vol.16 伊藤 寛 さん

vol.16 伊藤 寛 さん

森美術館
間口4間を和小屋で組んだ内部空間。屋根をめくり上げたような北側のトップライト。置かれている家具は展示作品。

いわき市郊外の農家が点在する里の中に森美術館はあります。同名の美術館がありますが、それとは異なり、こちらは1993年竣工の木造平屋の建築です。この設計を頼まれた当時私は30代半ばで、イタリア留学を終え日本での設計活動をスタートさせてまだ間もない時期でした。この建築との関わりは私にとってとても重要なものになりました。

二人の人との出会いがこの建築の完成に大きく影響しています。一人は当時月刊「左官教室」の編集長を務めていた小林澄夫さん。「野の建築のおさまり」というものがあって、それは畑の隅の小さな小屋が、使われている流木に合わせて壁が曲がって出来ているといったいい加減さがあっても、それはそれで良くて、そうした建築には万人が共有できる喜ばしき美意識がある、と言う。「野の建築」に向けられた眼差しは、イタリアで建築家あるいは芸術家の圧倒的な意志の力を目の当りにしてきた自分にもう1つ別の思考を与えてくれました。

もう一人は都内の美術大学で教鞭をとっていた森美術館の施主との出会いです。私達は芸術の役割についてよく話しをしました。足元にある石ころを積み上げて心を打つものを作ること。それこそが芸術の仕事で、石ころ自体が特別のものである必要は無いと言うアルテ・ポーベラの発したメッセージの重要性。また上野〜いわき間で目にする農家の佇まいが何故あのように美しいのか、車中では必ずと言っていい程話題に上がりました。地域で調達可能な材料を使って地域で引き継がれてきた作り方で家が作られ今日に引き継がれている生活と一体の風景。現代建築がつくり出す風景は残念ながらこれを超えていないと言う現実。私達は、森美術館は周囲の農家と同じ作り方をしようと決めました。

近くの山の木と山の土を主材料にし、すぐ近くに住む大工と左官の手でつくる建築。平面の形、軒の高さ、小屋の組み方、光の取り入れ方と言った建築の骨格は私の方で慎重に検討しましたが、そこから先は大工や左官に任せました。

大工の選定による、巾や色の異なる実に荒い表情の野地板が張られた小屋裏を最初に目にしたとき、これはいい建築になると確信しました。この野地板の荒さは設計者が事前に指示できる範囲を超えていました。高さ4m、長さ25mの大きな壁面の内外を竹を芯にして塗った土壁は、粘土分が多い土のために表面に無数のひびが入り、また鏝の勢いそのままに貫に泥がかぶり、友人は現代アートの絵画のようだといいました。これらの表情のおかげでこの大空間は少しも退屈しません。

森美術館は、建築家の意志の向こうにあるもの、小林さんの言葉を借りれば「野の建築のおさまり」のいい加減さ、おおらかさ、力強さが加わったことで完成に至りました。施主はこれを「神様が力を貸してくれた」と表現しました。

どうしたら人の心の奥まで届く力のある空間を造り出せるか?森美術館の試みは、そのための突破口を探ろうとした少々手荒な実験だったのかもしれません。