるように造りつけたハシゴが照らされ、立体的な印象を与えます。なんともシンプルな「はしご階段」を上がった2階の広いホールでは、ガラスでできたシェードの小さな灯かりが、藍色のOMダクトの影を床に落としています。はしゃいで、かくれんぼしている子供たちに「どこにも隠れるとこないのに。収納だって住まいながら考えていこうな」と語りかけます。「それでいいのよ…私たちの生活はどんどん変わっていくんだから。一緒に成長できる家よね~」と、妻は気遣ってくれます。その日は、私たちだけでお祝いの食事に出かけました。関係者を招いての飲み会は、子供が夏休みに入って引っ越ししてからです。

お披露目

予定より2ヶ月も遅れた「完成内覧会」が開催され、ようやく叶った夢をお披露目しました。訪れた方は工務店さんからの案内を受けながら、それぞれの夢を私たちの山小屋に重ねて描いているようでした。「いい家ですね」と声をかけてくれる方には「ありがとうございます」と応え、「収納とかは無いのねぇ」という声を耳にすると、「そんなのは生活をデザインする上で考えればいいですよ…必要なら造ればいいのさ」と、心で呟く私たちです。

彩り

内覧会が終わった後も引っ越しまでの間はいつでも使ってくださいと、工務店さんに鍵をひとつ預けたままで、家具や調度品の検討と調達を進めます。基本的には、「機能的で、素材感がフォルクスの雰囲気を壊さないもの」といった目安でいろいろ探します。もちろん、今迄使ってきた愛着のあるものはそのまま活かそうとするのですが、目は贅沢になってしまいますね。一応、財布の中身と相談をしながら、「我慢するものは我慢して、必要なものだけを求める」を約束にして…。休日にはカタログを寝床に置いて、「ほしい家具があるから、見に行こう」と妻を口説きにかかります。

階段のある風景

ようやくその気になった妻に、御機嫌伺いでおいしい昼食をごちそうしてから家具屋へ足を運びました。どうやら妻も気に入った様子でしたが、「引っ越しできなくなっちゃうよぉ」「そ…そうだね、財布の中身を考えよう」と応え、とりあえず保留ってことで諦めて家路に就いた私たちでした。そういえば、妻も工務店さんのモデルハウスにあったリビングセットを諦めたんだっけ。「僕が造ろうか?…ホビールームもできたことだし」「それよりは、収納付きのキッチンカウンターを造ってよぉ」と、妻。そうでした…それが先でした。

工務店さんに資材調達を相談したら、「壁パネルやパッケージの洗面キットの端材なんかは分けてあげますよ」作り付けの収納やドアをきっちり仕上げてくれた建具屋さんも、「相談にのりますよ」って言ってくれてたな。妻は、「カーテンは自分で造るよっ」と言っています。それじゃ私は大工仕事でがんばりましょう。庭のごろごろした石はどうする?そうだ、子供たちに頑張ってもらおう。「いい土ができるようにミミズを離すんだよ」と言ったら、長男は「釣りの餌になる!」と喜び、長女は無言のまま首を縦に振りました…もうすぐ夏休みだね。

ふんばり

登記済権利証書を司法書士から受け取りました。でも、登録免許税や司法書士への報酬額に合点がいかない点があります。確か、住宅金融公庫からの融資には抵当権設定の登録免許税が免除されるはずなんだけど、この請求項目は何だろう?きちんと確認しなくちゃ。そうだ、不動産取得税の軽減措置を受ける申請が必要なのかな…埼玉県は。共有名義にしなかったけど、贈与税の心配はなさそうだし…問題は無さそうだ。そのように、家作りに関わる様々な要件の中には依頼するプロと対等に関われる立場で会話を進めなければいけない場面が数多くありました。私たちが主人公ですから当然なのですが、わざわざ業種を超えて関わってくれないことや、専門外なのでチェック機能を持てない要件もあります。ですから、いろいろ勉強しておけばマネージメントを任せきりにして起こり得るミスや余計な時間を割かれたりする手間を回避できます。納得したいだけなのに、素人は黙ってろとでも言いたげな司法書士の対応に不快な思いをした私の教訓ですけど。

そんな手続き関係や税金についての対策をとりながらも、引っ越しの準備を進めなければならない時期です。要らないものがどんどん処分されます。物持ちのいいことが美徳であった昔と今では、意味が違うんですね。へたすると半分以上が使わないものだったり、余分なものなんじゃないかなと思うほどです。どうやら、長女は抱えきれないほどのぬいぐるみを全部持っていくのだとか…ダンボール箱何個いる?妻の物持ちの良さは娘に遺伝したようです…陰干しされたその数は、ベランダいっぱいになりました。

「引っ越しの時は手伝うよ」と、たくさんの友人が声を掛けてくれます…うれしいものです。でも、整理しながら引っ越しの荷造りをしていると、細々したものが家の中に溢れかえって収拾がつかなくなりそうです。「今日は、新しい家に寝袋持って泊まりにいこう…」。ようするに避難です。

そうやって、少しずつ荷物を新居に運びいれて、いよいよ引っ越しの日を迎えました。朝から妻の友人が手伝いに来てくれています。やはり男手よりは女手の方が必要でしたね…台所周りなんかわからないですもの。引っ越し業者の方々は実に手際よく作業をしてくれて、見る見るうちに新居の中に生活の息遣いが感じられるようになります。とはいえ、家の中は溢れかえる荷物で、どこから手をつけていいか…当分は整理整頓に時間がかかりそうです。大型ごみは、工務店さんからトラックを借りて、町の処分場へ持ち込みました。大家さんの足腰が丈夫だった頃には、野菜やらなんやらもらったっけなぁと思い出しながら、妻と私はなにも無くなった仮住まいで、長女が産まれたばかりに引越してきた頃からの10年間を思い起こしているのでした。

入居の日に

全ての荷物が運び入れられ、郵便受けに家族の名前を彫ったプレートを取りつけて、「自分の家なんだな~」と実感します。暑い中での引っ越しで汗をかいた私たちは、初めて太陽がくれたシャワーを浴びました。そして、ほてった肌を家の中を抜ける風に当てながら照明に灯を入れて、心地よい感触が手のひらに伝わるホワイトウッドの床に寝転びました。木の香りの中で妻が入れてくれたコーヒーの湯気が、柔らかい明かりに揺れています。妻は静かな時間の中で夢が叶うまでの道のりを思い出しています。私はキーボードを前に「出逢いから入居」までの、いろいろな思いを綴っています。そろそろ、天窓から覗いている星を眺められそうです。そうだ、密かに手に入れておいた「ブリキのプロペラ機」を箱から出してあげよう…私たちと一緒に、黒曜石のように輝いている夜空から眺めてみようか…この、フォルクスAパッケージ…ようやく叶えられた夢の形を。

あとがき

出逢いから今迄の16ヶ月は、まるで一日の出来事のような気がします。季節が変わった匂いさえ気づかないほどの時間でした。思い返せば、フォルクスAパッケージとの出逢いと、工務店さんの出逢いが全てでした…想いは叶えるものです。辛い思いをしたり、喜んだり…私と同じ思いで一喜一憂し、必死に応えようとしてくれた上原さんに感謝します。諦めなくて良かった…たぶんこれからもいろいろ大変なことはあるのだけれど。私たちはフォルクスAパッケージで、一生付き合える心地よさを手に入れます。

…感謝

家づくりを楽しもう

座卓と丸座 座卓と丸座

家づくりの中での楽しみを、こんな風に語ってくれた齋藤さんです。

「フォルクスって『がわ』がかなり個性的。だから家の中に置くものを一つ一つ選ぶのが大変なんだけど、楽しみでもありました」。

しばらくは木目が美しい一枚板に丸太の足を付けて、低めの座卓にしよう。そして、ソファーに横になるより床に寝転がるよ。「ねぇ、ディレクターチェアーでもなんでもいいから、みんながお気に入りの椅子を使うってのは、どう?」と妻。「それいいね…スタッキングしておいたらお客さん来てもいいし…」と私が応えます。「でも床が傷つきやすそうだよ」と妻が言うので、とりあえずは椅子の替わりに、気に入った丸座を数枚買ってきました。

造りつけのような机洋服ダンスの上いっぱいにストックしていた模型の箱をガレージセールに出しました。これは絶版モデルだから…なんて、群がる子供たちには通じません。「いいよ、欲しいんだったら持っていきな!」。バナナのたたき売りのように気前のいい私に「もったいない…」とは、最近テレビ番組で「プレミア」という言葉を覚えた 長男の声。そういえば、初版から揃っていたナイフマガジンは捨てなきゃ良かったかな~。

 

今まではカウンタータイプの机で勉強していた子供たちに「東急ハンズ」で塗装もしていない作業台のような机を調達。これも造り付けのようです。これからお父さんがワックスで仕上げてあげるからね。あっ、引き出しが無いけどどうしようか…造る?

下駄箱 しっかりとした造りの下駄箱キットの上には、お気に入りの白樺の皮が張り込まれた額をイーゼルに乗せて飾ってあげます。

窓の木枠を活かしたいので、カーテンを使わないで隣家からの視界を遮断できないかなと考えて、自動車の窓用スモークフィルムを一部に貼ってみました。まだまだ改善の余地はあるぞ…2階のこもる暑さもなんか解消する方法があるはずだ…。

1997年4月

「そろそろ、一生快適に住まえる一戸建てに住みたいね…。」という会話をするようになる。そんな頃「フォルクスA完成内覧会」の広告を目にして、アウトドア派でログハウスに憧れていた私たちは、素朴な雰囲気に惹かれ、さっそく訪問する。「何てスッキリしているんだろう…。木の香りがするし、山小屋みたい。」という印象をもつ。一目ボレをした私たちは、フォルクスAの取得条件を検討するも、予算オーバーになる事は明らかだったために、半ば諦めながら他社ハウスメーカーの物件を検討対象とすることに。

1997年9月

半年間、他社ハウスメーカーの物件をいくつも検討してきたが、納得できるものに巡り合えないことから、希望の住宅に巡り合う事を諦め妥協しようとする。

それでも、フォルクスAに住みたいという思いを消すことはできず、新たな決心を固めて再び工務店へ伺うことに。

1998年1月

見学会で案内を受けた営業担当者は、私たちの訪問にやや驚きながらも、嬉しそうに私たちの夢を叶えるお手伝いをしてくれると話してくれた。私たちの取得条件と、小さくてもいいからフォルクスAに住みたいという強い決心を伝え、可能かどうかを検討してもらう事に。その数日後の返事は「大丈夫、フォルクスで建ちます。」ということだったが、詳細を詰めると予算の問題はクリアされていない。大丈夫と言う言葉を信じ、他の予約物件などは解約して「フォルクスA」のみに思いを寄せていた私たちは、対応策の提案を待つことに。諦めかけていた私のもとへ、「フォルクスAパッケージ」の登場によって、工務店から朗報が届く。パッケージモニターとして「808・10寸勾配タイプ」を取得条件の中で建てさせてもらえることになり、私たちの家づくりが現実味をおびてくる。

1998年2月

4月の見学会会場となるべく、間取りの決定や各種手続きなどのプロセスを急ピッチで進めていたが、思いもかけず、銀行からの資金調達に問題が発生し、暗礁に乗り上げることに。希望金額の融資が受けられなければ、取得の条件であった見学会の予定日までには完成しないため、もうモニターとしては建てさせてもらえないだろうと、叶いかけた夢を諦めようとする。

1998年3月

「全額、公的融資を活用しましょう。社長は住んでもらおうと言っていますから」という営業担当者からの一言が、諦めかけていた私たちの夢をつなぐ大きな架け橋となる。土地の取得についても問題を解決し、ふたたび夢を叶えるために歩み出すことに。「神様はいるんだな。」と呟く。

1998年4月

私たちがフォルクスAに出逢って、ちょうど一年。決定した間取りに沿って、詳細仕様に関する打ち合わせが進められる。私にとっても、工務店さんにしても初めての「フォルクスAパッケージ」は、独特の制限事項が多く、容易には進められなかったが、ようやく月末には建て方を開始。

1998年5月

待ちに待った上棟式を迎える。しっかりした基礎を目にして、これから道のりが楽しみに。システマティックな施工過程は着実で、どんどんと夢が現実の形に近づいてくる。

1998年6月

6月の終わりごろに完成して、念願のドアの鍵が私たちの手に渡される。大工さんたちの仕事に手抜きのない、かちっとした出来上がりの「わが家」。工務店のおかげで、ようやく叶った夢に感激もひとしお。

ひまわり会会報誌『soleil7・8号』(1998.09~11)より

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