vol.3 貴志 雅樹 さん

vol.3	貴志 雅樹 さん

オスペダーレ・デッリ・イノチェンティ(設計:フィリッポ・ブルネレスキ)

私は、ちょうど35年前、初めてヨーロッパへ貧乏旅行に出かけた。安藤忠雄さんから、建築の設計を一つでも経験してから、建築巡業をしたほうがいいというアドバイスをいただいていたので、双生観という住宅を担当させていただいてから三か月の旅に出た。

当時、建築界(特に関西)では、マニエリスムとかバロック建築が注目されていて、建築の理性的な規範に対して、反旗が翻っていた。私も最初ローマに着き、ボロミーニのバロック建築を見て廻り、夜行列車で翌日ウィーンに着き、フィッシャー・フォン・エアラハの建築を見て、ローマに引き返すということを繰り返し、ホテル代を始末しながら貪欲に建築を訪ねた。 ある夜、列車に乗り間違えて、早朝フィレンチェに着いた。前置きが長かったが、ここでF・ブルネレスキが1419年に設計した孤児院「オスペダーレ・デッリ・イノチェンティ」に出会う。早い時間で行く場所がなかったので、扉が開いていた孤児院の中に入ると、静謐な中庭が朝の光のなかで私を迎え入れてくれた。旅に疲れていた私は中庭に腰をおろし、こんなに静かで優しい空間があるのかと感動した。中庭を囲む繊細で規律正しい列柱、階高を抑えた2階の外壁の抑制されたデザイン。バロックにはないスタティックな建築の美しさがそこにはあった。

実はこの時、この建築がルネサンスの巨匠ブルネレスキによるものだとは、恥ずかしいことに知らなかった。その後、イタリアに行く機会があるごとに、この建築を訪れている。広場にむかったファサードにあるコロネードには、理想的なプロポーションを作り出すためのグリッドが宿るという。私が設計の中で、グリッドにこだわるのもこの影響かもしれない。欲望の直截的な表現が多いなか、深く理性的な美についても考えてみる必要があるように思う。