第9回:田辺新一さん

早稲田大学の教授であり、建築環境学の研究者として知られる田辺新一先生は、日本太陽エネルギー学会会長や日本建築学会理事を務められた木村建一氏に師事され、学生の頃よりパッシブソーラーハウスの住み心地について研究されてきました。その後の国内外の研究でも、温熱環境、室内空気質、光環境、環境デザインなど、「人間の周囲の微気候が人間の快適性や住み心地や健康にどういう影響を与えるか」について研究されています。OMソーラーが目指す住環境も省エネと快適性の両立であることから、「快適の定義」「これからの住宅が向かうべき道」についてのお話を伺いました。 (文/2008年11月現在)

「省エネ」も「快適性」も科学的な評価が必要。その上で「暮らし方」を工夫することが大切。

省エネに配慮した家づくりが義務化される

田辺新一さん

―昨今、環境問題から、住宅に対する省エネに対してもつくり手・住まい手とともに関心が高まっています。省エネ建築に関して、さまざまな委員を務められている先生から見た現在の省エネ住宅の方向性について教えてください。

住宅の省エネ性能が大変注目されています。このような中で、建売戸建てについて来年4月からスタートする予定の「通称・住宅トップランナー制度」が非常に大きな影響を与えるでしょう。これは、年間150 戸以上の建売戸建てを供給する事業者に、次世代省エネ基準程度の断熱化を行った上に、設備機器の省エネ措置を求めるものです。住宅の断熱性能だけではなく、高効率給湯器や省エネ型冷暖房装置などが必須になります。自動車や冷蔵庫で行われていることが住宅でも行われるようになるのです。法律の施行後5年後までに目標をクリアすることが求められています。目標が守られなければ勧告や公表、罰則も検討されています。

―建売住宅のレベルが上がることは、注文住宅のレベルにも影響を与えますね。

注文住宅の場合は、住宅建て主の権利や自由があり、省エネルギーに関して事業者を規制するということは難しいのですが、建売のレベルが上がることにより、注文住宅についても当然大幅にレベルが上がっていくでしょう。コストアップや事業者の対応状況など諸々の問題があり、現状では必ずしも全ての住宅事業者が賛成をしている訳ではありませんが、世界的にみてもこの大きな流れは変わらないと思います。住宅を建てている人はいずれどこかで覚悟しなければいけないということでしょう。断熱性能や空調設備、給湯設備などの性能を一次エネルギーに着目して総合的に評価する必要があります。そのような家づくりのノウハウがなければ対応が難しくなっています。これからの住宅はエネルギーを浪費する建物であっては困ります。省エネ性能が低い住宅は、住まい手だけではなく、社会全体にとってもダメージを与えることになりますから。

そういった意味でも、OM のようなネットワークは、もっと伸びると私は思っています。だって、突然「性能アップしろ」と言われても、ノウハウがないとやっていけないでしょう。しかもOM の場合は、使用機器のエネルギー消費を抑えるだけではなく、家自体でエネルギーを積極的に得るしくみですよね。これは非常に有効な手法です。一方、現在の住まい手はよく勉強をしています。それに応えて行くには個人の力だけでは対応が難しくなっています。

―エネルギーを得るという点では、OM ソーラーのような熱を得る方法と、太陽光発電のように電気を得る方法がありますが、いかがでしょうか。

OM の良いところは、やはり熱を熱として使うところですね。太陽光発電は、発電して使った分を相殺できるというメリットがあり、それはそれで素晴らしい技術ですが、エネルギーのレベルでいうと低次元の熱を有効利用するというやり方はとても理に適っています。

年間で計算すれば一般家庭で6割くらいを占める暖房・給湯の熱利用の消費エネルギーが確実に減りますので、あとはそれをどう評価するかですね。とにかく客観的なデータで説明することは大事です。

ただ、省エネルギー・省CO2という流れがある一方で、住宅にしてもビルにしても、「快適性を犠牲にしてまでも」であってはいけないと思います。私は長く人間の住み心地を研究してきました。省エネは絶対条件になるけれど、住み心地や健康を無視したら話にならないし、現実的に持続していくことも不可能だと思っています。

クールビズには大賛成ですが、冷房温度28℃ありきというのはおかしいように思います。28℃で大丈夫なオフィスもあるでしょうし、それでは難しい場所もあると思います。要は軽装で設定温度を緩和することが大切なのです。もちろん、それで省エネルギーになることが確実でなければなりません。いくら軽装にしても全てのビジネスマンがオフィスでバリバリ仕事をするのに28℃は暑いです。空気もよどんで感じます。我慢をするのは美徳ですが、我慢が過ぎると我々の集中力や生産性は低下します。快適性を犠牲にすると、どこかで歪みが出てきてしまうのです。

快適性の評価のための要素は6つ

湯たんぽも進化している。上写真は、体に当てても痛くないウェットスーツ生地でできたもの。

―機械や設備の評価は実験で可能ですが、「快適性」となると、なかなか数値化は難しいと思ってしまいますが…。

現在では快適性の評価手法としてPMV という温熱感指標が良く用いられています。空気温度だけでは暑い寒いを評価することは難しいのです。PMV は、私の留学時代の恩師であるデンマーク工科大学のファンガー先生が提唱したもので、空気温度、放射温度、湿度、気流といった「環境側」の4要素と、着衣量、活動量といった「人間側」の2要素から構成される合計6要素で熱的快適性を評価するものです。PMV によって熱的快適性をより総合的・客観的に評価できるようになりました。特に同じ空気温度であっても、床・壁・天井などの放射温度が快適性に大きな影響があります。

―確かに同じ空気温度でも暖かい場合と寒い場合がありますね。どうしてこのような差があるのでしょうか。

それでは、人間の体温調節に関して少し説明をいたしましょう。人間は、通常暑くも寒くもない時は皮膚表面の毛細血管の血液の量をコントロールして皮膚の温度を変化させています。これによって人体からの放熱量をコントロールし、体温を一定に保っています。暑くなるとグルグル血流を回して冷やすという面白い生理学的機能もあることがわかってきています。その血流で体温を調整できる範囲がほぼ「快適」と感じる範囲です。それより、暑くなると汗をかきます。また、寒くなるとふるえがおきます。もちろん、ふるえがおこる前に服を着たり暖房をしたります。住宅の必須条件として暑すぎない、寒すぎないということがあります。そのために、必要であれば冷暖房を行うわけです。

しかし、暑すぎない、寒すぎないというだけでは充分ではありません。局部不快感という不快がなくなることが必要です。足元は冷たく頭は暑いというように上下に温度差があると不快に感じますし、エアコンの気流が直接あたるとドラフトで不快に感じます。寒すぎる床や暑すぎる床も問題です。窓の断熱が悪いと放射の不均一性がおきます。また、実際の生活では一箇所にじっとしているわけではありませんから、家の中で移動した際に温度差を感じることも不快の要因です。これらの不快がなくなって初めて、快適な環境が得られるのです。

―OMソーラーのような床暖房は「放射温度」にあたりますね。

温熱環境の6要素のうちの放射温度はとても大切な要素です。きっちりと断熱をすると室内側の表面温度が高くなり、空気温度がそれほど高くなくても快適性を得られます。また、熱容量があると室温変動が少なくなります。断熱をすることが大前提ですが、床暖房は、空気の温度と壁、天井の温度がほとんど同じになる暖房方式です。上下の温度分布が非常に少なくなります。床温度の快適温度は30℃以下です。従って、電気マットのようにさわっても暑いという感じがないのが本物の床暖房です。つつみこむ暖房といっても良いでしょう。

私は、快適さを人間の感覚に近い形で測定ができる「サーマルマネキン」(マネキンの形をした発熱体で、表面をある温度に保つ時の電力供給量で温熱環境を評価できる)を使って熱的快適性を測定しています。床暖房とエアコンで同じ暖かさを得られる環境をつくり、マネキンで快適さを比較する実験を行いました。マネキンからの放熱量が同じ場合、床暖房では空気温度を数度低くできるという結果が出ました。つまり、エアコンよりも低い温度でも床暖房は放射温度(ふく射熱)で快適に感じられる、ということです。床暖房は、ふく射暖房であり嫌な気流がないという点も含め、「快適な暖房方法」と言えます。これは一例ですが、客観的なエビデンス(科学的根拠)に基づいて暖房などの快適評価を行うことは大変重要です。

住まい手に選択肢があることも快適要素の一つ

―これらの総合的な評価によって快適性が評価できるんですね。

しかし、これまでの研究で、エネルギー計算を行った結果と実態とに乖離があることも経験してきました。実生活では「人の行動」が介在するからです。たとえば、計算上は「冬に日照がある時は、熱を室内に最大限取り入れて暖房をなるべく少なくする」と想定していても、実際には居住者は外出の際は防犯のためにもカーテンを閉めることがあります。また、昼間に太陽熱で暖められた空気を夜まで保ちたいと思っても、外出先から帰ってきた住まい手が清浄な空気を入れ替えたいと習慣的に窓を開けて換気をすれば、暖かい空気は逃げていきます。なかなかコンピュータによる計算では考慮が出来ない点です。

また、夏に我慢が出来なくなってエアコンのスイッチを入れてしまうと、その日以降は耐えられる・耐えられないに関わらず、なし崩し的にエアコンを使い続けてしまう経験がありますね(笑)。本当に暑い時は冷房なしでは難しいですから、その年に最初に冷房を入れる日がなるべく遅くなる住宅などを考えることは大切かも知れません。

そうした実験や経験を繰り返していくうちに、私は計算とエネルギー消費では測れない、目に見えないものの影響の大きさに興味を持つようになりました。すなわち、「人の感情や行動を無視して省エネは成り立たない」ということです。その思いは、デンマーク留学時代に快適性に関する数々の実験や研究を総合的・客観的に行ったことで、いっそう強くなりました。

―建物の性能だけではなく、感情や行動も「省エネ」や「快適性」と関わりが深いということですね。

大変関わりが深いです。たとえば、テレビを見るという行為一つでも、大型スクリーンで素晴らしいオーディオが整った性能の高い装置があっても、ソフトがつまらなければ最低です。たとえ小さなテレビであっても、チャンネルが自由に選べて面白い番組を見ることができれば充分です。これらは、「選ぶことができる」という感情から出る「快適性」です。この「選ぶことができる」ということが今後さらに重要になってくると思います。選択肢があるというメンタル面での「満足感」から、自分なりの工夫ができるという「向上心・改善」にもつながります。住まい手に工夫の余地がある住宅が大切に思います。

私は、何でもかんでも過保護で自動制御で省力化されているという最近の風潮は、反省しなければいけないと思います。機器を設計する人は自動にすることこそが使用者に利便性を与えると通常は思っています。もし、夏場、家の中が暑さを感じないくらいの温度にコントロールされていても、外に出ると40℃近くあって、電車に乗るとまた極端に冷房されていてという状況で、外も何も感じないように冷房してコントロールしなければならないと主張することは何かが間違っていると思います。

住宅はシステムです。システムの使用者をもう少し信用しても良いのではないかと思います。これを解決する方法としては、人間自身が外の気温・気候の変化を察知して、建物の中の環境やそこでの暮らし方をうまく調整することが大切です。自分で考えて工夫する、さらに言えば、その工夫を楽しむという状態こそが、ほんとうの満足度をあげることになると思っています。

―主役は「家」ではなく「住まい手」ということですね。

そこが大切なのです。省エネ住宅においても、いくら省エネ機器を入れて自動制御にしても人の関与を奪ってしまうと意外に省エネにはならない、というデータがあります。車だって、ハイブリッドカーは環境にいいかもしれないけれど、乗り回したら確実に環境に負荷をかけます。それよりも、最近では、「見える化」といって、「何キロ発電している」とか「どのくらいの省エネ効果がある」といった表示があることで、住まい手の意識が刺激され、結果として省エネ効果も高くなるということが指摘されています。これからの住宅を考えるときも、省エネや省CO2 を本気でやるのであれば、きちんとした性能の家を建てるということとともに、「それをどうやって運用していくか」という人の関わり方が大きく問われてくると思います。

OMソーラーの家では「今どのくらい集熱しているのかな?」「今日は暖房だけでなく、お湯もつくれるかな?」というように、人が介在する部分が多いですよね。それがとっても大切な時代になってきていると思います。

「建物の性能」と「暮らし方」が揃って省エネも快適も実現できる

―そのためには、「家に興味や愛着を持つ」ということも大切ですね。

そういった点では、OM ソーラーは省エネや再生エネルギーに関する機器が付属する設備ではなく、建築と一体化させて太陽熱を無理しないで集めて使うという奥村先生の素晴らしい考え方が基本になっており、システムとして成功しているところがすごいと思っています。家電機器のような発想ではなくデザインも含めたトータルなシステムだということが、家に愛着が持たれている大きな要素だと思います。

ただし、それはあくまでも基本的な家の性能が満たされているということが前提です。私は、快適さを得るためには、建物をきちんとつくり、冷房や暖房などの機械に頼る期間を極力短くすることが本質なのだろうと思っています。今後、建売住宅でもそういう方向を目指していくわけですから、注文住宅に関しても、エネルギーに関して十分に考慮することは差別化ではなく、それが「ベーシックなもの」になっていく時代です。その上での暮らし方です。建物本体の基本性能、それをサポートする設備、そしてその家を上手に住みこなす暮らし方、これらが揃って本当の快適さが得られるのではないでしょうか。

サーマルマネキンを使った計測の例

写真:サーマルマネキン

写真は、快適さを人間の感覚に近い形で測定ができるサーマルマネキン。下記の床暖房とエアコンの快適さの比較実験は、サーマルマネキンの姿勢はリビングにおいてくつろぐ体勢として、床に直接座ることを想定し、投げ足として実験した。

グラフ:室温と顕熱損失量の関係

室温と顕熱損失量の関係

皮膚温[℃] 顕熱損失量
[W/m2]
空気温度(+1,100mm)[℃]
床暖房 エアコン
(ラグあり)
エアコン
(ラグなし)
33.9 45.6 22.3 26.6 26.5

室内の安静時を想定し、代謝量1.1met の場合に人が快適に感じる皮膚温33.9℃になる顕熱損失量の時、床暖房では室温22.3℃、エアコンによる暖房では室温26.6℃(ラグなしは26.5℃)だった。
(資料提供/早稲田大学田辺新一研究室)

田辺新一(たなべ・しんいち)

1958 年福岡県生まれ。1980 年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1984 年同大学大学院博士課程修了。1984~86 年デンマーク工科大学暖房空調研究所、1992~93 年カリフォルニア大学バークレー校環境計画研究所、1992~99 年お茶の水女子大学生活科学部助教授、1999 年早稲田大学理工学部建築学科助教授、2001 年~同大学教授。2002~2003 年にはデンマーク工科大学客員教授も兼任している。1989 年米国暖房冷凍空調学会R.G.Nevins賞受賞、1996年「松下情報通信システムセンター」で空気調和・衛生工学会賞受賞、2002年日本建築学会賞(論文)、2006年米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE)Fellow。主な著書に『室内化学汚染・シックハウスの常識と対策』(講談社)他。

田辺新一(たなべ・しんいち)