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兵庫県三原郡・土井さん

2002年6月築

時の歩みを途切れることなく次代へと繋いでゆくために。

設計ファイル

新旧の建物が違和感なく同居できるようバランスを配慮。

写真:兵庫県三原郡・土井邸外観

土井さんのOMの家は、築140年近くにもなる母屋や石積みの塀など、趣のある既存の建物と新しいOMの家とのバランスをどう配慮するかということに最も重点が置かれました。

改修という形で残された蔵は、ホールによって新しいOMの家とつながり、共有の玄関を設けてひとつの建物のように行き来できるようにするなど、時を経た母屋と新しいOMの家との間を緩やかにつなぐ役目を果たしています。

また、建物東側には、石積みの塀とOMの家の間にコンクリート打ち放しの塀を設けて緩衝の役目をさせるなど、新旧の建物を違和感なく同居させるための心配りがされています。

建物内部は、建物中央に階段を配し、階段の周りをぐるりと回れるよう動線が考えられており、また、唐松や東濃桧、月桃紙や漆喰など自然素材をふんだんに使いました。居間の南側の大きな開口部からは明るさと日差しが、東側の窓からはすぐ横を流れる川から吹いてくる風が心地よく通います。

写真:南側テラスより母屋を望む 写真:外観
【左】OMの家は、離れがあった場所に建てられた。その南側テラスから、歴史を刻む母屋を臨む。
【右】周囲にどう溶け込むかを考慮して建てられた土井さんのOMの家。手前は既存の石積みの塀。

写真:ホールを介してつながる、蔵とOMの家 写真:蔵の窓 
【左】改修された蔵と新しいOMの家とは建具のデザインを統一し、ホールを介してつながっている。
【右】蔵の窓はそのままに。二重、三重の厳重な施錠構造という往時の技術が施されている。

建物概要


兵庫県三原郡・土井さんの家配置図(クリックで拡大)


兵庫県三原郡・土井さんの家平面図(クリックで拡大)

家づくりと暮らし

時の歩みを途切れることなく次代へと繋いでゆくために。

淡路島の南に位置する南淡町にお住まいの土井さん(奥様)が家づくりを考え始めたのは、今から約10年前に起きた阪神・淡路大震災がきっかけでした。

築140年近く経つという旧家に暮らしていた奥様。幸いなことに、震災の直接の被害は石積みの塀の一部崩壊と母屋の古い台所部分の屋根が落ちた程度で済みましたが、全く予想外だったこの経験により、改めて「石の土台の上に柱を立て、瓦屋根の重みだけでもっている」という我が家の構造に不安を覚え、「小さくても丈夫な家に住みたい」、そう思うようになったのです。

写真:母屋と蔵、そしてOMの家
歴史を感じさせる母屋と改修を加えた蔵、そして新しい技術を搭載したOMの家が、
ひとつの敷地の中で時の流れを繋げている。

そんな土井さんが新聞でOMソーラーを知ったのは、同じ年のことでした。昔、冷房病で苦しんだ経験を持つ奥様にとって、自然を活かし、その土地の気候風土に合わせた家づくりを展開するOMソーラーは、まさに望んでいた家そのものでした。

さっそく取り寄せた資料を幾度も読み返し、「こんな家に住みたい」との思いを膨らませていく奥様ですが、なにぶん震災に遭うまで家づくりなど考えてもみなかったこと。資金の準備も十分でなく、加えて当時淡路島にはOMの加盟工務店もなかったので、仕方なく、思いを心に秘めて静かに時を待ちます。

写真:手水鉢のある庭 築山、灯篭、手水鉢など、庭には母屋同様に 先祖代々から受け継がれてきた歴史が生きている。

それから淡路島に加盟工務店ができたのは、震災から2年後のことでした。

「見学会のチラシを見て、もう嬉しくって。何が何でも見に行くといって出かけたんです」と奥様。一緒に連れ立って出かけたご主人に「ここから暖かい空気が出るんよ」とOMの良さを熱心にPRします。

その後もご夫妻で何度か見学会を訪れているうちに、奥様の決意はますます強くなり、資金的な準備もおおよそ整ったところで、いよいよ本格的に家づくりに着手、となるところですが、土井家にはある重大な問題がありました。

旧家の跡取りであるご主人にとって、何代も続く家を守っていくのは自分の使命であり、保全は考えても、そう簡単に取り壊しなどできようはずもありません。

安全に暮らすための家づくりを着々と進める奥様と旧家を守る立場のご主人との間で、相反する思いに対してお互いに歩み寄り解決策をみつけるための議論が重ねられます。

その結果、母屋はそのまま残し、あまり使用していなかった離れと蔵を取り壊し、そこへOMの家を建てるという結論で決着を見ます。

写真:居間 母屋から眺めてきた庭をOMの家の居間からも楽しむことができる。

そうしていよいよOMの家づくりが始まりますが、蔵と離れを取り壊して建てるという当初の計画は、一本の電話によって急遽変更となります。「蔵はもう取り壊しましたか」。それは工務店からの電話でした。

本来なら新築に先立ち、とうに取り壊していたはずの蔵でしたが、たまたま解体業者の都合でまだ手がつけられていない状態で、その事実を工務店に告げると、「良かった。まだ壊していないのなら、蔵は残しませんか。こちらできちんと手当てをしますから」と言うではありませんか。

同じ淡路島で震災という経験を共有し、土地の人々の暮らしを熟知していた工務店にとって、震災さえなかったら、という土井さんの痛みは十分すぎるぐらい分かっていたこと。昔はたくさんあった土井家の蔵の中で、唯一残されていたその蔵には家紋入りの鬼瓦や立派な柱や梁など貴重な材料が使われており、それをなんとか残せないものだろうかとの工務店の計らいだったのです。

「手当てさえすれば再利用できる」、との予想もしなかった申し出に、古くなってあちこち傷んでいたため、解体はやむを得ないと諦めていたご夫妻は、「こんなに嬉しかったことはありません」と感激。蔵は改修という手法で残すことになりました。

代々続く歴史にOMという新しい技術の歴史を加えて。

何代も続く歴史の重みを伝える母屋の東側に、改修して生まれ変わった蔵と、その蔵をホールでつなぎ、共有の玄関で包み込むようにしてOMソーラーの家が完成したのは2002年6月のこと。広い敷地の中に並ぶそれらの建物は、時の流れを一本の帯のように途切れることなく繋げています。

OMの家へと続くアプローチには、解体した離れの建物に使われていた地元タイルメーカー、ダントータイル初期の貴重なタイルが埋め込まれ、刻み込まれた時を受け継いでいます。

一方、改修した蔵の2階の窓には奥様お気に入りのステンドガラス、玄関正面には娘さんがデザインを起こしたエッチングガラスが、土井家の歴史の1ページに新たに加わりました。

写真:玄関の三和土(たたき)に埋め込まれたタイル 写真:玄関へ続くアプローチにもタイルが
【左】玄関の三和土(たたき)に埋め込まれた地元タイルメーカー、ダントータイル初期の貴重なタイル。
【右】玄関へ続くアプローチにも、取り壊した建物に使われていたダントータイルが新しいデザインモチーフとして生き生きと活用されている。

夢に見たOMの家での暮らしを、「母屋では台所に立つのに靴下とスリッパを履いて、足元にはストーブを置いていましたけど、この家は暖かいから台所に立つのが楽しい」と 奥様が言えば、「構造上の技術も昔に比べたら格段の進歩で安心」とご主人も大満足。

写真:エッチングガラスが填められた玄関の窓 写真:台所
【左】娘さんがデザインを起こしたエッチングガラスが填められた玄関正面の窓。
【右】旧家の台所は寒かったけれど、この家は暖かいので台所に立つのが楽しい、と奥様。

母屋という時代を超えて受け継がれていく家と、自然を活かした知恵と工夫から生まれたOMソーラーの家。

今は母屋を守りつつOMの家での生活も楽しむという毎日ですが、「結婚して徳島に転勤している長男が戻ってきたら、この家は長男夫婦に譲らなければならないかもしれません。 OMの家の快適さを知ってしまった今、OMでない家に住めるかどうか心配。できればもう一軒、OMの家が建てられたらいいのだけれど」と笑う奥様は、穏やかで安らぎのある日々の暮らしを、深く味わいながら噛み締めています。

写真:娘さんの部屋 写真:蔵の既存の入り口部分
【左】改修された蔵の二階に新たに設けられた娘さんの部屋。窓の上部にはステンドガラスが填められている。
【右】蔵の既存の入り口部分とそれを包み込むようにして設けられた共有の玄関。

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