第56回:岩佐 十良 さん・石村 由起子 さん・藤岡 俊平 さん

価値の創造

古い家に価値を感じますか、
虫が付いている野菜はどうですか、
繕われた布、接がれた器は…。

あなたにとって価値あるものとは何ですか。
とくに身の回りにあるものの中で、
大切にしているものはありますか。

大切にしたい、という思いこそ
価値あることなのかもしれません。

今回は、大切にしたい思いを形にし、
思いを伝えようとしている三人の方に
お話を伺いました。

三人がしていること、それは
“価値の創造”そのものでした。
(文/2017年4月現在)

十の物語の一つめは「食」。その時、その場所でしか味わえない価値。

十の物語の一つめは「食」。その時、その場所でしか味わえない価値。

岩佐十良さん。「感動や体感がなければ本質は伝わらない」そう語る岩佐さんにとって、伝えるための全ての手段がメディア。

岩佐十良さん。「感動や体感がなければ本質は伝わらない」そう語る岩佐さんにとって、伝えるための全ての手段がメディア。

宿ではなく、作品をつくる感覚

雑誌『自遊人』の編集長である岩佐十良さんは、雑誌というメディアで伝えられることに限界を感じていました。「いくら美味しそうな料理の写真を載せても、読者は食べることはできません。ましてや、その食材がどんな所で採れたものかなんてピンときませんよね」食の大切さを伝えようと思ってもリアルには伝わらない。「美味しさや農の大切さを感じてもらうには、実際に食べてもらう、田んぼや畑に身を置いてもらうのが一番なんです」東京・日本橋から新潟県・南魚沼へ会社を移転し、自ら農業法人を立ち上げ、米づくりも行っている岩佐さんは、いつか農園レストランをやりたいと考えていました。そんな岩佐さんに転機が訪れたのは2012年の5月のことでした。

移築した古民家を活用した温泉旅館が廃業することになったので引き継がないか、という農業仲間からの話でした。すぐに現地を訪れ、建物の魅力やロケーションの素晴らしさに感動した岩佐さんは、後先考えずに引き継ぐことを承諾してしまいます。「引き継ぎ手がなければ建物は放置され、あっという間に傷んでしまいます。とくに雪深い場所ですから1年放置したらおしまいで、待ったなしの状況でした。宿だけはやるまいと考えていたのに、よりによってその宿をやることになってしまって…」しかし、元々宿を経営したかったわけではない岩佐さんは、全く別の視点で宿の再生に乗り出します。「経営者ではなく、クリエイターとして"作品"をつくる感覚でした」

「里山」こそ、日本的価値観を育んできた舞台。訪れた人は、里山の価値、その場所の価値を感じずにはいられない。

「里山」こそ、日本的価値観を育んできた舞台。訪れた人は、里山の価値、その場所の価値を感じずにはいられない。

感動や体感で伝える"メディア"

初めて現地を訪れてから2年後の2014年5月、古びた温泉旅館は「里山十帖」という名前で蘇りました。黒光りする木組みの架構はそのままに、万全の断熱改修を施し、薪ストーブの温もりが包む館内にはデザイナー家具や現代アート作品が配され、巻機山を一望する露天風呂、地元の食材にこだわった創作料理、地域資源を活かしたアクティビティなど、上質な空間、地域の産物や伝統、文化など「十の物語」として紡がれる、地域に埋もれつつあった価値にスポットを当て、オープン直後から人気の宿として、度々メディアでも取り上げられました。岩佐さんにとって里山十帖は、単なる高級温泉旅館ではなく、あくまでも"メディア"だといいます。

「私たちが提供したいのは感動や体験です。米一粒がメディアであり、椅子は座り心地がメディア、風景そのものがメディアなんです」また、古民家だけでなく、伝統や文化は残すべきものとして語られることが多いのですが、岩佐さんは"べき論"では残らないと語ります。「"べき"というのは、まるで誰かにしてもらうかのような言い方ですよね。義務では残らない、価値を体感してもらい、現代の暮らしに取り入れてもらうことではじめて残っていくものです」里山十帖は、体感を通して日本の里山の素晴らしさ、里山から生まれた日本的価値観を伝えるインタラクティブなメディアなのです。

十の物語の二つめから十まで。写真右上から「住」「衣」「農」「環境」「芸術」「遊」「癒」「健康」「集う」。どれも豊かな暮らしを支える要素。とくに「集う」は、地域の価値を再発見するために欠かせない要素となる。

十の物語の二つめから十まで。写真右上から「住」「衣」「農」「環境」「芸術」「遊」「癒」「健康」「集う」。
どれも豊かな暮らしを支える要素。とくに「集う」は、地域の価値を再発見するために欠かせない要素となる。

おばあちゃんの暮らしの知恵

石村由起子さん。もてなしの心はおばあちゃん譲り。OMの住まい手でもある石村さん、OMの家は昔ながらの日本の家とリンクしていると感じるそう。

石村由起子さん。“もてなしの心”はおばあちゃん譲り。
OMの住まい手でもある石村さん、OMの家は昔ながらの日本の家とリンクしていると感じるそう。

奈良にローカルなお店でありながら全国からファンが訪れるカフェ&雑貨店があります。名前は「くるみの木」。オーナーの石村由起子さんは、ふとした出会いから「お店を開く」という小さい頃の夢が蘇ったといいます。「紫陽花の花が咲き乱れる小さな木造の建物があって、その姿が子どもの頃に日記に描いた絵とそっくりでした。ここで、お母さんが家族に食べさせたいと思うものをつくりたいと思ったんです」その建物を借りることができ33年が経ちました。その間に、レストランとギャラリー、小さなホテルを併設した「秋篠の森」、東京にも「ときのもり」という新たなお店が生まれました。

地方の小さなお店を全国区の人気店に育てた手腕や審美眼は、今やコーディネーターやコンサルタントといった仕事にまで拡がり、各方面から仕事の依頼があるといいます。そんな石村さんの美意識、モノを見る目はどうやって培われたのでしょうか。「私の両親はともに忙しく働いていたので、私はおばあちゃんと過ごす時間が長かったんです」生まれ育った家は竈や縁側、五右衛門風呂のある昔ながらの日本家屋で、そこでの暮らしは"おばあちゃんの知恵"そのものだったそうです。「おばあちゃんは暮らしの達人でした。家で料理教室を開いたり、ご近所さんの悩み事を聞いたり、いつも人が集まる家でした」工夫を凝らして人をもてなす、人が喜ぶ顔を見るのが何より嬉しい、おばあちゃんの生き方は傍にいた少女にも確実に伝わったのです。

「くるみの木」外観。この佇まいは33年前から変わらない。

「くるみの木」外観。この佇まいは33年前から変わらない。

季節の野菜を中心とした「くるみの木」のランチ。お母さんが家族に食べさせたい食事。

季節の野菜を中心とした「くるみの木」のランチ。お母さんが家族に食べさせたい食事。

シンプルな製法でつくられるオリジナルのジャム。つくり手の思いが詰まった優しい甘さが人気。

シンプルな製法でつくられるオリジナルのジャム。つくり手の思いが詰まった優しい甘さが人気。

秋篠の森にあるレストラン「なず菜」。地元の生産者がつくる旬の大和野菜を中心に、創意工夫が凝らされた食事が楽しめる。

秋篠の森にあるレストラン「なず菜」。地元の生産者がつくる旬の大和野菜を中心に、創意工夫が凝らされた食事が楽しめる。

感謝する心こそ価値の源泉

観光案内所、食堂、喫茶室からなる複合施設「鹿の舟」。伝統的な生活文化が今も色濃く残る奈良町の魅力を発信している。

観光案内所、食堂、喫茶室からなる複合施設「鹿の舟」。伝統的な生活文化が今も色濃く残る奈良町の魅力を発信している。

モノを大事にする心、知恵と工夫を凝らした、日本の古き良き暮らしを大切にしたい― 。この思いを胸にお店を開いた石村さんですが、お店を開けても全く人が来ない日々が続きました。「最近、オープンした当時の古いメニューを目にすることがありました。そこには体に優しいランチとか、山葡萄のジュースとか、今よりもずっとこだわりの強いメニューが書かれていて、独り善がりだったのかな…と思いました」こだわりの強さが実は人を寄せ付けない空気をつくっていたのかも―。「変わってはいけないことと、変わらなければいけないことのバランスを思い知らされました」石村さんはこの経験が、より一層"ブレない自分"をつくってくれたと語ります。

「店では、季節のもの、安全なもの、地元のもの、をできるだけ取り入れるように心がけていますが、完全にという訳ではありません。完全を求めるよりも、どうしたら喜んでもらえるかのほうが重要なんです」食べた後のお客さんの顔が何より気になる―。「喜んでもらえたか?スタッフには毎日そればかり聞いています。」そして、誰からも愛される店をつくりたいといいます。「全ては感謝からはじまります。虫やヘビは苦手でしたが、役に立たないものはこの世にありません。彼らがいるから私たちも生きられる。あるのが当たり前ではなく、なくて当たり前、あることに感謝しなくてはいけません」感謝の心こそ、価値あることだと語ります。昔に比べてスタッフの数は格段に増えました。お客さまとともにスタッフへの感謝の気持ちが、今は石村さんを動かしているのかもしれません。

五感で感じる心地良さ

奈良で「紀寺の家」を主宰する藤岡俊平さんは、町家を通して日常の中にあるちょっとした変化や気付きから、五感で感じる心地良さや豊かな暮らしを体感してほしいと語ります。「忙しいときは小さな変化に気付くことなく、時間だけが経過していってしまいます。町家に暮らしていると、すぐそこにある庭から外の様子を肌で感じたり、建具から射し込む光や影から季節の移ろいを感じたりします。いつも自然と応答していることで些細な変化に気付くことができる、これは豊かな暮らしそのものだと思うのです」

藤岡さんは三軒長屋のうちの一軒、平屋の小さな町家で育ちました。今でこそ町家の語りべとしてその魅力を発信する側ですが、子どもの頃は逆だったといいます。「友だちが遊びに来るのが嫌でしたね。子ども部屋などありませんから、家では母親が家事をしているすぐ傍で遊ぶしかない。子ども部屋がある二階建ての普通の家が羨ましかったです」しかし、大学進学を機にはじめたマンションでの一人暮らしが必ずしも快適だとは感じませんでした。「ベッドは狭苦しいし、アルミサッシも息苦しく感じました」実家に帰ると建具を開け放して縁側に寝転ぶ気持ち良さを思い出したといいます。また、建築を志しイタリアを旅行した体験も町家の価値を見直す契機になったといいます。

下田のゲストハウス

藤岡俊平さん。「町家が“古家付土地”として扱われ、壊されていくのを見るのがたまらなく辛い。
一見、ボロ屋にしか見えない町家を魅力的な住まいとして蘇らせたい」と語ります。当初3軒だった宿屋は今は5軒に。

大きな開口は外との応答の場。障子は光を和らげる調光装置でもある。

大きな開口は外との応答の場。障子は光を和らげる調光装置でもある。

建物だけではなく、路地も豊かな暮らしの場であることを教えてくれる。

建物だけではなく、路地も豊かな暮らしの場であることを教えてくれる。

1. 町家にベッド。現代のライフスタイルに合わせた“町家での暮らし”の提案。2. 床暖房が導入されている土間。「町家=寒い」という概念を払拭。3. 木のお風呂は和のデザインによく似合う。

1. 町家にベッド。現代のライフスタイルに合わせた“町家での暮らし”の提案。
2. 床暖房が導入されている土間。「町家=寒い」という概念を払拭。
3. 木のお風呂は和のデザインによく似合う。

進化を求められる町家

「イタリアの小さな町はそれぞれに個性があって、町の人たちも景観を守って暮らしていることを皆誇りに感じていました。日本でも奈良や京都だけでなく、高山や沖縄でも古い家にはその土地の個性が生きていて、住んでいる人たちはそのことを誇りに感じていると思います」しかし、戦禍を逃れ比較的古い家が残っていた奈良町界隈でも町家は次々に壊され、町の風景は様変わりしていきました。このままでいいのか…、藤岡さんは結婚を機に奈良へ帰り、町家を再生し宿として活用することを思いつきます。

俊平さんの父・龍介さんは長年、奈良を拠点に町家の改修や再生に取り組んできた建築家です。「カフェやショップ、あるいは個々の住まいとして再生されることはもちろん大事です。でも僕は町家とは関係のない人たちが関心を持ち、住んでくれなければ変わらないと思いました。最初は町家のモデルハウスを作ろうと思いましたが、それでは普通の人との接点にはならないと思ったんです」町家でも快適性や利便性は犠牲にせず、断熱性を高め、床暖房を導入し、住んでみたい町家、非日常ではなく日常としての町家の価値を表現しました。「何を残し、何を変えていくべきかは本当に悩みます。土間を残すか、建具はどうするか、そのせめぎあいです」時代の変化に晒されつつ、「紀寺の家」は、存在価値を高めるため、常に進化を続けていきます。

1. 置かれている現代アート作品は豊かな暮らしを彩る。2. 朝食も提供。土地の食材でつくる野菜中心の食事が岡持ちで運ばれる。3. 夜景。格子戸から漏れる光が、前を通る人にも“お帰りなさい”と語りかける。

1. 置かれている現代アート作品は豊かな暮らしを彩る。
2. 朝食も提供。土地の食材でつくる野菜中心の食事が岡持ちで運ばれる。
3. 夜景。格子戸から漏れる光が、前を通る人にも“お帰りなさい”と語りかける。