vol.26 隈 研吾 さん(隈研吾建築都市設計事務所)

vol.26 隈 研吾 さん(隈研吾建築都市設計事務所)

日干しレンガで作られた小屋。写真右手のヘルメットを被っているのが筆者。

今、振り返ってみると、そもそも自分の生まれ育った家が「小さな家」であった。
全体が小さくて質素であったという以上に、単位が小さくて、それがパラパラとばらまかれたような、パラパラハウスなのである。

もともとは、大井で医者をやっていた母方の祖父が、当時は畑ばかりだった横浜のはずれ(大倉山)に、週末の土いじりのために小屋をたてた。
戦争の後、僕の家になった。さすがに僕や妹が次々と生まれて大きくなってくると、少しずつ建てましをしなければならなくなったわけだが、その増築の仕方がユニークで、そのためにパラパラとした感じになったのである。

屋根を大きく作りかえると雨漏りの危険があるので、既存と増築との間に隙間をとったせいで、家がパラパラとした感じになったのである。
この隙間は巾1メートルもなかったけれど、結構、風や光の通り道にもなって、家の中でも、僕のお気に入りの秘密の場所となったのである。

そのあと大学院の時に、アフリカのサハラ砂漠を縦断し、そのまわりのサバンナの集落の調査をして、偶然にパラパラとした「小さな家」にであった。
日干しレンガで作った、四角や円い形の小屋が、中庭を囲むように、パラパラと5―6棟並んでいるのである。
その中庭のまん中には、いくつもかまどがあって、夕方になると、かまどの火を中心にして、人々が集まってきた。
これは家とも村ともつかない、その中間のようなものだった。

聞き込みをすると、それが大家族のための家であることがわかった。
パラパラと散らばるそれぞれの小屋には、「妻たち」が住んでいて、夫はその小屋を泊まり歩くという、うらやましいような、ごくろうさまといいたくなるようなライフスタイルだったのである。
文化人類学者はこのような家をコンパウンド(複合)と呼ぶこともわかった。
サバンナには、このようなパラパラした風通しのいい家がたくさん建っていたのである。
パラパラはサバンナの風景にマッチして、美しかった。

日本に帰ってから、いろいろな建築を作ることになったが、このパラパラとした家のことがずっと頭にあった。