第51回:由井 寅子 さん

「この人に聞きたい」」第51回目は、無農薬・無化学肥料・自家採種にこだわった野菜やハーブづくりに取り組んでいる由井寅子さんです。採れた野菜やハーブから健康食品や化粧品などの加工品、レストランでの料理の提供まで、一貫した体制で商品を提供する姿勢はユーザーから高い安心と信頼を集めています。農場に建てられた施設にOMソーラーを導入されるなど、自然エネルギー利用や建築にも関心をお持ちで、将来は住や衣の分野にも取り組みたいと語ります。自己治癒力を引き出すことで病気や身体の不調を治癒しようという「ホメオパシー」という療法の普及にも取り組む由井さんに、農業をはじめたきっかけや食べ物の大切さ、健康との関係についてお話を伺いました。(文/2015年12月現在)

全て繋がっているからこそ、見ないフリはできない。

"ない"なら作るしかない

写真:由井 寅子 さん

―OMとしては"農民"としての由井さんとのお付き合いになるわけですが、元々由井さんはホメオパシーという療法の普及に取り組まれてきた方でもあります。そんな由井さんが自ら農業を始められたきっかけは何だったんでしょう。

もう11年前になるでしょうか。私が50歳を迎えた頃、あらためて何をしたいのか自分自身に聞いてみたんです。私は元々田舎育ちで家は農家でしたから、環境はとても良かったんです。でもそんな環境から飛び出して東京に住み、イギリスに渡り、以降かつてのような良い環境に身を置くことはありませんでした。イギリスには、週末になると農園付きのセカンドハウスで過ごすライフスタイルがありましたし、陽射しが少ないロシアでは鬱になる人が多くて、その治療のために農園での暮らし方を国が推奨していたりします。日本は食料自給率が低いにも関わらず国が農業に力を入れず、一方でアトピーや喘息などに悩む子どもたちが増え続けている現実がありました。私はそんな子どもたちをたくさん診てきましたが、一時的に改善しても、普段の食事に戻るとまた症状が戻ってしまったりして、なかなか良くなりませんでした。私は子どもたちが口にしているものに疑問を持ち、ある時農家の方に無農薬で化学肥料も使わない野菜を作ってもらえませんかと頼んだことがあったんです。でも返事は「できるわけがない」というもので、どの農家さんも行政も真剣に取り合ってはくれませんでした。だったら、患者さんや社員が食べるくらいの野菜なら自分たちで作ってみようと思ったんです。元々私たちはハーブを治療に使っていましたし、そのハーブも輸入に頼っていましたから、それならハーブも自分たちで作ればいい、ということになったんです。自ら農業をやることは、単に安全な食べる野菜を手に入れたいということだけではなくて、安全なハーブや野菜を使った安全な化粧品が作れる、また、外で汗を流すことで心身のリフレッシュにも繋がるなど、複合的な意味がありました。

―農場を確保するのも苦労されたと聞きました。

そうですね。最初に群馬で土地を借りて農場を作ったんですが、突然立ち退かなくてはいけなくなりました。苦労して土を作ったにも関わらずです。そしたら今度は北海道の知り合いから洞爺にゴルフ場にする計画が頓挫した土地があると聞きました。声を掛けてくれたならと思って行ってみたんですが、水が引けないなどの問題があって途方に暮れました。幸い湧水があることが分かり、12月の雪の降る頃5名の男性社員が2㎞の水パイプを引き込んでくれました。そして、水問題は解決できたのですが、北海道はハーブの栽培には適しているものの、冬は雪で閉ざされてしまうので二毛作ができません。でも社員を遊ばせるわけには行かないので、温暖で東京からアクセスが良い土地で農業ができないかと思っていたんです。熱海に化粧品やレメディー(ホメオパシーの治療に使われる砂糖玉)を作る工場があったので熱海で探したんですが、熱海は傾斜地が多くて適当な場所がありませんでした。ですが、トンネルを越えて函南に出ると良さそうな場所がいくつかあって、貸してくれるという人から7反ほど借りてみることにしました。ところがそこは地形的に水が付きやすくて、年に2回くらい浸水してしまうような場所でした。やっぱり人が貸してくれるような場所はダメかなーと思いつつ、3、4年ほど騙し騙しやっていたんです。そんなときに東日本大震災が起きました。そこで採れた作物を被災者に提供したら皆さん飛び付かれたんです。被災地では何よりまず食べること、農業の重要性を震災を機に再認識することになりました。あらためて本腰を入れて農業に取り組まなければならないと決心して地元のJAに相談したんです。そしたら昔からオーガニックで乳製品を作られていた方で、ホメオパシーの考え方にも賛同してくれていた方が間に入ってくださって、空いている農地を紹介してくれたんです。それが今の六本松の農場なんです。そこは前の農家さんがお金がなくて元々自然農でやっていた農場だったので私たちには好都合でした。その農地を購入したのが5年ほど前のことです。そして、JA、農業振興会、函南町役場、私たちの四社で集まって会議をして、異例の速さで農業生産法人が取れたんです。

「作る」から「売る」まで、一貫してやる

洞爺湖を望むことができる洞爺の農場。主にハーブの栽培を行っている。オレンジ色の花は化粧品に使われるカレンデュラ。

洞爺湖を望むことができる洞爺の農場。主にハーブの栽培を行っている。オレンジ色の花は化粧品に使われるカレンデュラ。

富士山を望むことができる函南(六本松)の農場。葉物や根菜、穀物の栽培が中心。

富士山を望むことができる函南(六本松)の農場。葉物や根菜、穀物の栽培が中心。

―種にもこだわるという徹底ぶりですね。

そうです。私たちはホメオパシーを通じてたくさんの会員さんがいますが、意識の高い方ばかりです。皆さん食の大切さは重々承知していて、本当に安心な野菜を求めていました。たとえ無農薬であっても、おしべが欠落しているF1種ではダメなんです。私たちは自家採取の種、在来種か固定種以外使いません。それらの野菜は、安心・安全はもちろんですが、何より美味しいんです。

―食や農業も生産性や経済的な論理が優先されてしまう面があります。

私たちは逆です。他が作らないからやるんです。農家の意識も変えていかなくてはいけません。流通を牛耳られて、買い叩かれている状況を変えない限り、いつまでも農薬と化学肥料から逃れることはできないんです。だから私たちは作るところから加工するところ、売るところまで一貫してやることにしたんです。流通の末端で待っている人がいるからこそできたんです。

昨年11/1に開催された函南での収穫祭の様子。

昨年11/1に開催された函南での収穫祭の様子。

函南の農場に建てられたOMソーラーの加工工場。

函南の農場に建てられたOMソーラーの加工工場。

由井さん自ら講師を務める講演会も全国各地で開催されている。

由井さん自ら講師を務める講演会も全国各地で開催されている。

もちろん、この一貫した体制を敷くには大きな資本が必要でした。農場もそうですが、何より加工するための工場や機材に相当おカネが掛かりました。工場だって私たちの場合、無機質な材料で作ればいいということにはなりません。人間と親和性のある材料、木や漆喰壁など、自然素材を使い、OMソーラーも取り入れました。断熱材だって呼吸する材料にこだわりました。人間の身体や環境は全て繋がっていて、一つ一つこだわって、一箇所だけ見ないフリなんてできないんです。私たちが相手にしている人たちは何かしらの健康被害、環境由来のものや薬害、原因不明の不定愁訴など、何処に行っても治らない、悩みに悩んで相談に来られる方々です。そういった方々に対して新建材だらけの建物で迎えるわけにはいかないんです。このビルには私たちの事務所やショップ、レストランが入っていますが、構造は仕方ないとしても、内装はできるだけ自然のものの土壁や畳、木材を使っています。それが私たちの姿勢を示すことでもあるんです。

―OMソーラーとはどうやって出会われたのですか。

社員に一級建築士がいまして、別に外部の建築の仕事を請けているわけではないんですが、社内でも事務所やショップの開設などを行うことがありますから、ある程度建築のことが分かる人間が必要だったんです。彼に自然を生かした建築ってないのか聞いてみたら「それってOMのことですね」って言ったんです。それでいろいろ調べてもらって、函南でOMの建物が建てられる工務店を探したんです。建築の際も私たちのこだわりを聞いてもらって、工務店さんにはご苦労をお掛けしたと思いますが、今はとても満足しています。とても快適だし、無理言って太陽熱で穀物やハーブを乾燥させる部屋を作ってもらったりして本当に感謝しています。OMのおかげでとても上手く乾燥してくれるんです。太陽の熱をただ捨ててしまうなんて、本当にもったいないことだと思いました。

求める人が後を絶たない

洞爺湖を望むことができる洞爺の農場。主にハーブの栽培を行っている。オレンジ色の花は化粧品に使われるカレンデュラ。 富士山を望むことができる函南(六本松)の農場。葉物や根菜、穀物の栽培が中心。 富士山を望むことができる函南(六本松)の農場。葉物や根菜、穀物の栽培が中心。

―OMの良さは住んでみないとなかなか分からないという面があります。

実際にそこに行ってみる、体験することが大事です。ホメオパシーも全く同じなんです。レメディーを一度摂ってみる、体験しないと四の五の言えないんです。ホメオパシーは一度手酷いバッシングに遭ったことがあります。ホメオパシーに取り組んでいる人は自らの体験を経て良いことを実感している人たちばかりです。人々はどの療法を使うか選択できる権利があります。OMソーラーも体験できる機会がありますから、そこで気持ち良さを体験してもらえばいいですよね。

―OMもそうですが、由井さんもホメオパシーに関する書籍をたくさん出されています。
一言ではなかなか伝えられないという点で、勝手ながら共通するものを感じています。

そうですね。本もいいでしょうが、やっぱり、ここ(レストラン)に来てもらうとか、実際に体験してもらうとか、講演に来てもらうとか、本の中の知識だけでなく、行動することでそこからようやく始まるんです。

―むしろ本は、来てもらってから手に取っていただくものかもしれません。
私はOMのユーザーとして由井さんと出会いましたが、それまでホメオパシーのことはあまり知りませんでした。
健康に対する意識もそこまでなかったわけですが、いくつか本を読ませていただいて、共感できることが多かったように思います。

開放的な中2階席。

レストランに併設されたショップ。野菜のほか、加工品、化粧品など、たくさんの品揃え。

開放的な中2階席。

レストラン、ショップの外観。既存のビル(自動車のショールーム)をレストランとしてリニューアルした。

ありがとうございます。
分かってくれる人はいるんです。OMさんも最初から順風満帆だったわけじゃないですよね。「誕生物語」を読ませていただきましたが、先駆者の方は大変だったと思います。
私も日本では先駆者ということになりますが、200年前に物質がなくなるまで薄めるホメオパシーを初めて提唱されたハーネマンさんはそれこそキチガイ扱いだったと思います。

―それでも続けてこられたのはやはり、大勢の体験者がいたからに他なりません。

自然エネルギーを使いたい、自己治癒力を生かしたいと思う人が後を絶たないからです。この本のタイトルは『きづき』ということですが、一つでも気付くことができれば、次々に気付くことができます。自分の身体のこと、住まいのことだけではなく、食べるもの、着るもの、エネルギーや環境のことも全部繋がっているんです。とくに小さなお子さんがいるお母さんは健康に対する意識が高いです。アトピーや喘息が良くなった、アレルギーが改善したなどの声が上ればあっという間に広がります。健康は全てに繋がっています。でも全部はできないもの現実です。田舎に住みたくても仕事の関係で移住できない、経済的な理由も含め、皆折り合いをつけながら生きています。ここも環八沿いのあまり良くない環境ですが、農場とのアクセスを考えると悪くない。外の環境は悪くても一歩建物の中に入れば自然なもので作られているので良い環境に身を置くことができるんです。

取材で伺った東京・用賀にある直営のレストラン。

取材で伺った東京・用賀にある直営のレストラン。

何も捨てるものはない

―作られた野菜や穀物、ハーブやそれらの加工品は関連のショップやレストランのほかネットでも販売されています。
"いいとこ取り"ではなく、"誰も犠牲にしない"で、つくる、加工する、売るまでの一貫した取り組みが信頼感を高めているように思います。

全部繋がっていますからね。
いずれは住まいや衣料の分野でもやりたいと思っています。例えば、虫が苦手なハーブの繊維で服を作れば、虫が付かない服を作ることができるんです。そうすれば殺虫剤に頼らなくてよくなります。こうした服はインドなどではすでに作られているんです。住宅では是非OMさんともコラボしたいですね。

―ありがとうございます。農業をやるということは、本当に幅が広いというか、由井さんにとってやりたいことの根幹を支えることになっているんですね。

:百姓という意味は、百の仕事をこなすことです。
物となる材料が自然であることが大切ですし、私たちの商品のほとんどは農業に由来したものです。もちろん、化粧品の中には寒天を使ったジェル商品などもありますから、海産物ですが、できるだけ自然素材だけで作っています。

―そういった自然を生かそうという一貫した姿勢と商品化するアイデアがすごいですね。

田舎の貧乏な家で育ちましたから、家では化学肥料は買えなかったわけです。
ですから自然を生かす知恵だけは身に付いたんですね。昔の人の知恵を使えばいい、そうすれば何も捨てるものはないと思っていました。安全な食を手にすることは、必ずしもおカネが掛かることではないんです。
食は私たちが生きるうえで最も大切なことであり、食べ物を必要としない人はいません。
何をおいてもまずは食べること、この当たり前のことを大切にしてほしいと思います。

―食と住の違いはありますが、お話を伺ってとても感銘を受けました。
今日は本当にありがとうございました。

由井 寅子(ゆい・とらこ)

1953年、愛媛県生まれ。農民。農業生産法人・日本豊受自然農株式会社代表。日本ホメオパシー医学協会会長。カレッジ・オブ・ホリスティック・ホメオパシー学長。プラクティカル・ホメオパシー大学大学院(英国)卒業。英国ホメオパシー医学協会名誉会員、英国ホメオパス連合認定ホメオパス。ホメオパシーの実践とホメオパシーの創始者・ハーネマン研究で海外から高い評価を得ており、指導的なホメオパスとしてホメオパシー普及の牽引役として活躍。医食同源、人間の身体は食べたものでできているという根本に立ち返り、2004年に農業生産法人を設立。無農薬・無化学肥料・自家採種にこだわった野菜やハーブづくりに取り組む。著書・訳書多数。主な著書に『ホメオパシー的信仰』(ホメオパシー出版)、『毒と私』(幻冬舎メディアコンサルティング)など。

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