第48回:木下壽子さん

「この人に聞きたい」第48回目は、コミュニティー・ハウジング代表として、企画から管理運営まで横断的に住宅や建築の提案を行っている木下壽子さんです。
世界中の名建築を見て歩いた経歴の持ち主でもあり、建築史家、あるいは建築ライターとしての横顔も持つ木下さんは、2012年より日本の貴重な住宅建築を残す運動として「住宅遺産トラスト」という活動にも参加しています。
個人の所有物である住宅の継承は極めて難しい問題です。それ故、貴重な住宅が人知れず姿を消しています。戦後建てられた貴重な住宅の多くが継承時期を迎えており、残せるかどうかは時間との戦いでもあります。今回は木下さんに、この活動の背景や経緯、取り組みや課題についてお話を伺いました。
(文/2015年5月現在)

貴重な住宅を失うことは、住まうことの文化を失うこと。

残すとは、継承者を探すこと

写真:木下壽子さん

―まずはこの活動が生まれたきっかけや経緯について伺いたいのですが。

 きっかけは世界的に有名なピアニストだった園田高弘氏のご自宅の継承について相談を受けたことでした。高弘氏が亡くなった後、奥様がお一人で住まうには大きすぎ、でも壊してしまうのは忍びないということで、地元のまちづくりNPO「玉川まちづくりハウス」に相談に来られました。早速ご自宅に伺ってみると1955年に建てられた吉村順三設計の家の保存状態は極めて良く、その後の増築部分も含め、一目見て〝これは壊してはいけない〞と思いました。そこで、「玉川まちづくりハウス」が中心となり、2008年に「園田高弘邸の継承と活用を考える会」を立ち上げ、園田邸をお借りして「音楽と建築の響き合う集い」を開催するなど、この家の価値を多くの方に実感していただきつつ、その繋がりから適切な継承者を見つけるための活動を行ってきました。

―建築家の野沢正光さんが住宅遺産トラストの代表理事を務めているのは、園田邸を設計した吉村順三、つまり藝大繋がりということですね。

そうです。考える会を立ち上げたとき、活動に加わっていただきました。野沢さんをはじめ、建築家や不動産の専門家、地元の商店街の方々など、この住宅の保存・継承に共感してくださる皆さんに活動に加わっていただき、継承のあり方について検討を進めました。しかし残念ながら、約4年間にわたり実施した「音楽と建築の響き合う集い」を通して継承者を見つけることはできませんでした。こうしたイベントの他に、何か打つ手はないかと考えていた2012年のはじめ頃、私のところに吉田五十八設計の「旧倉田邸」の継承の相談が持ち込まれました。また、私の事務所では、その4年ほど前から前川國男の自邸「新・前川邸」の管理を引き受けつつ継承者を探していました。時を同じくして、昭和を代表する建築家3人が設計した住宅が3軒、継承者を探しているということで、この3軒をテーマとした展覧会を企画してはどうかと提案しました。そして2012年の9月21日から1ヶ月間にわたり、「昭和の名作住宅に暮らす―次世代に引き継ぐためにできること」という展覧会を私が運営しているギャラリーで開催しました。これまでの文化的なイベントから一歩踏み込み、「継承者を探している」ということも表明しつつ、1ヶ月間に渡ってパネルや模型の展示を行い、期間中には建物見学会やサロントーク、映写会などを実施しました。

継続的な活動が「受け皿」に

継承前、園田邸で開催された「建築と音楽の響き合う集い」の様子。2008年から4年半に渡って開催され、多くの方がこの活動を知ることになった。(写真:齊藤さだむ)

継承前、園田邸で開催された「建築と音楽の響き合う集い」の様子。2008年から4年半に渡って開催され、多くの方がこの活動を知ることになった。(写真:齊藤さだむ)

2012年3月、求道会館にて開催されたシンポジウムの様子。聴竹居倶楽部の松隈章氏、東京R不動産の馬場正尊氏の顔も。(写真:齊藤さだむ)

2012年3月、求道会館にて開催されたシンポジウムの様子。聴竹居倶楽部の松隈章氏、東京R不動産の馬場正尊氏の顔も。(写真:齊藤さだむ)

―大変貴重で贅沢なイベントですね。

展覧会は初めてだったこともあり、最初はまったくの手探りで不安もありました。しかし、展覧会の実行委員の人脈のおかげで、新聞や雑誌などにとりあげていただき、結果的には大勢の方々にご覧いただくことができました。

―そしてめでたく、「園田高弘邸」の継承者が現れたということですね。

そうです。日本経済新聞に掲載していただいた展覧会の記事をご覧になった大阪在住の方が継承してくださることになりました。この方は、吉村順三の大ファンで、また私たちの活動にも深い理解と賛同をいただき、建物を残し必要な改修を行うのみならず、引き続き文化的な活動のために使わせていただけることになり、私たちにとってはまさに理想的な継承を実現することができました。また、多くのメディアに取り上げられると共に、実際に多くの方が展覧会にいらしたことで、建築関係者のみならず、このテーマに対する一般の方々の関心の高さを実感しました。そして、展覧会終了後にも新聞や雑誌に掲載された記事をきっかけに、このような住宅が他にないかという問い合わせや、逆に継承者を探したいという所有者からのご相談が寄せられ、社会的に必要とされている活動なのだと確信するに至りました。そして、こうした活動を継続的に行うために、展覧会の実行委員が理事となり「一般社団法人 住宅遺産トラスト」を設立することになりました。

―これまで1軒1軒、単発で行われていた保存活動を継続的に行う組織の重要性を認識したということですね。

その通りです。社会的な関心があるにも関わらず、そうした活動を行っている組織は見当たりませんでした。既存の不動産会社や銀行に相談しても、古い家は取り壊して土地を売却した方がよいといったアドバイスを受けるのが一般的です。また、1軒1軒保存活動を展開するのではなく、継続的に活動し、ネットワークやノウハウを蓄積することが重要だと考えました。その後も途切れることなく住宅遺産の保存・継承に関するご相談をいただき、こうした相談窓口、組織の存在意義を改めて感じています。

住まいに対する価値観の成熟

2012年9月に開催された展覧会「昭和の名作住宅に暮らす」の様子。吉村順三、吉田五十八、前川國男の3つの住宅の継承者を探すことが目的。新・前川邸を除く2つの建物は見学もできた。残念ながら吉田五十八の「旧・倉田邸」はこの後取り壊されてしまった。「新・前川邸」は引き続き、継承者を探している。(写真:齊藤さだむ)

2012年9月に開催された展覧会「昭和の名作住宅に暮らす」の様子。吉村順三、吉田五十八、前川國男の3つの住宅の継承者を探すことが目的。新・前川邸を除く2つの建物は見学もできた。
残念ながら吉田五十八の「旧・倉田邸」はこの後取り壊されてしまった。「新・前川邸」は引き続き、継承者を探している。(写真:齊藤さだむ)

このような活動に理解のある方も少なからずいらっしゃるのですが、日本社会はまだ、こうした歴史的・文化的に価値の高い住宅に対する評価が成熟していない状況だと思います。住宅を手放すときの相談窓口として最初に思いつくのは不動産会社ですが、築年数が古いだけで「取り壊しましょう」ということになってしまいます。日本ではどんなに貴重な建物であっても、その価値を評価する主な指標は築年数です。価値があるのは土地であって、建物が建っているとマイナス評価になりかねない。住宅遺産トラストを通して継承に成功した「代田の町家」も、古家付きの土地として売り出されていました。「代田の町家」は、所有者ではなく設計者である建築家の坂本一成氏から相談を受けたケースでした。坂本氏にとって重要な位置づけのこの住宅を壊すことなく継承できないかと、坂本氏本人から相談を受けました。すでに売りに出ていたため、いつ取り壊されてもおかしくない状況だったので、急きょ見学会を実施したところ、非常に多くの方々が来てくださるとともに、幸運にも、先の展覧会のつながりから継承してくださる方が見つかりました。

―不動産会社ではなく、まずは設計した建築家に相談に行く、ということが救われるための一歩かもしれませんが、すでに事務所が無くなっている場合も多いでしょうね。

設計した事務所が存在していたとしても、相談されないまま売買されているケースがほとんどだと思います。建築家と施主の良い関係が非常に密に継続されていれば別ですが、世代が代わっていたりして関係が薄れてしまっていることが多いのだと思います。建築家にとっても施主と長くお付き合いするというのは、そういう意味でも重要なのだと思いますが…。

―どんなに丈夫で性能が高い家を建ててもデザイン的にまずければ、残す価値は半減してしまうわけですね。

世界のモダンハウスを見て歩いた経験からいうと、建築が残るためには、物理的な強度だけでなくデザイン的な強度もあわせ持っていなければ、時の試練に耐えられない。そして、所有者だけではなく、「この住宅を残したい」と思ってくれるファンをできるだけ多く獲得する魅力、あるいは仕組みが必要です。

「評価の基準」は設けない

旧園田高弘邸(伊藤邸)。2012年の展覧会をきっかけに継承が実現された。現オーナーの協力により、活動の主旨に理解の上、演奏会などに利用することができる。(写真:齊藤さだむ)

旧園田高弘邸(伊藤邸)。2012年の展覧会をきっかけに継承が実現された。現オーナーの協力により、活動の主旨に理解の上、演奏会などに利用することができる。(写真:齊藤さだむ)

新・前川國男邸。東京都品川区。敷地面積は495.3㎡、延床面積は456.8㎡。1974年竣工のRC造地下1階、地上2階建の家。(写真:齊藤さだむ)

新・前川國男邸。東京都品川区。敷地面積は495.3m2、延床面積は456.8m2。1974年竣工のRC造地下1階、地上2階建の家。(写真:齊藤さだむ)

―とても意義深い取り組みだと思います。ただその一方で、残されるべき住宅とそうでない住宅をどう区分けできるのか、その点は簡単ではない気がします。

おっしゃる通りです。相談を受ける住宅の年代も、江戸時代から現代まで様々ですし、設計者が分かっているものもあれば分からないものもあります。展覧会では「昭和の名作住宅」というタイトルをつけましたが、時代を限定しているわけではありません。この点は、この活動を始めるにあたって理事で議論した点なのですが、結論としては、あえて現時点では厳密な基準は設けず、ご相談毎に誠意をもって対応していくことにしています。そういう意味では、私たちの〝独断と偏見〞かもしれませんが、活動に関わる人たちが心から「残したい」と思えるかどうか、それが一番重要な指標だと思っています。結果的に私たちの活動対象ではないと判断した場合は、他に専門家をご紹介したり、可能な限りお力になれるよう努めています。

―施主自身が価値を認識していないこともあるでしょう。

著名な建築家が設計した家であっても、「この家が住宅遺産と言えるのかどうか分かりませんが…」と、恐縮して相談に来られたりします。設計者の名前を聞いただけで、「住宅遺産に間違いないと思います!」みたいなこともあったり(笑)。教科書や雑誌に載っているような建物ならその価値について認識しやすいのだと思いますが、なかには有名建築家の作品であっても、様々な理由で作品集から漏れていたり、所有者が変わって誰が設計したかを認識されていなかったりする住宅もあるようです。吉田五十八設計の「旧・倉田邸」も研究者の間で長らく現存しないと思われていました。相続された方も、吉田五十八設計の建築であると両親からは聞いているのですが…、という感じでした。住宅が壊される一つの大きな要因が相続です。そういう意味で、税制を含めた制度を変えていかないと、根本的にこの問題の解決にはならないと思うのですが、現実にはスクラップ&ビルドを助長する新築優遇の政策がいまだに幅を利かしていて、建築文化の保護を支援する仕組みは見当たりません。文化財の制度も近代の住宅を保存するためにはあまり役に立たないというのが正直なところです。寄付したいといっても地方自治体に断られることが多いようです。現行の制度では、住宅を継承していく上で不都合なことが多過ぎるのです。こうした問題は、建築の専門家だけで解決できることではないので、志を共有してくださる弁護士や税理士、不動産の専門家など、多様な専門家と協力しながら活動を進めています。

―相談を受けたとき、対応の手順などはあるのですか。

決まった手順は特にありません。今までのところ、本当にケースバイケースです。ご相談に来られる方がどのような問題を抱えていらっしゃるのか、何を希望されているのかは様々で、ひとつひとつ丁寧に誠実に、自分たちに何ができるかを考えながら対応しています。最初の相談窓口となるのは私たち3人が担当している事務局ですが、住宅遺産トラストの理事や顧問には様々な専門家がおり、また住宅遺産トラストの外部の専門家の方々のお力も借りて活動を進めています。

―その中には不動産屋さんなども含まれているわけですか。

 住宅遺産トラストは宅建業者ではないので、志を同じくする宅建業者さんの力も借りつつ継承者探しをしています。

―本当は町の不動産屋さんが建物の価値をある程度見ることができるという状況を作りたいですよね。

住みこなすことの価値

一般社団法人「住宅遺産トラスト」の事務局を取り仕切る3名の女性。写真左から木下壽子氏、吉見千晶氏、横田幸子氏。5月開催のイベントの準備で忙しい中、取材に応じていただいた。

一般社団法人「住宅遺産トラスト」の事務局を取り仕切る3名の女性。写真左から木下壽子氏、吉見千晶氏、横田幸子氏。5月開催のイベントの準備で忙しい中、取材に応じていただいた。

こうした価値ある住宅が、築年数にかかわらずきちんと評価を受けていくマーケットを形成していくことも私たちの役割だと思っています。すでに若い世代を中心に、既存の不動産マーケットに疑問を抱き、新しい価値観で住まいを探したりつくったりしている人たちが出てきているのではないでしょうか。不動産業者の中にも、そういったニーズに応えようとしている人も出てきているようです。空き家の問題なども社会問題として認識されつつありますが、日本の不動産市場はあまりにも新築に偏り、欧米などに比べて中古住宅の市場がきわめて未熟であることへの違和感というか弊害がようやく認識され始めたのではないでしょうか。住宅遺産トラストに相談が持ち込まれる住宅は、中古住宅の中でも歴史的・文化的な価値が高いものなので、物理的な評価だけでなく建築史的な評価も求められます。また、建てられた当時は一般的な土地の広さだったのだと思いますが現在は地価が非常に高く、結果的に土地だけでも非常に高額になってしまうケースも多いので、単に買い手を探すだけではなく、建物を保存するための仕組みが必要で、建築に精通した専門家のコンサルティングが求められます。また、文化財的な保護が必要なものから、現代のニーズを満たしたリノベーションを施し、住まいとして使われ続けていくことが望ましいものまで様々です。先ほどお話しした「代田の町家」は、オリジナルを設計した建築家自らが新たな施主の要望に応じてリノベーションするという、非常に興味深い、そして幸運な継承のケースでしたが、多くの場合、すでに建築家は亡くなっていますから、どのようなリノベーションを施すかということは、つねに議論になるところだろうと思います。

―建物やオリジナルの設計が継承されることと共に、そこでどういう暮らしが営まれてきたのかということにも興味があります。建物の美しさと共に、暮らしの美しさというか、暮らしぶりとか、ライフスタイルにも価値がある。住まいの価値は住まい手と応答する姿にこそ見出すことができ、その姿が価値の裏付けとなるのではないかと思います。それが暮らし方を縛るとか、住まい手を選ぶという方向に捉えられるのは本意ではないですが、暮らしと一体となった建築の姿にこそ多くの人が価値を感じるようになるのではないかと思います。

「新・前川邸」は、前川夫妻の終の棲家でしたが、ご夫妻が亡くなられた後、親族が継承し、ずっと外国人の方々の住まいとして貸し出されてきました。私が管理を引き継いだあと、アメリカ人のご家族と現在のオーストラリア人の弁護士さんがお住まいになっていますが、共に、空間に触発されつつ、自分らしい住まい方を楽しまれています。このように、住まい手らしさが発揮できる家こそ、優れた器としての住宅であると前川國男さんは考えておられたようです。私たちが継承のお手伝いをしてきた住宅のほとんどは、「新・前川邸」と同じように、新しい住まい手が前の住まい手や建築家の設計意図を尊重しつつ、自らの暮らしを楽しんでいるように思います。暮らし方そのものを受け継ぐというよりは、その家が紡いできたストーリーに魅力を感じ、それを引き継いでいくということなのではないでしょうか。「園田高弘邸」の場合も、新しい住まい手が、建物だけでなくピアノや書籍なども継承したいとおっしゃってくださいました。私たちが住宅遺産とよんでいる歴史的・文化的価値の高い住宅に限らず、所有者が変わっても愛され引き継がれる住宅には、物理的強度のみならず、様々なライフスタイルを受け入れるデザイン的な器の大きさが必要なのではないかと思います。

「リストから漏れている建物」から救う

4/25~5/17にかけての土、日、祝日に開催されている加地邸でのイベント案内。

4/25~5/17にかけての土、日、祝日に開催されている加地邸でのイベント案内。

―価値があるのは、それぞれの住まい手が住みこなしている姿ですね。吉村事務所にいらした建築家の永田昌民さんも誰が住んでも住みこなせる癖のなさが重要だと仰っていました。誰もが住みこなせる住まい、住まい手の感性を拡張してくれるような住まいこそ名作住宅であり、その姿に価値を感じるのではないでしょうか。ところで、すでに残すべき名作住宅がリスト化されているといったことはないのでしょうか。

余裕があれば、ぜひ残したい住宅のリストをつくり、所有者の方が困る前にご相談に乗りたいところなのですが、今のところ、相談が持ち込まれるケースについて対応しているのが現状です。DOCOMOMOなどが貴重な近代建築の遺産をリスト化していますが、私たちのところに相談がある住宅は、正直、そうしたリストから漏れている場合がほとんどです。どちらかというと、保存すべくリスト化されている建築、つまり多くの専門家がマークしている建築ではない、しかし残すべき建築が多いかもしれません。

―マークされている建物はある意味多くの目に晒されているわけで比較的安心なわけですね。漏れているものから救っている、ということにとても意味を感じます。

意図してリストから漏れているものを救っているわけではないのですが。住宅の継承で重要なのは時間です。時間をかければ、救える可能性が高まります。ですので、できれば残すべき住宅遺産をピックアップし、手遅れになる前に所有者の方とともに継承の道筋をたてるということを今後はやっていきたいと考えています。ただ、時間が限られている割には、今のところ残せている打率は高いと思います。なぜそんなに打率が高いのか?と聞かれたりもするのですが、正直、私たちにも良く分かりません(笑)。唯一言えることは、所有者の方に単に壊さないでくれ!とお願いするのではなく、所有者の方とともに、どうすれば残せるかを既存の仕組みの中で一生懸命考えているということと、私たちの活動に賛同してくださる方々が本当にたくさんいらっしゃるということです。5月に2回目の展覧会を開く遠藤新設計の「加地邸」は、地元の方々もその行く末に注目し、残して欲しいと要望していた建物だったのですが、「昭和の名作住宅に暮らす」展のご縁がきっかけとなり、所有者の方から住宅遺産トラストにご相談がありました。所有者の方に残して欲しいと要望するだけでは残らない、というのがこれまでの経験から言えることです。所有者が残したいと思っていても、現在の日本の制度のなかでは、個人の力で何世代にもわたって所有し続けることは非常に難しいことなのです。私たちの仕事は、こうした状況を受け止めつつ、貴重な住宅遺産を次世代に引き継ぐための仕組みを考えていくことなのです。

―個人の所有物である住宅が、半分でも救えているという時点で奇跡のように思います。この活動の存在がもっと広く認知され、住宅に対する価値感の成熟が進むことを願います。今日はありがとうございました。

木下壽子(きのした・としこ)

神戸市生れ。日本女子大住居学科卒業。芝浦工業大学、ロンドン大学大学院修士課程修了。1996年~97年、ロータリー財団国際親善奨学生としてグラスゴー大学マッキントッシュ建築学校修士課程在籍。非常勤講師、フリー建築ライターを経て、2006年、有限会社コミュニティー・ハウジングを設立。2012年、一般社団法人住宅遺産トラスト理事就任。建築雑誌『a+u(建築と都市)』2000年臨時増刊号『Visions of the Real:Modern Houses of the Twentieth Century -20世紀のモダンハウス:理想の実現』I&IIをケン・タダシ・オオシマと共同監修。

木下壽子(きのした・としこ)