vol.32 古谷 誠章 さん
NASCA一級建築士事務所/早稲田大学教授

別棟になっている第一と第二の競技場が地上では一体につながって見える場所があってとても気に入っていた。別棟になっている第一と第二の競技場が地上では一体につながって見える場所があってとても気に入っていた。

吊り屋根の形もさることながら、台地から隆起したような観客席部分も美しい。吊り屋根の形もさることながら、台地から隆起したような観客席部分も美しい。

人を弾ませる歓喜の建築

建築に進んだきっかけと聞かれたら、何と言っても代々木の屋内競技場ですね。東京オリンピックの開催された年、僕は小学4年生でしたが、かなりワクワクしました。開会式前日の予行演習でブルーインパルスの編隊が5色の輪を空中に描こうとして、一つだけ外れちゃったのを自宅の庭から見上げていました。でも本番ではバッチリ成功してとても嬉しかった。ファンファーレの音色や行進曲、開会式やマラソンの実況中継など、今でも鮮烈に覚えています。

中でも代々木の競技場はその姿や形、何をとっても新鮮で、建築家という職業があることもその時に知りました。それが今の僕につながっています。1972年の札幌オリンピックの頃は高校生になっていましたが、通ったのが外苑前の都立青山高校で、帰り道にはよく道草を食い、原宿からこの競技場の前を通って渋谷まで歩いたりしました。札幌で活躍した女子フィギアスケートのジャネット・リンが会期後に滑ったのもここで、同じ氷で滑ろうと言ってみんなで出かけたりしました。サッカーの王様ペレがプレイした国立競技場とともに、神宮やその外苑のエリアには印象的な建築が多かったです。建築はそのハードだけでなく、そこで繰り広げられた様々な出来事と一体化して、人の記憶に残りますね。そのように、建築は人の舞台を作る仕事で、自分自身でもこの仕事をとても気に入っています。

しかし、現在すでに屋外の国立競技場は解体されてしまい、屋内競技場もすでに飛込み台が撤去され、プールやスケートリンクとしてはもう使われていないのは、やはりかなり寂しいです。ここでのコンサートもいいのですが、時にはやっぱりあの歓喜の原点のような体験を、今の世代の子どもたちにも味わってもらいたいなと思います。