vol.6 乾 久美子 さん

vol.6	乾 久美子 さん

甲南女子大学(撮影:乾久美子)

阪神間で育ちました。ご存知のように阪神間には村野藤吾の作品が数多くあります。実家のある宝塚では、小学校への通学路の脇に「カトリック宝塚教会」があり、市庁舎も村野作。中学にあがると電車通学がはじまり、道中には車窓から「甲南女子大学」のキャンパスが見えていました。そんな風に日常的にふれていた村野作品ですが、子ども心に、その姿にある種の妖気を感じ、なにかとんでもないものが存在しているという畏怖の気持ちを強く抱いていました。そんなわけで、内部空間に足を踏み入れる勇気などなかなか出ませんでした。何千回(あるいは万か?)もその前を通っていた「カトリック宝塚教会」の中に入ってみたのは、ようやく大学生になってから。「甲南女子大学」にいたっては、なんと去年。興味を覚えた中学のころから数えて、25年も経過していたことに気づき、自らの怠惰さに愕然としました。

さて、歳をとった初恋の人に会うような期待と不安をかかえながら訪れた「甲南女子大学」ですが、さすが村野作品、時代を超越した時・空間が存在しておりました。まずは芦原講堂。オーガンジーのカーテンの繊細さ、流麗な曲線を描く階段が訪れた者を迎えます。そしてそのようなエレガントそのものの空間に感覚がなれたあとに出迎えるのは、とてつもないプロポーションをもつ講堂です。外観から想像もつかないような深さにステージが待ち構えており、一気に非日常的な気分を盛り上げます。それにショックをうけてフラフラになりながら彷徨する私を待ち受けていたのは、めくるめく展開する精緻なディテール。そしてそのディテールのスケールは、小さかったり大きかったりとすこしずつおかしく、建物同士に挟まれた外部空間のパースが狂ったようになる。さらに山の中腹にあるために敷地全体が傾斜していて、つまりはどこにも標準とよべる基準が存在しないキャンパスでした。そのかわりにいろいろなところに対比関係が埋め込まれていて、全体がひとつの閉じた系をもつ小宇宙を形成するようにつくられているように感じました。そうしたある種の閉鎖的な系によって、古びなさが担保されてきたのかもしれません。