vol.24 黒石 いずみ さん(青山学院大学総合文化政策学部教授)

vol.24 黒石 いずみ さん(青山学院大学総合文化政策学部教授)

ニューヨークのタウンハウス
煉瓦造のタウンハウス外観。(撮影:黒石いずみ)

1988年から1歳半の娘と夫婦で米国に計8年留学した。設計事務所を離れて大学院に進み、本格的に建築論やデザイン論の勉強をしたいと意気込んで渡米したのだった。しかし言葉の問題だけでなく、自己主張の強い研究者たちとの競争で楽しいことばかりではなかった。ローマ時代やルネサンス、19世紀の建築論を学べば学ぶほど、それがどう現代に、そして日本という異なる文化圏で意味を持ちうるのか考えた。自分なりに道を見出さなくてはいけないと感じていたけれど、無我夢中だった。

そんな時に各地で子どもに合った場所に住んだことは、米国の暮らしを知るだけでなく考え方を広げる手掛かりになった。ミシガンでは大学の家族宿舎に住み、カリフォルニアではスパニッシュコロニアルの漆喰塗の家に住み、プリンストンではシングル葺きの郊外型住宅に住んだ。そのどれもが日本と異なる間取りやゆとり、ステンドガラスのある窓、オレンジの木が茂る庭に続くテラスなど忘れがたい趣を持っていたが、もっとも印象的だったのがニューヨークのタウンハウスだった。

19世紀の煉瓦造タウンハウスがニューヨークには多く残っている。間口が3間程で、4つ程度のユニットごとに意匠が微妙に変わる。高さが4階建ての長屋式の住宅が道路に沿って壁面を連ね、車道から並木、そして住戸に階段でつながる空間が落ち着いた街区を作り出す。そしてその街区の内側には、豊かな中庭が広がっているのだった。私たちはその4階に住んでいた。ギシギシいう木の階段を上るとトップライトが階段室を下まで照らしていた。部屋は歩道側に居間と子供部屋があり、中間に食堂と水回り、そして中庭に面して寝室があった。主な部屋には暖炉があり、天井のくり型や暖炉の周りの鋳鉄の模様には、なんとも言えない素朴な美しさがあった。上げ下げ窓はよく動かなかったし、柔らかい木の床は穴だらけで傾いていたが、日曜日には家主の夫婦は中庭のお茶に誘ってくれて、子どもの世話を見てくれた。忙しい都会の真ん中のそんな自然な付き合いがうれしかった。

この住まいの仕組みは、19世紀にイギリスで完成され大量に建設された中層階級の都市型住居と同じものだった。もちろん家電などは新しくなっているが、19世紀の空間が現代も普通に継承されている。そのどこか古びた暮らしを楽しむ経験のおかげで、西洋の都市建築史や思想が身近なものに感じられるようになったのかもしれない。