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京都府京都市・小野さん

2005年3月築

おてんとさんはすごいな。
作物を立派に育ててくれるだけでなく、
高地のわが家もぬくめてくれる。
ほんに、おてんとさんはすごい。

設計ファイル

家の北側3分の1をカフェにして、店舗を兼ねた住宅に。

写真:OM導入により気泡的な空間もおてんとさんの温もりで暖かい。

家の北側の3分の1ほどをカフェ・ギャラリーにした小野さんのOMの家。カフェは靴を脱いで入るスタイルで、大きな開口部からは絵のように美しい里山の景観が眺められます。

カフェ部分の厨房と自宅のキッチンは家の中央部分に平行に配置され、調理作業がスムーズに行われるよう考慮されています。カフェと住居とは引き戸で仕切られていて、プライバシーを確保しています。またカフェ用のトイレも住居とは別に設けられています。

三角屋根の天井は剥き出しで、2階まで開放的な空間を生み出しています。風呂場には外から作業を終えたご主人が汚れを洗い落して家に入れるよう、出入り口が設けられています。

建物概要


京都府京都市・小野さんの家平面図(クリックで拡大:53KB)

写真:ハンモックがある2階子ども部屋。 写真:キッチンとダイニング。
【左】勾配屋根の傾斜をそのまま活かした2階の子ども部屋。
【右】カフェと自宅の間にキッチンを配置。右手は自宅部分。

家づくりと暮らし

豊かな里山で、自然の恵みを受けながら暮らしています。

京都市の北西部に美しい棚田の広がる集落があります。京都の信州と呼ばれ、茅葺屋根の民家が残るその里山に、2005年、小野さんはOMソーラーの家を建てられました。

写真:小野邸外観。集落の中心部に建つ小野邸。「カフェこのみ」の看板が迎える。

小野さんは、稲作を中心に野菜や花の生産をする農業を営まれています。父親がエンジニアというサラリーマン家庭に育ったご主人が農家へ転身したきっかけは、奥さまでした。

奥さまはここで生まれ、ご実家は農業を営んでいます。農家では農繁期に家族親戚が総出で手伝う風習があり、学生時代から奥さまとお付き合いのあったご主人も、田植えや稲刈りのお手伝いに駆けつけていたといいます。

「頼まれて手伝っているうちに、だんだん土いじりが面白いと思うようになってきました。会社の仕事は営業でそれなりに面白かったのですが、人が相手なのでこちらが一生懸命に尽くしても難しい面があります。農業は身体的にはしんどいのですが、手をかければかけるほど応えてくれる。それに収穫した米もいただけますし」と小野さん。額に汗した労働が、美味しいお米に実を結ぶ。その確かな手ごたえが、ついには農家になる決意をさせたというのです。

写真:のびのびと走り回るお子さん。 太陽の恵みをたっぷりと受け取る、OMソーラーの集熱屋根。

しかし京都は昔からよそから来た人間に、簡単には心を開かない土地柄といわれていて、ご主人も「まずは土地に馴染むことが大変やった」と振り返ります。幸い集落の中心部という恵まれた場所に土地を譲り受けることができ、そこに家を建て、晴れてこの土地の人間になることになったのです。

農家としての新たな人生を支える家は、奥さまたっての希望で「木づくりの家」を建てようと決めました。そして知り合いの設計士に自分たちが思い描いていたイメージを伝えると、それらの要望を聞いた設計士から予想もしなかった提案が出されます。

「それならOMソーラーがいいでしょう。」

「その時初めて『OMソーラーの家』というものがあることを知りました。設計士さんに紹介された工務店から、OMソーラーシステムについて説明を受けましたが、床暖房については、ここは高地で雪も降るし寒い所ですから、あまり期待はできないかもしれない、と思っていました。でも、太陽が温めた空気を循環させるしくみは、確かに健康に良いだろうなと納得してOMソーラーの導入をお願いしました」

写真:カフェの入口にて。 楽しい庭とデッキがお客さんを迎える。

長男の小学校入学に合わせて完成したOMソーラーの家は、希望どおりの木の家で、地場材である北桑(ほくそう)の杉の木がふんだんに使われています。北桑の材は吉野の材に比べると知名度は低いのですが、昔から京都の町づくりを支えてきた銘木です。

そしてこの家は住宅であるとともに、家の北側3分の1ほどがカフェになっています。カフェを開きたいというのは奥さまの長年の夢でもあり、新築に際し思い切ってその夢も盛り込みました。保健所の許可や設備を整えるのに準備期間が1年程かかりましたが、家の完成から1年後、地元芸術家の作品の展示もあるカフェ・ギャラリー「このみ」の開店となりました。奥さま手づくりのシフォンケーキはバナナやリンゴなど10種類。それを目当てに遠くからもお客さまがやってくるといいます。

写真:デッキで談笑するお客さまとご夫婦。
デッキでお客さまと談笑するご夫婦。忙しい時はご主人もカフェを手伝う。

外から来た人間だから見えた魅力。それをたくさんの人に伝えたい。

家を建てて3年、通いで手伝った時期を合わせると小野さんが農業に携わるようになって7年ほどが過ぎました。高齢化の進む集落にとって、今では小野さんは頼りになる若い働き手の一人です。農業にとどまらず、山仕事の応援で伐採に借り出されたり、村おこしで営まれている手打ち蕎麦の店のお手伝いにも呼ばれたりと、ひっぱりだこ。

写真:地元の木のぬくもり。 念願だった木づくりの家。使われている材は地元北桑の杉の木。

「よそから来た人にはやっぱり農業は無理なんやと言われるのがいやで、認めてもらうために人一倍働かなければ、という意識でやってきました。仕事を選ぶという立場ではなかったし、頼まれたらできる範囲でがんばる。当てにされているうちが華ですから」とさらりと笑顔で話されます。その笑顔の向こうに人一倍努力家の素顔がうかがえます。

農家の生活は夜明けに始まり日没まで、おてんとさんと一緒です。週末しか家族とゆっくりできなかったサラリーマン時代とは違い、食事もみんなで一緒。おてんとさんが温めてくれるこの家で、家族の絆が育まれていきます。

OMの家で実際に暮らしてみると、あまり期待していなかった(?)はずの床暖房が、「玄関を開けるとすぐに分かるぐらい暖かい。すぐ上にある実家の父も『この家は暖かいな』と驚いています」と奥さま。寒い地域だから期待できないのではなく、寒い地域だからこそ余計に暖かさが際立つことに、住んで初めて気付いたのだといいます。

茅葺屋根の民家や棚田が並び、日本の原風景が広がるこの集落に、環境共生の技術を取り入れたOMソーラーの家が建ちました。「環境共生」という言葉自体は新しいものですが、日本人は昔から太陽をはじめ自然の力を上手に生活の中に活かしてきました。その智恵をもっと積極的に、もっとシスティマティックに建築に取り入れたのがOMソーラーの技術で、それによって室内環境はぐんと向上したのです。

写真:花を摘む奥様。カフェに飾る花を摘む奥さま。

農業の新たな担い手としてこの地にしっかりと根付いた小野さん。生まれながらの農家ではない自分だからこそ感じた農業の面白さ、楽しさ、お年寄りから受け継いだ智恵や工夫、そうしたものを次代の担い手である子どもたちに伝えたいと、「町中に住んでいた時の子どもの友達を招待して、餅つきや畑仕事の体験をしてもらっています。町中の子はそういうものが珍しいので、楽しみにしてくれます」と、都会と田舎の仲立ちの役目を果たしています。

ここでは当たり前の美しい景観や暮らしの営みである農業も、ご主人の目には新鮮に写ります。「外からやって来た自分だからこそ感じることができる感動や喜びを、できるだけ多くの人に伝えたい」。豊かな自然環境の中で、自然の恩恵を受けながら作物という生命を育てる仕事に携わる小野さん。自然の力に感謝するとともに、人間の営みの根幹となる農業に、自分のように興味を持ってくれる子どもたちがたくさん育ってくれるようにと、期待を込めているのです。

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