vol.38 富永 讓 富永讓+フォルムシステム設計研究所
<チッタ・ウニカ>海と土の匂い─ ヴェネツィアとフェズ

モロッコの古都「フェズ・エル・バリ」の旧市街地の街路。狭い街路が迷路のように続く。街全体が世界文化遺産に登録されている。モロッコの古都「フェズ・エル・バリ」の旧市街地の街路。狭い街路が迷路のように続く。街全体が世界文化遺産に登録されている。

イタリアの古都「ヴェネツィア」の運河。。

イタリアの古都
「ヴェネツィア」の運河。

<チッタ・ウニカ>海と土の匂い─ ヴェネツィアとフェズ

ヴェネツィアの人たちは、自分の街を、世界でただ一つの都市〈チッタ・ウニカ〉といって自慢するのだという。1974年8月、パッラディオの建物を見るための、初めての海外旅行で立寄ったヴェネツィアは、類例のない美しさに満たされていた。キラキラと輝く水辺をただ目的もなく歩き、岸辺に寄せるピチャピチャという音響や、海の風の匂いに酔うように一日を過ごした。観光客でざわめく華やかな広場から、島を渡って住宅地へと行くと、狭い路地の先には、きまって年寄りたちがプラタナスの木陰にテーブルを出し、集まっている小さな広場があって、ボールを追いかける子どもたちの歓声だけが石壁に響く、打って変わって静かな生活の日常があるのだった。

それから40年後訪れたモロッコのマラケシュからフェズへと横断する列車の、流れてゆく車窓には、荒れた大地のなかに、道を通し、列車を走らせ、緑を植え、羊やロバといった動物を飼い、住みついている人間の風景があった。フェズ・エル・バリは実にユニークな私にとって見たこともない〈チッタ・ウニカ〉であった。太陽は一つ、人間の土地の照明係として地上を照らしているが、土の迷路のすみずみには様々な場所が展開する。人間の身体に結びついた感覚のミクロコスモスの集積としての全体、ヴェネツィアとは全く別の生き生きとした〈街の感覚〉が生み出されている。地型や水利、周辺に対する実用から組み立てられているのだろうが、見事な、細部と全体の組織があり、とても計画性のない自然発生的なものなどではあり得ない。全体から統一した姿や美を追求した思考とは対極にある、人間の生活の知恵が土地に浸み渡った生成的なものだ。

さて、現代の日本の街、建築はどうか、私にとって〈チッタ・ウニカ〉であるか。街や建築の意味は、ニュアンスに富んだ〈世界のなかの世界〉であり、人間の土地、異邦での場所はそうしていつも建築の思考を誘発する書斎である。