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新潟県佐渡郡・吉田さん
2000年12月築
佐渡という、この土地にあった家をつくりたかった。
設計ファイル
通風と彩光、さらに渡り廊下と玄関の役割まで果たす中庭。

間口が狭く、東西に細長い敷地の吉田さんのお宅は、西側の道路に面した部分に既存の建物である奥様の美容院、中庭をはさんで東にOMの家があります。玄関を特に設けず、中庭の南面小路側に木戸を設け、そこから出入りするようになっているのです。
中庭は通風と彩光の役割を果たすだけでなく、テラスを設けて既存宅の美容院への渡り廊下の役目や、またバーベキュー、大工仕事などにも利用されています。
家の最も東にあるご両親の部屋以外は仕切りを最小限にして、できるだけオープンな空間をつくりました。
2階は子どもたちのために、下段が収納・上段がベッドとなるスペースを設け、扉のみでプライバシーを確保。あたたかい空気を2階へまわすために、吹き抜けのほかにガラリが填められています。
建物概要
- 木造2階建
- 敷地面積:126.4m2
- 延床面積:150.35m2(1階:87.25m2、2階:63.10m2)

図:新潟県佐渡郡・吉田さんの家平面図(クリックで拡大:48KB)

【左】地元職人の巧みな技によって、釘を使わない昔ながらの仕口の技術が生きる吉田さんの家。
【中】2階には、吹き抜けとともに、暖かい空気をまわすためのガラリが填め込まれている。
【右】小路側には雨水タンクを設置。太陽とともに、雨水というもう一つの恵みは、木戸の前の瓶と、このタンクに集められる。
家づくりと暮らし
佐渡島で初めてOMソーラーを取り入れたわが家。
吉田さんの家は、海からほんの100メートルほどの距離にあるため、潮風も湿気も強いという。少し小高いところからは、真野湾が一望できる。
山梨県出身の吉田さんが初めて佐渡島に降り立ったのは、写真学校の修学旅行の時でした。それから佐渡島の写真を撮り続けるようになった吉田さんは、すっかりその地に魅せられ、やがて佐渡で生まれ育った 奥様と出会い結婚。二人のお子さんにも恵まれながら、昭和初期に建てられたという奥様の生家で、ご両親とともに暮らしていました。
生来、好奇心旺盛だったという吉田さんは、佐渡という土地にさらに刺激を受け、木工や機織り、ダイビングに水上スキー、パラグライダー、また二級建築士の免許まで取得するなど、「何でも試してみたい」と挑戦を続けているのだといいます。
そんな吉田さんがOMの家を建てたきっかけは、老朽化が激しい奥様の生家の現状にありました。「いつか建てなければ……」、そう思いながら雑誌をチェックする吉田さんの頭の片隅に留まった家づくり、それがOMソーラーでした。
「佐渡は潮風が強いのでほとんどが木造の家なのですが、海に囲まれていて湿気も強いので、昔ながらの家などは梁などに柿渋を塗り、さらにその上に漆を塗っているんです。だから、もっと湿気に強く、しかも木にとっていいシステムはないだろうかとずっと考え続けていたんです」
「これだけ大きな吹き抜け空間を温めるのは、OMしかできないと思いました」という吉田さん。吉田さんご自身が欅の一枚板を削り柿渋を塗ったという居間の大きなテーブルには、同じく
吉田さんが作られた刺し子のテーブルセンターが飾られていた。
インターネットであれこれ調べるうちに、「そうか、こういうのがあったんだ」と、OMソーラーに行き着き、工務店を調べてみると、なんとここ佐渡島にもOMの会員工務店があるではありませんか。さっそく連絡を入れてみたところ、工務店は協会に加盟して初めてのモデルハウスを建築中とのこと。さらにそのモデルハウスというのが、 吉田さんがいつも通るたびに、“変わった建て方をしている住宅だな”と興味を持って見ていた建物だったのです。「描いていたイメージ通りでした。システムもすべて納得できました」。
こうして話は進み、2000年12月、佐渡島でのOM第一棟目の住宅として、吉田さんの家が誕生しました。「建ったばかりの頃は荒れ模様の天気が続き、一日中補助暖房をつけっ放しだったので、ガス代が驚くほどかかってしまいました」という 奥様。しかし、OMの家の暮らしに慣れるにつれ、朝と夜だけ補助暖房を入れれば一日中暖かさが保てることが分かってきました。「以前の家は朝起きると0℃でしたけど、この家は夜明けの一番寒い時でも13℃はあるんですよ。ずっと“しもやけ”に悩まされてきましたけど、この冬は見事にできません」と、明るく笑う 奥様です。

中庭から居間を臨む(左)。吉田さんの家には、特に玄関が設けられていない。
中庭の南面小路側の木戸が出入り口として利用されている。
OMは、木の家にとって、一番良いシステムだと思う。
間仕切りのない2階の子ども室は、2人のお子さんそれぞれのベッドを配置しながらも、基本的にはひとつの空間となっている。奥の突き当たりが、寝室。
「この辺りは、みんな、京都のいわゆる“うなぎの寝床”のように、奥に細長い家が多いんです」と吉田さんがおっしゃるように、間口が狭く東西に細長く伸びる敷地に建つ吉田さんの家は、西側国道寄りの位置に 奥様が経営する美容院、中庭をはさんで東にご自宅となるOMソーラーの家が建っています。
設計にあたって吉田さんがこだわったのは、木造の家であること、そして中庭があることでした。それは、この辺りの家に倣ってのことで、地元の人にとっては昔ながらの家の在り方だといいます。しかし島の外からやってきた 吉田さんにとっては、その「あたり前のこと」に、大きな意味と価値を感じ取り、さらに、そこへ新しい知恵、新しい風を加えようとした─それがOMソーラーの導入でした。
「ガス屋という仕事柄、配管などでいろいろな家の床下を見る機会が多いのですが、“これでは家が持たないのでは?”と思えるケースがたくさんあるのです。だから床下を常に風が通るOMソーラーの家は、木にとって一番良いシステムじゃないかと思うんです」
地縁、血縁の結びつきが強い土地柄だという佐渡島。実は吉田さんも、家を建てると決めた時、当初、知り合いの工務店に声を掛けていたのだといいます。しかしOMを知ってからは、「もうこれしかない」と心に決め、その業者さんには「たいへん申し訳ないけれども」とお断りしたのだそうです。しかし、 吉田さんの新しい目が、昔からの佐渡の木造の家の良さをも発見し、その良さを活かす方法はないだろうかと考えたことが、佐渡で初めて「OMソーラーの導入」を実現する原動力になったとも言えましょう。
「たしかに、“日本海側にOMというのはどうだろうか…”という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、夏場は晴れの日が続きお湯がたくさん採れるし、床下に風が通ることで家の持ちもいいだろうし、冬場にこれだけの大きな空間を温めることはOMにしかできない。たとえ冬のことを考えないとしても、この土地にとって、OMが一番良いシステムでしょう。佐渡こそ、OMです(笑)」

東西に細長い敷地に建つ吉田邸。奥がOMの家。出入り口の木戸の前に置かれた瓶の演出は、雨水利用も兼ねたもの。縦張りの杉板の外壁は、家族みんなで塗装を行なった。

2つの勉強机をはさんで左右に、上段がベッド、下段が収納となるコーナーを設けた。扉を付けることで、大きな空間の中に、兄弟それぞれが1人になれる専用のプライベートスペースを生むことができた。吉田さんの知恵と工夫のひとつ。