vol.8 平田 晃久 さん

vol.8	平田 晃久 さん

ラウレンツィアーナ図書館

建築空間に心の底から深く感動するのは、意外に難しい。建築に関してそのとき考えていること、精神的なコンディション、その日の天候、等々が不思議に重なり合ったときにだけ、それは起こる。貴重な出会いのようでもある。

建築を学び始めたころ、僕はヨーロッパの名建築を訪れながら、けっこう焦っていた。というのも、この出会いのような出来事が、起こらなかったからだ。良い建築であることは分かるし、実際自分の知っていたものがそこにあった。しかしそれはどこか頭で納得した「良さ」なのだ。なにか無条件に揺さぶられる経験を期待していた者としては、不満を通り越して、不安すら感じ始めていたわけである。

そんなときにミケランジェロによるラウレンツィアーナ図書館前室を訪れることができたのは、ラッキーだったという他ない。予備知識もほとんど無く、あまり期待していなかったのが良かったのかもしれない。ともかく、この空間に入ったときの感覚は、強烈なものだった。そんなに大きな空間ではない。上方にある図書室から溶け出したような巨大な階段が部屋のほとんどを占めている。壁面には、古典的なオーダーから遊離した様々なエレメントが浮かぶように配置されている。驚いたのは、内側から感じるこうした事物同士の関係が3次元的な緊張感に満ちていることだ。この、とてつもない立体的な関係性の場に足を踏み入れたような何ともいえない感覚に、僕は確実な手ごたえを感じていた。

どうしてこんなものを設計できたのか、という嫉妬や憧れや困惑や好奇心の入り混じった疑問が沸く。2次元的なコンポジションなら、頭の中にも思い浮かべやすい。しかしこの3次元的な囲まれ感は、模型を使ったとしてもイメージするのは至難の業だ。「天才」と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。しかし僕は、なにかそこに魅力的な謎の存在を感じてしまったのだ。以来僕は、この謎に取り付かれているといってもいいくらいである。