vol.4 難波 和彦 さん

vol.4	難波 和彦 さん

キンベル美術館(1972年竣工/設計:ルイス・I・カーン/撮影:難波和彦)

キンベル美術館との出会い

僕の師である池辺陽が亡くなった1979年4月に、僕は意を決して、夫婦で世界一周旅行に出かけた。アメリカ西海岸から南下し、バスでメキシコを縦断し、中南米を回って、再びフロリダに戻り、ニューオリンズを経て、フォートワースに着いたのは8月だった。いうまでもなく、ルイス・I・カーンのキンベル美術館を訪れるためである。それまで僕は、カーンの建築をあまり好きになれなかった。カーンの書く文章があまりにも晦渋で、お為ごかしに思えたからである。しかし、キンベル美術館を観て、すべては吹き飛んだ。

訪れたのは日曜日の朝。テキサスらしい快晴のカラリとした天気だった。バスを降りて緩やかなアプローチを登っていくのだが、階段があまりに緩やかで、自然に足元を見つめながら歩くことになる。建物を見るには立ち止まるしかない。近づくにつれて、徐々に水の音が大きくなり、道路を走る車の騒音がかき消されていく。建物の南に置かれた池の水が、ジャグジーのようにかき回されてゴボゴボと音を立て、反射した日の光が、玄関前のポーチのヴォールト天井で揺らめいている。ポーチに着くまでに、都市の騒音から解放され、気持ちはすっかり静まり返る。開館までに時間があるので、トラバーチンのベンチに座り、南に広がる広大な公園を眺める。玄関前には、建物に囲まれた小さな広場があり、オレンジの樹が規則的に植えられている。樹の間を縫って玄関に向かうと、床が砂利敷きなので、再び足元に注意を向け、砂利の足音を聞きながら歩いていくことになる。かくして、玄関前に着く頃には、美術館という別世界を訪れる気持ちが、完全にでき上がるのである。

果たして、カーンはこのようなアプローチの演出をデザインしたのだろうか。その答えは、イエスでもあり、ノーでもある。なぜなら、ほとんどの来館者は車で美術館を訪れるので、北側の1層下の駐車場からアプローチするからである。僕たちのように、バスでやってくる人はほとんどいない。しかし、カーンは僕たちのような歩く人間のために、かくも繊細なアプローチをデザインしたのである。

室内に入ると、左右にヴォールト天井が伸び、ヴォールトの頂上に取り付けられた反射板が、差し込む日の光を拡散させ、コンクリート打ち放しの天井を柔らかな光で照らし出している。妻壁には、細い光が差し込んでいる。僕たちは、そこで数時間の至福の時間を過ごし、夕方遅くになって、後髪を引かれながら建物を後にした。