第54回:森 みわ さん・伊礼 智 さん

ZEHはゴールではない

地球温暖化が止まらない―。
とくに住宅の省エネ化が進まない―。

こうした状況の中、
エネルギーのゼロ化は避けられません。
しかし、「ゼロ」が目的になった途端、
住まいの本質、目に見えない価値が
どこかに消えてしまいかねません。

住まいのZEH化について、
二人の建築家からお話を伺いました。
(文/2016年10月現在)

軽井沢の家。

ZEHとは快適な室内環境を保ちながら、住宅の高断熱化と高効率設備により出来る限りの省エネルギーに努め、太陽光発電等によりエネルギーを創ることで、1年間で消費する住宅のエネルギー量が正味(ネット)で概ねゼロ以下となる住宅を指します。(出典:経済産業省「ZEH普及に向けて」資料より)

軽井沢の家。

国が進める住宅のZEH化へ向けてのロードマップ。2020年には標準的な新築住宅の平均でZEH化、2030年には全ての新築住宅の平均でZEH化、2050年には全ての住宅でZEH化の達成を目標に掲げている。(出典:経済産業省、国土交通省、環境省資料より)

帳尻合わせの「ゼロ」

日本のZEHがヨーロッパのゼロエネと同様、一次エネルギーで測るという共通のモノサシを用いている点は評価できると思います。ただ、日本のZEHはどちらかというとゼロになったか否か、すなわち「Yes」か「No」の選択を迫られている感じで、あたかもZEHが目的化されているような気がしてなりません。しかし、大事なことはZ E Hへのプロセスであって、ZEHをどう達成しているかなんだと思います。ゼロにすると言った時点で、どうしても太陽光発電などアクティブな機器が絶対に必要になってしまう、絶対に必要だから、それらを前面に押し出すようなZEHが目立つようになってしまうのです。それに対してヨーロッパのゼロエネへのスタンスはゼロにできるかどうかが重要ではなくて、いつでもゼロにできる、アクティブな設備を導入すればゼロが可能、その状態までまずは建物性能( 断熱・気密)を上げておく、つまり「パッシブ」を優先してゼロを達成しようというのが基本です。そのプロセスをすっ飛ばしてゼロならいい、帳尻さえ合っていればプロセスは問わないというのが日本のZEHの基本的スタンスなんだと思います。

鎌倉パッシブハウス。南側の間口が小さく、日射取得に向かない敷地ながら、独・パッシブハウス認定を取得。。

鎌倉パッシブハウス。南側の間口が小さく、日射取得に向かない敷地ながら、独・パッシブハウス認定を取得。。

前沢パッシブハウス(富山県黒部市)。日射の少ない北陸の気候でも、高性能サッシの大開口を南に設けることで、パッシブハウス基準をクリア。

前沢パッシブハウス(富山県黒部市)。日射の少ない北陸の気候でも、高性能サッシの大開口を南に設けることで、パッシブハウス基準をクリア。

「ゼロ」ではなく「自立」

建物性能を上げることは省エネになるだけでなく、家全体で温度差のない快適な温熱環境をつくることができます。日本の暖房の方法は長く、人がいる部屋だけを暖房するという考え方でしたが、ZEHにもこの考え方が残っています。断熱材の量も消費エネルギーをヨーロッパレベルにするためには20㎝程度の厚みが必要なのに、10㎝程度で良いとされていて、今やヨーロッパの最新の住宅よりも気候が温暖なはずの日本の住宅のほうが暖房の消費エネルギーが多いという結果になっています。

それも人がいる部屋だけ暖めるという貧弱な温熱環境にも関わらずです。不足している断熱材の厚さ10㎝分を太陽光発電で穴埋めしているというわけです。それと、帳尻合わせのゼロエネは、結局本質的な脱化石燃料消費の主旨から逸れていることになります。例えば、冬は暖房エネルギーがたくさん必要になりますが、一方で太陽光発電は冬に発電量が下がります。そもそも暖房が一番必要な夜は発電しません。通年でエネルギーゼロならいい、夏に電気をたくさん売って、冬は必要なだけ買えばいい、冬の暖房は相変わらず化石燃料に頼る、というのではエネルギー的に自立しているとはいえません。ゼロエネの本質的な目的はエネルギーがゼロになることではなく、個々の住まいのエネルギー的自立にあるはずです。

前沢パッシブハウス内観。内部は間仕切りがほとんど無く、お互いの気配が分かる暮らし方をサポート。開放的な間取りは夏の通風にも有利。

前沢パッシブハウス内観。内部は間仕切りがほとんど無く、お互いの気配が分かる暮らし方をサポート。開放的な間取りは夏の通風にも有利。

前沢パッシブハウス内観。床下エアコン1台、もしくはリビングのエタノールバーナー1台で42坪の家は隅々まで快適な温度に。

前沢パッシブハウス内観。床下エアコン1台、もしくはリビングのエタノールバーナー1台で42坪の家は隅々まで快適な温度に。

プライスレスの価値に気付く

日本のZEHが帳尻合わせという面はありますが、個々の住まいでは建物性能をより高めることはできるわけです。私たちつくり手は住まい手にそのことを提案していくべきです。ただ、アクティブの効果は目に見えやすいのに比べ、パッシブの効果は見えにくいのも現実です。経済性という観点に立てば、高く買い取ってもらえる太陽光発電は大きな魅力です。それに比べ断熱性の魅力って何?何年でペイできるの?ってなりますよね。快適や健康、暮らしやすさといったお金に換算できないパッシブの効果は過小評価されがちです。私もよくお施主さんに説教しちゃうんですが、家族が健康でいつもニコニコしているのって嬉しいですよね、それってプライスレスじゃないですか。イニシャル増をランニング減でペイしようという話はいっぱいあるわけですが、家ってそういうものではない、金融商品ではないはずです。家族の笑顔や幸せのために家づくりはあるはずで、省エネやゼロエネ=経済性という一元的な見方はできないはずです。ZEHを機に、アクティブとパッシブのバランスをどうすべきかなど、住まい手とつくり手の双方にとって、本来の家づくりに気付くきっかけになればと思います。

(森 みわ 談)

軽井沢の家。

古い薬局をリノベーションした森さんの仕事場。古民家なのに新築以上の省エネ性能を持つ。奥にはカフェを併設し、景観に溶け込み、街に開かれた佇まいはプライスレスの価値を物語っている。

森 みわ(もり・みわ)
森 みわ(もり・みわ)

森みわさん。1977年東京都生まれ。1999年横浜国立大学工学部建築学科卒業。2002年独シュツットガルト工科大学都市計画学科卒業。2009年キーアーキテクツ設立。2010年一般社団法人パッシブハウス・ジャパン設立。鎌倉パッシブハウスにて2010年国際パッシブハウスデザインアワードを受賞。ドイツ・バーデンヴュルテンベルク州公認建築士。東北芸術工科大学客員教授。著書に『世界基準の「いい家」を建てる』(PHP研究所)、『図解エコハウス』(エクスナレッジ)など。

下田のゲストハウス

下田のゲストハウス

建築家はZEHが嫌い

正直言って、建築家の多くはZEHに良いイメージを持っていないと思います。できればやりたくないというのが本音ではないでしょうか。私も省エネ住宅=良い住宅だとは思っていなくて、たくさんの”省エネ”と呼ばれる住宅を見てきましたが、正直、魅力的だと感じる住宅は少なかったように思います。ではなぜZEHや省エネ住宅に魅力がないかというと、住宅の性能を上げることしか眼中にないかのような設計で、暮らしやすさや心地良さ、周辺環境との調和や近隣との良好な関係性など、本来の設計、デザインといった面に配慮が欠けているからです。ただ一方で、建築家の方もデータや性能にはあまり興味がないのが実情で、自分が作った建物がどれくらいのエネルギーを使うのか、あるいは省エネになっているのか分からないのが現実だと思います。建築家のほうも今後は計算やシミュレーションをするなど、性能やエネルギーをきちんと把握して設計しなければならないと思います。

「ゼロ」でなければならない大義とは?

ところが、ZEHとなると少々疑問が湧いてきます。「ゼロ」にしなければならないことで、好きでもない設備に頼らなければなりません。都会では屋根にすら陽が当たらないところもありますし、75%とか50%じゃダメなのか、ゼロである必要性、その大義名分が今一つ納得いきません。また、性能重視派の人たちは性能や省エネの話しかしないんです。周辺環境や近隣との関係などの話はあまり出てきません。あたかも周囲に何も遮るものがない駐車場とか空地のような場所にポツンと性能の高い箱を置いているような感覚です。建物の回りはほとんど設計されなくて、南面だからって大きな窓を設けて、日当たりはいいんですが、向かいの家のエアコンの室外機が丸見えになっていたり、そこに住む人にとっての、暮らすことへのデリカシーが欠如していて、心地良く思えない住宅が多いように感じます。

琵琶湖湖畔の家

琵琶湖湖畔の家

「得」より「徳」のある住まい

省エネや性能が大事ということは、もちろん理屈ではとても良く分かるんです。温度差がなくて快適なのはとてもいいことです。でも私なんかは少しくらい変動するくらいがいい、夏は夏らしく、冬は冬らしく、住まい手が能動的に暮らしに関与することで得られる快適さのほうが満足度も高く、愛着も感じるんだと思います。そういう意味で私は窓や窓際の役割をとても大事にしています。箱としての性能は一定に確保しつつ、いくつものレイヤーで開口部を構成し、変動を許容する要素として捉えるんです。私が考える日本的なエコハウスは開口部で暮らしを制御できること、温熱環境だけでなくご近所との関係やプライバシーをどう守るかも含めてです。ZEHが義務付けられたら日本各地の風景が様変わりするかもしれません。「高性能+太陽光発電」の家しか建てられないというのはとても悲しい話です。私が尊敬する建築家・吉村順三さんや奥村昭雄さんは控え目なデザインを大切にされていました。私も周囲と調和した佇まい、美しい屋根、風景に溶け込む住まいが最終目標のように感じています。決して「省エネ」という観点だけで家づくりはできない、省エネは社会人として守るべき要素の一つに過ぎなくて、データや数値に置き換えられない別の暮らしを豊かにする価値がまだまだたくさんあるわけです。「得」より「徳」のある住まいを作りたいものです。

(伊礼 智 談)

i-works2.0

i-works2.0

開口部にはレイヤー化された建具が入ることで、様々な表情や外部との関係性を生む。(写真は「つむじi-works」のもの)

開口部にはレイヤー化された建具が入ることで、様々な表情や外部との関係性を生む。(写真は「つむじi-works」のもの)

築100年以上を経過した住まい。代々受け継がれてきた家の重みは、“住まわせてもらっている”という感覚にさえなる。
伊礼 智(いれい・さとし)
伊礼 智(いれい・さとし)

伊礼智さん。1959年沖縄県生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科卒業後、東京藝術大学美術研究科大学院修了(奥村昭雄研究室)。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年伊礼智設計室開設。2005年から日本大学生産工学部建築工学科居住空間デザインコース非常勤講師。2006年「東京町家・9坪の家」、2007年「東京町家・町角の家」でエコビルド賞受賞。主な著書に『伊礼智の住宅設計作法』(アース工房)、『伊礼智の住宅設計』(エクスナレッジ)など。OMソーラーの家を数多く手掛ける。

快適性や健康性は不十分

快適性や健康性は不十分2020年のZEH義務化に向けて、住宅の高性能化(高気密・高断熱)の技術やヒートポンプなど高効率設備、太陽光発電といった創エネ設備など、「ゼロ」を可能にする技術はすでに出揃っています。技術的なブレークスルーが必要なのは蓄電地くらいです。ただ、ZEHが満足な快適性や健康性を担保しているかというと、まだまだ不足しているのが現実です。省エネ基準を守るだけでは冬期の最低室温(体感温度)は温暖地で8℃、寒冷地でも10℃にまで下がってしまい、健康に悪影響を及ぼしかねないレベルです。夏の冷房は太陽光発電+エアコンという相性ぴったりの組み合わせのおかげで快適さと省エネは両立しやすいのですが、冬に満足な温熱環境を得るには、まだまだたくさんのエネルギーを必要としてしまうのがZEHの現実なんです。断熱を強化しても一次エネルギー消費量としてはさほど影響がなく、例えばUA値を0・6から0・48に改善しても、収支ゼロを達成するための太陽光発電量は4・8kwから4・6kwになるだけで、0・2kw分しか貢献しないのです。ZEHを推進している経産省としても、誰でもZEHに取り組めるよう、なるべくハードルを低くしたい、面倒な断熱はそこそこで、あとは高効率機器+太陽光発電で達成というシナリオを描いているのだと思います。そして、そこで高まってくるのが蓄電池への期待です。蓄電できれば系統に売電する必要がなくなり、昼間発電した電気を夜、暖房エネルギーとして使うことが可能になります。蓄電池は日本的ZEH実現のカギを握っているといえます。

家族のための家づくり

一方、世界では「2000W社会」ということが言われはじめています。世界100億人が末永く使い続けられるエネルギーの量は一人あたり年間2 0 0 0 Wまでという意味で、現状、米国で12000W、西欧で6000W使っており、中国が2000W程度ですから、先進国にとっては相当高いレベルを要求されることになります。スイスやドイツは本気で取り組み始めており、そうなってくるとZEHで要求されていない家電分や電気自動車に貴重な電気は使わざるを得なくなり、暖房や給湯といった低レベルな熱なんかにエネルギーは使えないという事態になります。ヒートポンプの普及により熱の価値は暴落してしまった感がありますが、いくら効率が高くてもゼロにはならないのがヒートポンプなのに対し、太陽熱を熱として活用すればゼロだって実現可能です。世界を見るとすでに太陽熱利用は太陽光発電とともに増加し続けています。OMソーラーは長年太陽熱を扱ってきて、実証実験などを経て、さらに上手に扱うことを探求されています。太陽熱から暖房エネルギーを賄う、しかも快適性や健康性も犠牲にしない―。日本(省エネ)や地球(省CO2)のためだけでなく、何より家族のため、家族の健康のための家づくりといえるのではないでしょうか。地域性を活かした快適で健康な住まいに誰もが住めるようになるために、ZEHの先にある家づくりを、これからも期待しています。

OMソーラーの住まいをサーモカメラで撮影した画像。太陽で暖めた空気を床下に取り込み、床下から住まい全体を暖めることで、温度差のない心地よい環境をつくることができる。(写真は前氏撮影/安成工務店・福岡西モデルハウスにて)
OMソーラーの住まいをサーモカメラで撮影した画像。太陽で暖めた空気を床下に取り込み、床下から住まい全体を暖めることで、温度差のない心地よい環境をつくることができる。(写真は前氏撮影/安成工務店・福岡西モデルハウスにて)

OMソーラーの住まいをサーモカメラで撮影した画像。太陽で暖めた空気を床下に取り込み、床下から住まい全体を暖めることで、温度差のない心地よい環境をつくることができる。(写真は前氏撮影/安成工務店・福岡西モデルハウスにて)