パッシブへの共感は、
20代、30代のころの建築との出会いから

―家を建てるにあたり、OMソーラーシステムの採用を決められたのには、どのような理由があるのでしょう?

宮田
やはりパッシブだからじゃないかな。自然の力を借り、自然に委ねた生活は、身体にいちばんいい。パッシブという言葉を知ったのはOMソーラーの仕事をしてからですが、思い返すとそれに通じる体験はしているんです。僕が20代のころ、建築家の安藤忠雄さんが沖縄の国際通りの商業ビルを手掛けたんですね。そのビルには冷暖房設備がなく、涼は建物を通り抜ける風でとれ、というものだった。「こういう建物があるのか」とすごく印象的でね。安藤さんは京都の高瀬川沿い、三条小橋のたもとにも同じ仕組みの小さなビルを建てているんです。37、8歳の時に行ったんだけど、川面を滑る風が涼しくて、「家は自然と共生するものなんだろうな」と感じたんですよ。
宮田英子さん(以下、英子)
家を建てようと決めたのはタイミングですね。それまで住んでいたマンションがちょうど15年目だったんです。住み替えを意識し始めたころで、子どもたちも20歳前後になり、家をもちたいという想いも重なって。OMソーラーを採用することは決めていましたから、陽当たりのよい整地になった土地を購入し、2年ほど経ってから家を建てました。

―ご自宅を拝見していると、築20年という年月は家とご家族の皆さんとの絆を深めた時間であったのかな、という印象を受けます。古さを全く感じさせない、心地のよい空間ですね。

英子
ほとんど変わっていないんですよ、20年前と。この家に初めて入った時も「新しい」って感じはしなかったかな(笑)
宮田
そうそう、しなかったね(笑)。長谷川さんのご自宅がそうだったんですよ。ぜんぜん片付いていないのだけど、どこかまとまりがある。こういう家がいいよなあって。整理整頓していないと落ち着かない家ってあるじゃない。そういうのじゃなくてね。年を経ても古くならず、放ったらかしても逆にそれがよくみえる。家づくりは、長谷川さんからの「使いたい柱がある」という提案からスタートしてほぼおまかせになりましたが、そこだけはお願いしました。柱はとても立派なものだったので、家の中心に柱を設置する必要がなく間口が広く取れ、開放的な居住空間に仕上げてもらっています。長谷川さんはOMソーラーを取り入れた家をたくさん手掛けていましたし、彼の設計思想と相性もいいのでしょうね。