第53回:佐々木 俊尚 さん・イェンス・イェンセン さん・馬場 未織 さん

人生に、いくつかの“人生”を

社会の最小単位である家族―。
ほとんどの世帯が農家だった頃、
一つ屋根の下には大勢の家族がいました。
近代化とともに、家族を構成する人員はどんどん減り、
東京の世帯人員は2014年、
統計以来はじめて二人を切りました。

人員だけでなく、家族の形も多様化しており、
住まいも新築至上主義は崩れ、
中古リノベ、シェアハウス、ルームシェアなど、
さまざまな形が求められつつあります。
そして、そんな住まいの多様化の必然として、
多拠点居住は一つの選択肢になりつつあります。

“別荘を持つ”こととは違う、多拠点の意味とは―。
今回は、多拠点居住を実践されている
皆さんにお話を伺いました。
(文/2016年7月現在)

軽井沢の家。

軽井沢の家。

福井の家。

福井の家。

東京、軽井沢、福井

作家でジャーナリストの佐々木俊尚さんは、東京の住まいのほかに、軽井沢と福井にも拠点を持っています。それぞれの滞在割合は平均するとひと月に東京に2週間と少し、軽井沢に1週間くらい、福井に4・5日程度ということです。「軽井沢は古くからの別荘地ですし、東京24区と呼ばれるくらいインフラや商業施設などが整備されていますから拠点にはしやすいですよね。家賃も東京並ですが、アクセスを考えると便利ですし何より"よそ者"を受け入れてくれる土壌があるのが居心地の良さに繋がっていると思います」住まいも地元の不動産屋さんが賃貸の戸建て住宅をわざわざ新築してくれたほどで、そういった地元の人たちのウェルカムな雰囲気は軽井沢ならではかもしれません。

一方の福井はイラストレーターをされている奥さんが陶画作品を作るようになったことから繋がりができた拠点です。「越前焼陶芸村からほど近いところに工房付きの戸建てを格安でお借りしています」月1万8千円の家賃をご友人と折半されているので実質9千円だそうです。「僕は料理が趣味なんですが、魚が美味いので福井にいる時はもっぱら僕が料理人役を務めています。それと、あまり知られていませんが、福井は大都市へのストロー効果が少ないので実は日本一社長が多い土地柄でもあるんです。若手社長との出会いも多いので、僕の仕事上の繋がりもあるんです」主に東京は人と会う場所、軽井沢は執筆&気分転換、福井は料理&出会いの場として位置付けられています。

リスクヘッジと地方再生

元々、TABI LABOというネットメディアの創業メンバーの一人でもあり、「旅するように暮らす」「暮らすように旅する」といったライフスタイルを志向されている佐々木さんですが、多拠点居住のきっかけは東日本大震災にありました。「東京だけではなく、住まいを分散することはリスクヘッジになるはずです」巨大地震に対して都市のインフラの脆弱性が露わになりました。「軽井沢も福井も、東京と同じように服や生活用品は一通り揃っているので、移動するのも荷物は最小限で済みます」また、住まいそのものもシンプルになるといいます。「要る、要らないがハッキリしますね。持ち物は少ない方に合わせるようになり、三箇所ともほとんど同じものだけがある感じです」慣れてしまえば移動も苦にならず、移動時間はむしろスイッチの役割を果たしているといいます。

「今まさに衣食住のカジュアル化が進行していると思います。鉄の扉や塀は過去の産物になりつつあり、内と外がシームレスで繋がってきていて、近代化以前の中間領域が復権してきていると感じます。家や冷蔵庫は小さくなり、まちそのものが"家"になりつつあるのではないでしょうか」その家の構成員は共同体のメンバーという意味合いが濃くなり、家族に代わるコミュニティの形成に繋がっていくのかもしれません。「とはいえ、まだまだその受け皿は見えにくい状況だと思います。これはシャッター街問題(地方再生)にも通じていますが、よそ者や多様な価値観に寛容であるかが問われているんです」佐々木さんはいわば、3つのコミュニティを行き来しているといえ、その3つに入れるかどうかは、地方自治体にとって再生のカギでもあるようです。

福井の家からクルマで少し走ると、風光明媚な越前海岸へ出る。

福井の家からクルマで少し走ると、風光明媚な越前海岸へ出る。

軽井沢の家の近くから見える浅間山。ときにこのように大きな噴煙をあげている。

軽井沢の家の近くから見える浅間山。ときにこのように大きな噴煙をあげている。

日本海は海の幸が美味しい。写真は友人からもらったブリカマを煮付けにしたもの。

日本海は海の幸が美味しい。写真は友人からもらったブリカマを煮付けにしたもの。

正月は軽井沢で過ごすそう。地場の野菜を使ってつくったお雑煮。

正月は軽井沢で過ごすそう。地場の野菜を使ってつくったお雑煮。

佐々木 俊尚(ささき・としなお)
佐々木 俊尚(ささき・としなお)

1961年兵庫県生まれ。
毎日新聞社、アスキーを経てフリージャーナリスト、作家として活躍。
ITと社会の相互作用と変容、ネットとリアル社会の衝突と融合などが主なテーマ。
著書に『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァートゥエンティワン)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『レイヤー化する世界』『21世紀の自由論』(ともにNHK出版新書)ほか多数。

週末はコロニヘーヴ

都内のマンションに住んでいたデンマーク出身のイェンス・イェンセンさんは、母国で長い歴史をもつ「コロニヘーヴ」を日本でも実現できないか、来日してからいつもそのことが頭にありました。コロニヘーヴとは住まいとは別に設けられた庭のことで、たいてい小屋が作られます。「ドイツの"クラインガルテン"、ロシアの"ダーチャ"などと似ていますが、それらはどちらかというと畑や菜園など自給自足的な位置付けなのに対し、コロニヘーヴは休息や憩いのための場所というイメージです」野菜も育てますが家庭菜園といった趣で、芝生の上で昼寝をしたり、仲間とバーベキューを楽しんだりなど、多様な楽しみ方があるのがコロニヘーヴの特徴だといいます。デンマークでは100年の歴史があって、元々は貧しい人たちのための菜園という位置付けでしたが時代とともに様変わりし、今ではマンションなど都会に暮らす人々にとって、なくてはならないコミュニティの場となっているそうです。

そんなイェンスさんに転機が訪れたのが今から9年近く前のこと。当時デンマーク大使館に勤めながらも執筆活動や料理研究家としての活動もしていたイェンスさんは、出版者の方から小田原に土地があるからやってみたらと紹介を受けます。コロニヘーヴとしては遠距離になりますが、その誘いに乗らない理由はありませんでした。それ以来、平日は都会のマンション、"週末はコロニヘーヴ"の暮らしが始まりました。

アルジャブル代表・荒井信彦氏。個人から宿泊施設まで、幅広い方を対象に快眠のための総合的なプロデュースをおこなっている。

デンマークにあるコロニヘーヴの様子。デンマークでは400m2程度の広さが平均的。コロニヘーヴとは「コロニー(集合体)」+「ヘーヴ(庭)」から生まれた言葉で、都市部の集合住宅に隣接して設けられる庭を指す。本場デンマークでは、小屋付きの庭が20~30区画集まって一つのコロニヘーヴを構成している。※コロニヘーヴの
詳細はNPO日本コロニヘーヴ協会のWebサイト参照/ www.kolonihave.com

お金で買えない価値

とはいえ、コロニヘーヴ作りは簡単な作業ではありませんでした。土地は荒れ果てた傾斜地で開墾するところから着手。畑と同時に小屋作りもプロの手を借りつつ仲間とともに自ら行いました。小屋のあるコロニヘーヴの風景をつくるのに約1年を要しました。「デンマークでは学校の授業で木工を教えます。男でもミシンを使うし、女の子でも木工をやるんです。小屋も自分たちで作るのが当たり前なんです」そして、それでは飽き足らなくなったイェンスさんは、6年ほど前についに都会を抜け出します。「コロニヘーヴもそうですが、ずっと田舎で暮らしたかったんです」鎌倉の郊外、急な坂を登り切った山の上に建つ築40年の中古住宅を購入します。裏に森が広がる緑豊かな環境が気に入りました。この家も週末DIYをしながら4年掛けてリノベしたといいますから、その間は都内のマンション、小田原のコロニヘーヴ、鎌倉の新居の3拠点暮らしだったことになります。

「ここに引っ越してからも月に1・2回は子どもたちと一緒にコロニヘーヴで過ごしていますが、家にいる時間がとても長くなり外出しなくなりした。本当にお金を使わなくなりましたね。でも、桜が咲き、藤が咲き、この後は紫陽花が咲きます(取材時)。季節の変化を肌で感じ、今の暮らしにはお金では買えない価値を感じています」作物をつくり料理する、家をつくり修理する―。その価値は、"自分の暮らし"に寄り添っているからこそ感じるに違いありません。

1. 小田原・江の浦のコロニヘーヴでの一コマ。コロニヘーヴで採れた食材を使って調理し、みんなで食べる。それだけでみんなが笑顔になれる。2. 鎌倉の家もこどもと一緒にDIY。古い家を自分で直して住むのはデンマークでは当たり前。3. 鎌倉の家のデッキ。家の裏手には緑豊かな風景が広がる。もちろんデッキもDIY。4. イェンス・イェンセンさん。日本で北欧の料理やデザイン、DIYなど、手仕事の良さを感じられる北欧のライフスタイルを提案している。

1. 小田原・江の浦のコロニヘーヴでの一コマ。コロニヘーヴで採れた食材を使って調理し、みんなで食べる。それだけでみんなが笑顔になれる。
2. 鎌倉の家もこどもと一緒にDIY。古い家を自分で直して住むのはデンマークでは当たり前。
3. 鎌倉の家のデッキ。家の裏手には緑豊かな風景が広がる。もちろんデッキもDIY。
4. イェンス・イェンセンさん。日本で北欧の料理やデザイン、DIYなど、手仕事の良さを感じられる北欧のライフスタイルを提案している。

小田原・江の浦のコロニヘーヴ。開墾、小屋づくり、菜園づくり、ピザ窯づくりなど、仲間とともに少しずつ手づくり。そのプロセスそのものがコミュニティを形成していった。

小田原・江の浦のコロニヘーヴ。開墾、小屋づくり、菜園づくり、ピザ窯づくりなど、仲間とともに少しずつ手づくり。そのプロセスそのものがコミュニティを形成していった。

週末、田舎で子育て

都会に住む家族にとって、子どもの遊び場問題は深刻です。
高度に集積された都会には自然はおろか、空き地など誰の管理下にもない本当の意味で自由な遊び場はもはやなく、多様な生きものたちとの出会いも期待できません。

東京生まれ東京育ち、主婦で建築ライターの馬場未織さんは、「田舎で子育てしたい」という思いから"週末田舎暮らし"を実践してきました。はじめた頃は二人だった子どもは三人に増え、生きものが大好きな長男は高校生になりました。東京と南房総をアクアライン経由で往復する暮らしはすでに10年間続いています。「子どもたちは大きくなりましたが往復のペースはむしろ増えています」9年前からはじめたブログ「南房総リパブリック」がNPOになり、里山保全・里山活用の活動が本格化したからです。「こんな風に根を張ることになるとは想像もしていませんでした。最初は、田舎で子育てしたい、という思いだけでした」8700坪という広大な敷地と築100年以上の古家での暮らしは、結果的に"遊びや生きものたちとの出会い"だけでは済ませてはくれませんでした。「ここまで土地が広かったり、移動人数が多かったりするのは重たいケースなんだと思います。もっと軽いパターンもあるだろうし…」しかしその一方で、大変だからこそ見えてくることがあるとも語ります。「土地や家を維持すること、里山環境を守ること、そのために助け合って生きること、これらは全て繋がっていて必然なんです。大変だからこそ楽しいんです」

築100年以上を経過した住まい。代々受け継がれてきた家の重みは、“住まわせてもらっている”という感覚にさえなる。

築100年以上を経過した住まい。代々受け継がれてきた家の重みは、"住まわせてもらっている"という感覚にさえなる。

地域の方々と一緒に水路の掃除をする馬場さん。里山の風景を守ることは、生活に直結している。

地域の方々と一緒に水路の掃除をする馬場さん。
里山の風景を守ることは、生活に直結している。

二つの世界、二つの人生

私たちが見えている世界はある意味限定的な世界といえます。役割は細分化され、生きていくためのほとんどのことは外注(お金)によって手に入れることができます。

都市はその象徴的な場所であり、膨大な消費は周辺の地域や生態系、地球環境が支えているわけですが、都会に住んでいる限りそこで何が起こっているかまでは目に見えません。里山の風景に憧れても、その風景がどう守られてきたかまでは見えないわけです。

「例えば、東京に行きたくても行けない人が田舎に残っていたりする現実も一方ではあるわけです。田舎では、競争社会で生き残っていくのが難しい、障がいなどを抱えた人たちをよく見かけます。東京にももちろん、同じ状況はあると思いますが、"生き残る"ための戦いの熾烈な場所とは違う空気感が、ここにはあり、社会的に弱い立場にある人たちを抱えながら一緒に暮らす日常が、穏やかに続いています」田舎は生きていくために助け合う、支え合うことが当たり前の世界です。環境や生態系に支えられていることを含めてです。馬場さんご家族は身をもってそのことを感じていて、世界は一つだけではないことをとても意識するそうです。「アクアラインを走っているとき、二つの世界を行き来している感覚を持ちます。都会と田舎のそれぞれを相対的にとらえている自分がいるんです」日常に流されていると近視眼的になりがちです。都会で忙しく暮らしていればなおさらかもしれません。「住まなくてもいいから、大好きな場所として田舎を少しでも知ってもらえたらいい、今はそんな思いで活動しています」普通、私たちは(共時的には)どちらかの世界でしか生きていられないと思いがちです。馬場さんたち家族は都会と田舎の二つの世界、二つの人生を生きられることを示しているといえるのかもしれません。

草刈りをする長男(写真右)と料理をする長女。田舎暮らしは子どもたちの“生きる力”を育み、“生かされている”感覚を養う。

草刈りをする長男(写真右)と料理をする長女。田舎暮らしは子どもたちの“生きる力”を育み、“生かされている”感覚を養う。

里山風景を一望するデッキより。

里山風景を一望するデッキより。