第52回:荒井 信彦 さん・岩田 有史 さん

よい眠りこそ、人生を豊かにする

寝る間を惜しんで働く―。
そんな時代もありましたが、
本当は「眠り」こそ、起きているときのパフォーマンスを支えています。
より創造的な仕事が求められる現代では、
睡眠は単なる休息という以上の意味を持ちつつあります。
今回は「より良い睡眠」を探求してこられたお二人から、
それぞれの立場で「眠り」について語っていただきました。
(文/2016年3月現在)

アルジャブル代表・荒井信彦氏。個人から宿泊施設まで、幅広い方を対象に快眠のための総合的なプロデュースをおこなっている。

アルジャブル代表・荒井信彦氏。
個人から宿泊施設まで、幅広い方を対象に快眠のための総合的なプロデュースをおこなっている。

とても幅の広い睡眠問題

より良い眠りを考えるとき、まず頭に浮かぶのは枕や布団、ベッドなどの寝具かもしれません。しかし、いくら寝具を改善してもそれだけで快眠が得られるとは限りません。そもそも「睡眠」とは、とても個別性の高い問題であり、単に寝具や寝室の改善だけに留まらない、様々な問題が複雑に絡み合っているのが現実です。睡眠環境改善からより質の高い快眠のためのコンサルティングや寝具のオーダーメイドなどの活動をおこなっている荒井信彦さんは、睡眠について次のように語ります。「眠れない日が続くと、多くの方が自分は睡眠障害なのではないかと思ってしまいますが、一口に睡眠障害といっても"不眠"と"不眠症"では全く対処の方法が異なります」

不眠症の場合は医師の診断で決まるもので病気です。睡眠剤や抗うつ剤など、薬に頼らなくてはならないケースも出てきます。「とはいえ、簡単に薬を処方してしまうのは睡眠の問題に疎い医師で、まずはその人の生活環境に合わせた改善提案ができる睡眠治療認定医でないとダメです」一方で不眠は思い込みの場合が多く、医学的なものとは別の領域の話になってきます。「生活習慣、睡眠環境の問題、もちろん身体的、睡眠生理、心理的な問題など、より多くの原因が考えられます」そのためそれぞれの分野のプロとの連携が必要となり、荒井さんは各分野のプロとネットワークを組んで活動しています。

"合わせ技"で快眠確保

また、それ故「眠り」を一定のモノサシで計るのは難しく、荒井さんはあえて主観的な"点数"で評価しています。「睡眠に100点満点はあまりなくて、まあまあ眠れているという感じで70点。70点から100点以上にすることが僕の主な役割ですね」100点というのは野生動物のレベルで、彼らは生き続けるために、まさに本能として睡眠を摂っているわけで、自然の摂理と同調しています。かつての人類も日の出とともに起き、日没とともに休むという自然のリズムと呼応した生活を営み、その頃は不眠や睡眠障害といったこととは無縁だったのかもしれません。

睡眠を考えた時、一般的には温湿度や明るさ、体温やホルモン、音やにおいといった要素も影響するわけですが、現代社会を生きる人間にとって、悪影響を全て避けて生活することはもはや不可能なわけです。ブルーライトを含むスマホの画面は、本来なら寝る前には見ないほうがいいわけですが、身に付けていないとかえって眠れないという人も多いのが現実です。「僕もお気に入りの音楽をスマホに入れて、連れ合いには聴こえないように、枕の下に忍ばせて聴きながら眠るのが習慣です」満点は望めないものの、自分や家族の中で優先順位を決め、"合わせ技"で何とか快眠を確保する―。これが現代人にとっての快眠術なのかもしれません。

寝る前の読書が習慣になっている人も少なくない。寝室の室礼や入眠に至るルーティーンは人それぞれ。

寝る前の読書が習慣になっている人も少なくない。
寝室の室礼や入眠に至るルーティーンは人それぞれ。

脳を休息モードへスイッチ

荒井さんから、誰もができる快眠のコツを伺いました。「快眠を目指す上で明かりは最も影響の大きな要素の一つです。特に寝室や水回り、居間などは寝る前に暗くできる調光機能の付いた照明器具がお勧めです。寝室の遮光カーテンも全部閉めてしまうのではなく、少し隙間を開けて朝日が入るようにしておくと良いでしょう。また、日本は四季がありますが、厳しい真夏と真冬があり六季あります。この六季で寝具や寝室の設えを変えることも大事です。真冬は毛布を敷いて使い、真夏は寝る前にクーラーで寝室を冷やすこと。その際にはクローゼットや家具の扉を開け、中にこもった熱も同時に冷やす事で寝苦しさが軽減できると思います」

最後に荒井さんの個人的な快眠習慣もお聞きしました。「合わせ技を使っても、仕事モードの脳を休息モードに切り替えるのは容易ではありません。ちょっとした習慣では慣れてしまうので、"切り替え"にならなくなってしまうんです。そこでお勧めなのが帰宅したらすぐにシャワーを浴びることです」非日常性を体感する事で脳はダマされ切り替えの"スイッチ"が入るということです。そして寝る前に睡眠のためにもう一度ゆっくり湯船に浸かって体を深部まで温めることです。睡眠は誰のものでもない自分のもの、自分らしい室礼や習慣を見つけることが豊かな睡眠への第一歩なのかもしれません。

アルジャブル代表・荒井信彦氏。個人から宿泊施設まで、幅広い方を対象に快眠のための総合的なプロデュースをおこなっている。

「眠り」はその人個人のものであり、一般的な快眠術だけでは語れない。
荒井氏は、クライアントの仕事や生活習慣、趣味や趣向などプライベートの領域を重視した総合的なアドバイスが大事と語る。

自然素材を自然のまま使う

様々な要素が絡み合う睡眠とはいえ、やはり寝具は快眠を決定付ける大きな要素であることに変わりありません。創業185年を迎えた京都の高級寝具メーカー「IWATA」では、創業以来一貫して「良質な眠りを支える寝具とは何か―」を追求してきました。現社長・岩田有史さんは先代からの「自然と純」というコンセプトを受け継ぎ、滋賀県にある自社工場で職人の手による一品一品丁寧な寝具づくりを行っています。「自然と純」とは、薬品や化学物質をなるべく使わず、天然自然の材料を自然の形のまま活用するというもので、本来持つ自然の力、素材の力を引き出すものづくりの考え方です。

同社の主力商品である羽毛布団を例にIWATAのものづくりを見ていきたいと思います。今でこそ羽毛布団は一般的になりましたが、羽毛布団は元々生地や縫い目から羽毛が出てきてしまうという問題がありました。例えば、ポリエステルの糸で縫製している場合、いくらキメの細かい生地を使っていたとしても生地に対して糸が強いため、長く使用していく間に縫い目の穴が広がってしまい、羽毛が出てきやすくなってしまいます。また、羽毛の吹き出しを防止するために生地に樹脂等化学物質でコーティングを施したりするわけですが、それでは羽毛そのものが有している吸放湿性が損なわれてしまうことになります。

厳選した羽毛を独自の技術で洗浄し、寝具へと仕立てる。主力の羽毛布団だけでなく、綿、麻、カシミア、キャメル、ヤク、ホース毛など、自然の素材を自然のまま活用し、素材の良さを組み合わせることで快適な睡眠へと導く。

厳選した羽毛を独自の技術で洗浄し、寝具へと仕立てる。主力の羽毛布団だけでなく、綿、麻、カシミア、キャメル、ヤク、ホース毛など、自然の素材を自然のまま活用し、素材の良さを組み合わせることで快適な睡眠へと導く。

自ら高いハードルを掲げる

岩田さんは「吸放湿性は、保温性とともに布団の命です。人は寝ている間に冬でも汗をかきます。寝具内の湿度が高まることは寝苦しさに直結しているんです」と語ります。保温性を確保しつつ、吸放湿性能も落とさない、IWATAでは綿100%の織が密な生地を綿100%の糸で縫製しています。自然素材の持つ良さを引き出す、その良さを組み合わせることで相乗効果が生まれるのです。「樹脂加工に頼った安価な羽毛布団の多くは家庭での洗濯は不可です。樹脂が落ちると羽毛が吹き出しやすくなるからです。布団は常に汗や湿気を吸放湿していますから、本来はこまめな洗濯は欠かせないものなんです」洗濯できることは品質に対する自信の表れでもあるわけです。

また、自然素材を自然のままに使うことは、構成する素材そのものの品質が大変重要になります。IWATAでは工場の敷地内に自ら「羽毛研究所」を持ち、充填される羽毛や布団の生地の品質を厳しくチェックしています。「JISの規格では7項目の試験があるのですが、弊社では独自に3項目加えて10の試験をパスしたものだけを使います」JISの7つの項目についてもJIS以上の厳しい基準を設けています。生地の通気性や強度も一般的な基準よりも厳しい試験を課しています。

仕入先から納品された羽毛は自社の「羽毛研究所」で品質をチェックする。生地も研究所内で透湿性や耐久性を試験し、裁断前にも目視チェックを行う。

仕入先から納品された羽毛は自社の「羽毛研究所」で品質をチェックする。生地も研究所内で透湿性や耐久性を試験し、裁断前にも目視チェックを行う。

熟練した職人による手仕事

その他、工場内には国際特許を取得した「イオゾンアルファ」「イオゾンアルファ2」と呼ばれる独自の羽毛洗浄工程があり、ここで羽毛に付着した異物を取り除きます。ふんわりとした羽毛一つ一つから汚れや異物を取り除くのは容易ではありませんが、付着の主な原因となっている静電気を除去するため、放電によりイオン化することで異物を分離させ、同時にサイクロンにより遠心分離することで、軽く、大きな良質の羽毛のみを選別するのです。

「羽毛には鳥の皮膚などタンパク質の成分などが付着していることがあります。布団を使用しているうちに、こうした成分に汗や湿気が触れることで臭いの原因になるんです」十分に吟味した仕入先から納品した羽毛を厳しい目で選別し、洗浄する。同じく厳しい試験を通過した生地を熟練した職人が一貫して縫製し、選りすぐりの羽毛の充填も独自の技能認定試験をパスした職人だけがおこないます。こうして良質な眠りを長期に渡って支える品質を確保しています。「弊社の羽毛布団は嵩が少ないため、一見するとボリューム感がなく見栄えがしないのですが、これは良質な羽毛のみが充填されている証拠なんです」薄くても保温性が高く、吸放湿性にも優れた軽い羽毛布団―。自然素材を自然の形のまま活かした寝具は、厳しい品質管理と熟練した手仕事が支えていました。豊かな人生は、豊かな睡眠あってこそです。この春を機に"自分の睡眠"を見直してみてはいかがでしょう。

アルジャブル代表・荒井信彦氏。個人から宿泊施設まで、幅広い方を対象に快眠のための総合的なプロデュースをおこなっている。

岩田有史氏(株式会社イワタ代表取締役社長)。
自然に寄り添い、自然のリズムに合わせた暮らしが良い眠りをもたらすと語る。自然に対する真摯な姿勢はものづくりにも表れている。OMソーラーの家の住まい手でもある。

生地の裁断は機械で自動化されているのが普通だが、徹底した目視チェックにより歩留まりへの影響が大きいためハサミで裁断される。縫製も一人が一貫して行い、羽毛の充填も特定の職人だけが許されている。

IWATAのショールームでは、実際に寝心地を体験することができる。

IWATAのショールームでは、実際に寝心地を体験することができる。