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富山県富山市・上田さん

2002年8月築

材木の切り出しから始まった家づくり。
柱、梁、床、壁、家のあちらこちらから、家づくりに関わった多くの人たちの、温かな想いが伝わってきます。

設計ファイル

仕切りのないシンプルな間取り、自然素材の使用で建築材料の省エネ。

写真:富山県富山市・上田邸31坪の敷地に建てられた上田さんのOMの家は、地元の木を使った木造3階建て。仕切りのないワンルームを縦に三層重ねた形となっています。

構想10年の間に書いた設計図は数え切れず。スキップフロアなど狭い敷地を有効に使うために様々なアイデアを考えたといいますが、最終的には家族のコミュニケーションを大切にした、最もシンプルな現在の形に決まりました。

床下に蓄えられた太陽熱はリビングに設けられた階段を通って上へ。また通気口をあちこちに設け、空気の流通を図っています。問題となっていた結露対策は断熱材と防湿シート、気密シート、ペアガラスで対応。

県産材であるスギの無垢材を床、天井、下地材から構造材までふんだんに使った上田さんのOMの家。自然素材の心地良さを実感するとともに、自ら呼吸し、素っぴんのまま使われる自然素材は、建築にかかる材料も少なくて済むことを発見。間仕切りが少ないことも材料の省エネに。

写真:居間 写真:作り付けの本棚
【左】大切なコミュニケーションの場となる1階の居間。家族みんなはほとんどの時間をここで過ごす。
【右】2階階段横の作り付けの本棚。スペースを有効に利用。

建物概要


富山県富山市・上田さんの家平面図(クリックで拡大)

家づくりと暮らし

家づくりに関わった大勢の人の温もりが感じられる家。愛着もひとしおに。

写真:子供部屋近くの山の木を、必要なだけ切り出して家を建てる。そんな昔ながらの家づくりが“当たり前”でなくなったのは、いつの頃からでしょうか。2002年、富山県産材を使って家を建てたのは、市内の設計事務所で働く上田さん。構想に10年余りを要してのことでした。

上田さんが最初に家づくりを思い立ったのは、実家の設計事務所を継ぐべく、東京の大手建設会社を退職し、奥様を伴って富山に戻った時のことです。故郷での新生活のスタートは、六畳二間に台所という築25年以上過ぎた木造の借家からでした。

完成するまでに10年もの月日がかかったけれど、今思えば、この家に辿り着くまでの必要な時間だったのかもしれない。

「借家は父が所有していたもので、暗い、狭い、寒いで、入居して半年も経たないうちに婚礼箪笥が結露で水浸し。“こんなところに住んでいられない”という思いと、その年に長女が誕生して家族が増えたことで、よし、家を建てようと思いました」

上田さんは「長女が幼稚園に入るまでに」と家づくりの目安を設けますが、土地の選定に手間取っているうちに時は移り、次女、長男と、さらに家族は増えていきます。遅々として進まない家づくりに、気分はいつしか「住めば都」。しかしそんな停滞ムードの中に、ある時、一石が投じられます。

誘われて入会した青年会議所のセミナーで、それまであまり興味のなかった環境問題について知ることとなり、これが上田さんの家づくりに、大きな波紋となって広がりを見せていきます。

上田邸外観。

青年会議所の仲間たちと環境について勉強すればするほど、省エネの必要性を実感したという上田さん。「環境を守るために、何かできることはないだろうか」との思いを強めていたその矢先に目に飛び込んできたのが、「とやまの木で家をつくる会」設立の知らせです。

国土の約67%を森林が占めるというのに、採算が取れずに衰退する一方の日本の林業の現状。林業の衰退は連動して海や川、空気の汚染にまで影響が及ぶといわれており、富山県が北米材の輸入基地となっているだけに、より考えさせられるものがあったといいます。

「地元の木で家をつくる運動が、いろいろな所で起こり始めているのは知っていましたが、いよいよ富山にもできたことを知り、すぐに運動への参加を決めました。」

そしてこのことが、上田さんの家づくりに大きな変化を与えることに。選定に苦慮した敷地は、文教地区という周辺環境の良さを優先し、借家が建っている土地に建て替えることに決まりましたが、土地が狭いため当初は鉄骨3階建てを計画していました。

しかし会の活動に参加するうち、地元の木で建てたいと思うようになり、それも単に木造というだけでなく、できるだけ環境に負荷をかけず、自然のエネルギーを活用したいと、セミナーを通じて交流を深めていった環境ジャーナリストから、太陽熱を利用したパッシブソーラー 「OMソーラー」の存在を教えられ、導入を決めるのです。

写真:玄関 写真:花
【左】海で拾ってきた石が埋め込まれた玄関ポーチ。
【右】奥様が丹精こめて育てた花。

長い道のりがあったおかげでOMソーラーに辿り着くことが出来ました。

写真:階段は、リビングの中に設けられている必ずリビングを通って上の部屋へ行くよう、階段はリビングの中に設けられている。とはいえ、日照条件が厳しい北陸の冬。

長女誕生の年から始まった家づくりへの長い道のり。その10年を振り返り、奥様はこう言います。

「その時間があったおかげで地元の木で家をつくるということ、そして環境問題について勉強する機会に恵まれ、OMソーラーにも辿り着くことが出来ました。もし慌てて建てていたら、こういう気持ちのいい家にはなっていなかったと思います」

「もちろん太平洋側と同じ効果は期待できないでしょうけど、それでも制御盤の棟温度を見ると“太陽ってすごい”って思いますし、夏場はお湯採りができて、それだけでもずいぶん助かります。
日本海側でさえこれだけ効果があるのだから、太平洋側ならもっとエネルギーを使わないで済む家ができるはず。全部がOMの家になってもおかしくないと思います」と上田さん。

写真:3階 力強い梁の架かる3階。

鉄骨造の事務所とOMの我が家を行き来しているご主人は、「事務所は断熱材を入れてあるのに、暖房を焚いても焚いても寒くて」と、その明らかな違いを肌で感じるといい、また 奥様も、「友人から新築祝いにとスリッパをいただいたのですが、この家は素足が気持ちいいから、使っていないんです」と満足の笑みを浮かべます。

地元の木を使い、OMソーラーを導入するという、自然との共生を強く意識した家づくりにより、テレビや雑誌等に取り上げられ注目を浴びたり、家づくりについての講演依頼が舞い込んだりと、忙しい日々がつづいているという上田さん。

10年という長い道のりを木を慈しんで育てた人をはじめ大勢の人の温もりや技が宿っていること、育んできた自然があることを教えてくれた上田さんのOMソーラーの家。厳しい冬の北陸の空の上にも、太陽は間違いなく輝いていることも、教えてくれています。

写真:手作りの、キックボードかけ 写真:お城の模型
【左】外壁に設けられた手作りのキックボード掛け。
【右】賞を獲得した娘さん作のお城の模型。

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