vol.1 藤森 照信 さん

vol.1	藤森 照信 さん

焼杉ハウス(長野県長野市2007年)/設計:藤森照信(撮影:藤森照信)

私が建築に目覚めたのは小学校の二年生の時だった。江戸時代につくられた茅葺きの家を、父親が建て替えたのである。新しい家の設計は、当時、早稲田大学で建築を学んでいた従兄が手がけた。

というと、従兄のデザインに強い印象を受けたとか、図面というものの面白さに目覚めたとか思われるかもしれないが、違う。大工をはじめとする職人さんたちの仕事ぶりに関心を持ったのだった。

たとえば木挽き。信じられないかもしれないが、今から53年前の昭和28年、信州の田舎ではまだ製材は木挽きが人力で大きなノコギリ(前挽き大鋸〔おが〕)を使ってやっていた。正確にいうと、ふつうの柱や梁は機械挽きだが、大径木は木挽きによった。まだ帯ノコがない頃で、円盤状の丸ノコの力では大径木は無理だったのである。

蔵の前に据えた栗の丸太を、二人の木挽きが丸太の両側に座って、黙々と大鋸を挽きつける姿は今も思い出すことができる。台所の床に使う栗の厚板を挽いていた。

大工さんの仕事ぶりも面白かった。まだ電動工具が一切ない頃で、たとえば前の家からの転用材に新しいホゾ穴を開ける時、まず手巻きのドリルで丸く穴を開けるのだが、次にすぐノミで掘るのではなく、その穴にヤカンで水を差した。何でそんな細部を覚えているかというと、それが小学二年生の仕事だったからだ。

「古材は乾いて堅いから、前の日に水を差すと、次の日のノミが入りやすい」、そんな理由を大工さんから教えられ、小学二年生はナルホドと納得した。

こうした建設の時間が一年あって家は完成したのだが、今にして思うと、この時の体験から建築に目覚めたに違いない。

そのせいか、今でも、山に入って木を伐り、製材に立ち合うところから始めないと、なんだか建物をつくった気がしない。21世紀の建築の作り方からはずいぶんズレてしまったようにも思うし、一方、21世紀こそこれが大事とも思う。