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高知県須崎市・小坂さん

1998年4月築

人が手をかけてつくったものは、時間が経つほどにいい味が出てくるものです。

設計ファイル

南側のデッキからは美しい眺望が、北側の勝手口は海へと続く出入り口。

写真:高知県須崎市・小坂邸

東側を除く三方を海に囲まれているという小坂さんの家。南側のデッキからは、入り江の美しい野見湾を一望できます。北側に設けられた勝手口は、海へと降りる道に続く出入り口。足を洗ってそのまま室内へ入れるようにと、流し場が設けられています。

バリアフリーを基本に、連続する居間と食堂、大きなデッキ、さらに中央に吹き抜けが設けられた、伸びやかな1階。2階の子ども部屋も、建設当初は仕切りのない広々とした空間でした。

現在は、子どもたちの要望で仕切りが設けられています。この仕切りは、子どもたちが独立した際に再び取り外すことができるよう、脱着可能となっています。ところが、実際設けてみれば部屋を使うのは寝る時だけ。大抵は家族みんなのいる、1階の居間にいるのだそうです。

写真:2階の子ども部屋 写真:天井部分
【左・中】大きな1つの空間だった2階の子ども部屋を仕切り、2つの部屋に。
吹き抜けからの暖気が全体に広がるよう、扉の上部に空きが確保されている。
【右】OMソーラーのハンドリングボックスが納められた天井部分。寝室、子ども室には、吹き抜けに面して障子戸が設けられている。

建物概要


高知県須崎市・小坂さんの家平面図(クリックで拡大:30KB)

 

家づくりと暮らし

“海が見えるところで仕事がしたい”─その思いから土地探しを始めたのは、10年ほど前のことでした。

東京出身の陶芸作家、小坂さんが、高知県須崎市の野見湾を見下ろす高台に住まいを移したのは、1998年4月のことです。東京では駅から徒歩5分という賑やかな場所に工房兼住まいを構えていた 小坂さんが、夜中でも人通りの絶えない都会に暮らし続ける中で、“海の見えるところで仕事がしたい”と思い始めたのは、移住から遡ること、10年ほど前のことでした。

写真:野見湾を望む
【左】野見湾から見上げる小坂さんの家。林の中を降りると海へ。
【右】居間の南側に設けられたサンデッキからは、野見湾が一望できる。

全国各地で個展を開催する傍らの土地探しは、北は宮城県から南は大分県までに及びました。決まりかけては頓挫し、また決まりかけては頓挫し…。そして10年目、高知で個展を開いた小坂さんは、温暖な気候と高知の人々の大らかなその人間性に触れ、ついにこの土地に家を建てることを決意します。

「移住したいというお話をしたら、地元の皆さんがすごく協力的でしてね。気持ちよく受け入れてくれたんです」。
子どもたちが小学生のうちに移住を決めたかったという小坂さん。ご長男が小学校6年生、弟さんが4年生というぎりぎりで、ついに土地は見つかり、親子4人、そして2匹の猫と共に、この土地に移住することを決めました。それは、これまで携わってきた大学の講師を辞しての、 小坂さんの人生にとっての、大きな分岐点でもありました。

写真:東側から見た外観 写真:吹き抜けのある居間
【左】東側から見た外観。手前に、2階がギャラリー&ショップとなっている、小坂さんの工房「うつわ 日月(ひづき)」がある。
【右】自然素材に囲まれた、伸びやかで気持ちのよい、吹き抜けのある居間。壁には地元の土佐漆喰が用いられている。

できることがあれば自分でやります。だって自分の家ですから。

“家を建てる時は新建材を使いたくない”と思っていたという小坂さん。「それから、余分な装飾はいらないということ、あとは地元の職人さんの手で地元の材を使って建てたいと考えていました」。そして、その思いの先にあった家づくり、それがOMソーラーの家でした。

小坂さんの奥様は、美大のご出身。その奥様自らが描いたというイメージ設計図をもとに出来上がっていったこの家は、杉と檜を使った在来工法の2階建ての家です。壁は、地元の職人さんでもこんなにたくさん使ったのは初めてだというほどの、土佐漆喰仕上げです。

玄関と浴室の敷石には小坂さんが焼いた陶板が、照明器具もまたご主人の作品です。玄関扉に填められたステンドグラスは、奥様オリジナルのデザイン。さらにご主人の後輩の手によって作られた家具には、 ご主人が焼いた陶器の取っ手がしっくりと納まっています。ご夫婦の手によって生み出されたこれら「もの」たちの数々が、ご自身たちの暮らし場の内に、静かに息づいているのです。

写真:玄関 奥様デザインのステンドグラスに飾られたドアを開け、ご主人が焼かれた陶板が敷き詰められた玄関を通って室内へ。

「僕は陶器をつくる時に、器そのものだけでなく、器を置くテーブルのことなど、トータルに考えてものづくりをしています。家づくりも同じだと思うんです。僕は大工ではないので家そのものをつくることはできませんが、自分たちが気持ちよく暮らすために、自分でできることがあれば、もちろん自分でやります。だって自分たちの家ですからね」という 小坂さん。こうした作業をするために、東京と高知を何回往復したことか。「飛行機代だけでも大変な額になりますよ」と言って小坂さんは笑います。

それでも誰の家でもない自分たちの家をつくるのだから、どう住まいたいかを考え、そのために手をかけるのは当然のこと、と言葉を続けます。「それと…」、さらに 小坂さんはこう言いました。「ものづくりに携わっていて思うことなのですが、量産されたものは時間が経てば汚れるだけですけれども、人が手をかけてつくったものは、どんどんいい味が出てくるんですね。僕はそれをよく知っているから、できるだけ手をかけて家づくりをしたいと思ったんです」

写真:サンデッキ(外)と居間(内)の繋がり 建具を開け放てば、サンデッキ(外)と居間(内)が繋がり、もうひとつの空間が生まれる。

同じ敷地の中には「うつわ 日月(ひづき)」という工房も設けられています。2階は作品の展示・販売をしているギャラリー&ショップ。こちらは奥様が、販売や企画展の催しなどを担当しています。

写真:「日月(ひづき)」2階と、小坂明さん(仕事場にて)
【左】「日月(ひづき)」2階は、土・布・ガラスなどの素材を使い全国各地で制作活動をする作家の作品も含め、展示・販売する場に。
【右】仕事場にて作品を手にする、陶芸作家・小坂明氏。

家が完成してからは、家を見学に訪れる客や、陶芸作家である小坂さんを取材に訪れる人々、泊りがけで遊びにくる友人たちなど、賑やかだった小坂さんの家も、4年目にして「やっとこの頃少し落ち着いてきた」といいます。家や周囲の環境など、暮らしていくための整備作業に時間を取られ、“仕事が少し疎かになってしまったかな”と反省する 小坂さん。「これからは地元の材料などもいろいろ試しながら、じっくりと仕事に打ち込んでいくつもりです」。

取材の最後、小坂さんの知り合いの漁師さんにお願いして、海に船を出していただきました。船が進むにつれ、野見湾から見上げる小坂さんの家が、緑深い木々の中で、少しづつ顔を覗かせ始めます。「ほら、あそこ。見えるでしょう?」とわが家を指差す 小坂さん。ここ高知に、太陽と海に抱かれた大きな自然の懐で、ご家族の日々の暮らし、歴史を刻む場が、そこに確かに根付いていました。

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