第55回:東 利恵 さん・林 美樹 さん・齊藤 祐子 さん

時を超える住まい

子どもが成長していく上で、
親の影響が大きいことは当然です。

“親との直接的なやりとり”
から受ける影響はもちろんですが、
間接的に受ける影響、とくに、

“住まいやそこでの暮らし”

から、子どもは日々何を感じ、
子どもの中に何が残っていくのか―。

今回は三人の女性建築家に、
引き継がれる住まいや暮らしについて、
お話を伺いました。
(文/2017年1月現在)

現在の「塔の家」。

現在の「塔の家」。

東利恵さん。その場所の持つポテンシャルを最大限に活かす―、居心地の良さは形式ではなく、“どうあるべきか”を一から考えていくことだと語る。

東利恵さん。その場所の持つポテンシャルを最大限に活かす―、居心地の良さは形式ではなく、“どうあるべきか”を一から考えていくことだと語る。

家族の住まい

東利恵さんは名作住宅「塔の家」で有名な建築家・東孝光さんの一人娘として生まれ、子ども時代の多くを家族とともに塔の家で過ごしました。「それまでは父は単身赴任で東京にいたので、私は大阪の母方の実家が持っていた駅前の小さな薬局の二階に母と二人で暮らしていました。東京に来て塔の家に引っ越したときは自分の部屋があったりして、とても嬉しかったことを覚えています」引っ越して数日は靴を履いたままだったそうで、日本の普通の家にはない暮らしを楽しんでいたように思うと、子ども時代を振り返ります。

大学卒業後に米国に留学し、帰国後を含め様々な住まいを経験します。アメリカでは木造の大きな家をシェアしたり、コーネル大学出身の建築家が設計したRC造の集合住宅に住んだり、帰国後はいわゆる大型マンションにも住んだことがあるとのこと。「様々な住まいの経験から"心地良さ"をとても意識するようになりました。ただ、街中に住みたいという思いが強かったので都心部に住むことが多かったですね」とはいえ、日本のマンションの一般的な間取りは玄関、トイレ、中廊下といったもので、個室はドアを閉めてしまえば完全に密室になってしまい、家族の気配すら感じなくなります。「私はそういう住まいが家族の住まいとしてどうなのか?と思うんです」

竣工当時の「塔の家」。2階居間から上部を見上げたところ。階段が間仕切りであり、ドアであった。(©村井修)

竣工当時の「塔の家」。2階居間から上部を見上げたところ。階段が間仕切りであり、ドアであった。(©村井修)

父親の背中

塔の家はスキップフロア的に各階が繋がり、間仕切りのための建具はほとんどありません。「視線が切られているので姿は見えませんが、どこにいても家族の気配を感じました。私の部屋は最上階だったので居間や両親の寝室を通らざるを得ませんでしたし、母も洗濯物を干すのに私の部屋を通らないといけません。帰ってきた父が私の顔を見に階段を上がってくる足音をいつも感じていました。足音がノック代わりでした」家族がお互いの気配を感じる程よい距離感こそ、日本的な家族のあり方ではないかと東さんは語ります。

「それから、いつも父の姿を間近に見てきたからなんだと思いますが、小さい頃から好きな仕事をする人たちに接していたように思います。家にはよく父の仕事仲間が出入りし、仕事の厳しさとともに、皆が楽しんで仕事をしている姿を見てきました」日本に長寿の会社が多いのは、職業感が親から子へと受け継がれてきたからではないかと語ります。「もちろん仕事にもよりますが、人気企業に就職することが目的になってしまってはあまりにも寂しいですよね。塔の家に住んでいなかったら、私も建築家になっていなかったかもしれません」東さんは「星のや」の設計を一手に引き受けています。家族の皆が心地いい―、その原点は塔の家にあったのかもしれません。

竣工当時の「塔の家」。2階居間から上部を見上げたところ。階段が間仕切りであり、ドアであった。(©村井修)

1. 写真は子ども室の様子。写っているのは東さんご本人。(©村井修)
2.「 星のや東京」。国際都市・東京の都心に和のおもてなしを表現。江戸小紋をモチーフにした外観デザイン、内装は伝統的な日本旅館をイメージ。玄関で靴を脱ぎ、床には畳を多様。(写真:ナカサアンドパートナーズ)
3.「 星のや富士」。豊かな自然を最大限活かした設計。アウトドアを楽しむための星のや。(写真:ナカサアンドパートナーズ)

風土がつくる家

林美樹さんも建築家の娘として育ちました。「育った家は両親が設計した家でしたが、家はライフステージに応じて改築する、住みながら直す、ということが当たり前だと思っていました」実家でも出入りの大工さんがいて、庭で鉋掛けしている風景は身近なものだったといいます。「日本の木造家屋は改築が容易で、生活の変化を受け入れてくれるんです」大学までこの家で暮らし、その後は大手設計事務所に勤務しながら、自分の住まいとして、また仕事として様々な建築を"体験"します。「工法や素材など、それぞれの特徴がだんだん分かってきました。結局行き着いたのは、昔ながらの家、日本の風土がつくりあげた伝統技術を活かした木造の家だったわけです」

イタリアに留学し、その土地の人々の素材の使い方や住まい方から多くを学んだこともその思いを後押ししました。「イタリアやスペインの人たちが昼休みを長くとるのは、暑い日中を避ける意味で合理的なことなのです。夕方になると、広場に出ておしゃべりするのも、厚い壁が蓄熱されていて室内が過ごしにくいからなんです。住まいや環境に合わせた暮らしをむしろ楽しみ、文化として受け継いでいるわけです」生産性や効率ばかり重視する日本のあり方とは対照的な姿です。

緑豊かな現在のご実家の様子。(写真:林美樹)

緑豊かな現在のご実家の様子。(写真:林美樹)

冬は陽射しが室内に入り込み暖かい。OMソーラーが導入されている。(写真:林美樹)

冬は陽射しが室内に入り込み暖かい。OMソーラーが導入されている。(写真:林美樹)

林美樹さん。木や土や紙など、自然由来の素材は放っておけばいずれ土に還っていく

林美樹さん。木や土や紙など、自然由来の素材は放っておけばいずれ土に還っていく素材、だからこそ人間はこれらの材料に親近感があり、心地良いと感じるのだという。

屋根を緑化した武蔵野・草屋根の家(写真:畑亮)

屋根を緑化した武蔵野・草屋根の家(写真:畑亮)

持続可能な建築

「建築家は皆そうだと思いますが、父も新しい技術や設備の採用には積極的でした。OMソーラーもそのひとつです」今は実家に事務所を構え、環境に負荷をかけない"くさる家"をつくり続けています。「"くさる家"というのは、仲間と出版した本で使った言葉で、"腐る―"、つまり最後は土になって自然の循環の中に還っていく、そんな家を指しています。これはメンテナンスフリーとは対極にある考え方です。後世に付けを残さない潔い生き方そのもので、これからの世代に引き継いでもらいたい価値観でもあります」

林さんは、人の寿命よりも長い家を、自分のためだけにつくってはいけないと語ります。「家も、建物としてだけでなく、庭との関係、周辺環境との関係を考慮することが大事です。それによって景観が整い、良好なコミュニティの形成にも繋がります」身近な素材でつくる家は、最も持続可能な家づくりといえるかもしれません。こういった環境に対する視点をもつようになったのも、父親譲りなのかもしれないと林さんは振り返ります。「学生の頃は、父が建築家であることがプレッシャーになることもありましたが、今では父の考え方に共感していますし、父と一緒に建築を見て回るのはやっぱり楽しいです!」そう語る林さんの笑顔が印象的でした。

下田のゲストハウス

武蔵野・草屋根の家・内観。木と土でつくられた家はそれだけで優しい雰囲気になる。

OMソーラーが導入された南葉山の家。

OMソーラーが導入された南葉山の家。

林美樹さん。木や土や紙など、自然由来の素材は放っておけばいずれ土に還っていく

南葉山の家の内観。大きな開口からは海が臨め、大空間を冬は太陽熱が暖める。
※(1~3の写真:畑亮)

関係を生む形

齊藤祐子さんは、三世代が同居する大家族の家で育ちました。「私が育った家は昭和七年に祖父が建てた中廊下のある家で、子どもの頃は祖父母や両親の他、父の妹や弟も同居していて、いわば一つの小さな社会だったように思います」自分の親も祖父母にとっては子どもであり、様々な家族関係を住まいの中に感じていたといいます。また、古い家には住まいそのものにも縁側や応接間、内玄関、勝手口、土間やニワなどがあり、そんな空間が外の社会との接点となり、家と社会の繋がりも、住まいを通して感じることができたといいます。

「祖父が亡くなったとき、玄関に初めて外鍵が取り付けられました。それまでは家には誰かしら居るのが当たり前で、内鍵しかありませんでした。家の形が変わっていく象徴的な出来事として今でもよく覚えています」当時のこうした家の形の変化はご近所との関係にも影響していったといいます。「例えば、親から怒られたときに助けてくれる人とか、逃げ込める場所がかつての家や近所にはありました。何かをお隣から借りるなど、何気ないやり取りの中にも人と人との関係があったのです」核家族化はご近所との接点を玄関だけに限定し、ごく親しい人しか中には入れないという住まいをつくりました。個と社会、プライバシーとパブリックを繋ぐ装置としての住まいの役割は失われ、住まいは単なる閉じた箱に過ぎなくなってしまったと感じるのです。

1. 齊藤祐子さん。デザインだけでなく、性能的にも閉じた住まいが増えつつあることを危惧されている。建物のあり様が人と人との関係を作っていく。豊かな人間関係を形成していく上で、建築が果たす役割は大きい。2. 2009年にリフォームした齊藤さんの住まい。写真は玄関を道路から見たところ。大谷石とドウダンツツジの垣根は昔のまま。3. 廊下から玄関を見る。正面に見える土壁は古い家の土と漆喰で仕上げた。4. 三畳の畳の間からLDKを見る。斜めに架けた丸太の梁は、縁側の桁を再利用した。

1. 齊藤祐子さん。デザインだけでなく、性能的にも閉じた住まいが増えつつあることを危惧されている。
建物のあり様が人と人との関係を作っていく。
豊かな人間関係を形成していく上で、建築が果たす役割は大きい。
2. 2009年にリフォームした齊藤さんの住まい。
写真は玄関を道路から見たところ。大谷石とドウダンツツジの垣根は昔のまま。
3. 廊下から玄関を見る。正面に見える土壁は古い家の土と漆喰で仕上げた。
4. 三畳の畳の間からLDKを見る。斜めに架けた丸太の梁は、縁側の桁を再利用した。

台所から増築して出来たサンルームを見る。

台所から増築して出来たサンルームを見る。

時代を超えて

齊藤さんは人と人との関係を生み出すテラスやデッキ、庭などの空間を、住まいの設計に必ず取り入れています。「ごく親しい人だけでなく、ご近所や通り掛かりの人などと気軽に話ができる場所が大事で、私は建築の重要な役割だと思っています」そして、増改築・減築しながら今でもお母さんと一緒に築85年になる家に住み続けており、娘さんご家族も齊藤さんと同居を希望されているそうです。「以前のような大家族の家というより、シェアハウスという感じですね。古い家は何でも許容してくれるんです」そう語る一方で、必ずしも古い家を保存したくて残してきたわけではないともいいます。「建て替えは祖父が厳として反対していました。当時は今ある家をベースに変えていかざるを得なかったのです」しかし、今ではこうした古い家に別の価値を感じているそうです。「決して今から古いものはつくれません。古いからこそ歴史を辿ることができ、時間を感じることができるのだと思います」それは家だけでなく、大きな木や町並み、世代を超えて大事にされる家具もそうだといいます。「モノでしか、形でしか伝えられないものがある。だからこそ、次の世代を意識することができる。形あるものの役割なんだと思います」形(建築)は、同じ時代の人と人だけでなく、時代を超えて人と人との関係を紡いでいるのかもしれません。

※P11~13の建物写真(撮影:北田英治)

サンルームからは三角に張り出したデッキに出られる。コンクリートの敷石も敷き直したもの。

サンルームからは三角に張り出したデッキに出られる。コンクリートの敷石も敷き直したもの。

昔の家の面影を色濃く残す中廊下のある母屋部分。廊下の突き当たりは洋間。

昔の家の面影を色濃く残す中廊下のある母屋部分。廊下の突き当たりは洋間。

玄関ドアも昔のものを再利用。ドア上部のガラスからは玄関の明かりが漏れる。

玄関ドアも昔のものを再利用。ドア上部のガラスからは玄関の明かりが漏れる。