第43回:馬場正尊さん

「この人に聞きたい」第43回目は、大学で建築を学び、就職したのは広告代理店、その後は雑誌編集長を経て、現在は設計事務所を主宰する建築家でありながら、多数の書籍を執筆する著述家、大学の先生といった多才な顔を持つ馬場正尊氏です。既存の仕事の枠組みでは一括りにできない馬場氏の経歴ですが、馬場氏を語る上で最も象徴的なのが「東京R不動産」の仕掛人という肩書きです。
今でこそ、「リノベーション」、「コンバージョン」といった言葉が一般的になりましたが、馬場氏は10年以上前に「東京R不動産」という新しい視点で物件を紹介するWebサイトを立ち上げ、建物の再生、空間の再価値化の草分けとしてこの分野を牽引してきました。今回は東京R不動産というメディアの運営から見えてきたこと、また、建物の再生や都市の再生の今後についてお話を伺ってきました。(文/2014年5月現在)

土地の所有と利用を再構築すれば、都市の風景は劇的に変わる。

新陳代謝を加速させる

写真:馬場正尊さん

―「東京R不動産」の中身についてはすでに多くの書籍や記事などで語られていますし、実際にWebサイトを見ていただければ一目瞭然ですので、今回は主に10年経った今どうなったのか、今後どうなるのかについてお聞きしたいと思います。

古いことがコンプレックスで、新築に近づけるような改修とは別の価値観が確かにあるんだということが出発点だったわけですが、この10年で状況は劇的に変わったと思います。それまでの「新築絶対主義」から「既存のものを上手く使いこなす」ということが「オモシロイ」とか「カッコイイ」というように受け止められるようになり、それがだいぶ定着してきているように思います。

―「欲望を顕在化した」という言葉を使われていましたよね。ニッチだと思っていたマーケットがそうも言えなくなったと。

まさにその通りです。ただ、現段階でも新築至上主義はマジョリティだと思いますし、それはこれからもきっと変わらないし、逆に変わらないほうがいいとも思います。〝改修〞を仕事にしているのでよく勘違いされますが、僕自身はあまり伝統的なものや古い町並み、古い都市の景観が残っていくことにあまり関心はないんです。田舎者ですから、どちらかというと大都会の激しい新陳代謝のほうに興味があって、東京が他のアジアの大都市と勝負して勝てるのか、世界の中でどういうポジションを取れるのか、といったことを考えるほうが好きなんです。日本はこれから人口減少社会を迎えるわけですが、だからといって郷愁に浸って、まったりと沈滞してしまうのではなく、常に活き活きとした活力やダイナミックに変化していく力に満ちた国、新しいことにチャレンジする人間がワンサカいる国であってほしいと思っています。特に東京なんかは新陳代謝が激しく起こっているほうが似つかわしいと思いますから、いろんな人に怒られそうだけど、都心の容積率はもっと緩和(高く)していいと思いますし、東京に限ってはインフレでもいいと思っています。もちろん、日本中が東京である必要はなくて、地方の穏やかさを選択する人、大都会の激しさを選択する人、あるいは両方を行き来する人がいるなど、地方と大都会の両方のバランスがあるからこそ言えることです。僕らが取り組んでいるリノベーションというのは、新陳代謝を担保したり、ある意味、加速させるためのものであると思っていますし、〝中期間的な再生〞と位置付けることができるかもしれません。

―すでに完成してしまったこれだけのストックをどう活用するか、次の時代への過渡期的再生、経過措置的再生というニュアンスがあるのでしょうか。いずれにせよ、代謝のための再生ということですが、であれば、その再生の〝拠り所〞とは一体何になるのでしょうか。例えば京都なら「京都らしさ」や「景観」ということが拠り所になりそうですが、東京の場合、少なくとも「景観」ではなさそうですし、単純に「収益性」といったことになるのでしょうか。

カルチャー化したリノベ

Untitled/Open Aのオフィス。リノベーション、東京R不動産のスタートの場である、馬場さんにとって最初の改修物件。事務所は隣の建物に移り、今は打ち合わせスペースとして使われている。 Untitled/Open Aのオフィス。リノベーション、東京R不動産のスタートの場である、馬場さんにとって最初の改修物件。事務所は隣の建物に移り、今は打ち合わせスペースとして使われている。

Untitled/Open Aのオフィス。リノベーション、東京R不動産のスタートの場である、馬場さんにとって最初の改修物件。事務所は隣の建物に移り、今は打ち合わせスペースとして使われている。

そうですね。僕らがやってるリノベーションは「経済性」と「文化性」のバランスを取るような行為なんだと思っています。都市においてはポジティブな変化がスタック(積み重ね)している状態はダメなんだと思っています。もったいないですよね。常に変わっていこうとする意思や力を止めるものがない状態が都市においては健全なんだと思います。京都の場合、守るべきものが明快にあるし、それは世界が望んでいることでもあるわけです。でも、守りながらも内部の革新はじゃんじゃん起こっているわけですよね。

―じゃなければ守れない。むしろ、守るために変化しているわけですよね。

そう。ただ守っているだけでは死んでいくだけなんです。京都だって革新があるから守っていける道筋が拓けるわけです。じゃあ、東京の場合は何かというと、守るべきものは〝革新性〞だけと言えるのかもしれません。そこだけは死守しなくちゃいけない。にも関わらず、今の都市は何もかもがんじがらめでブレーキが多いこと多いこと。建築基準法といった法律やそれらに付随する制度など、その辺りは『RePUBLIC/公共空間のリノベーション』にも書いていることです。ただ、一方ではそういった法律があるからこそ都市が洗練されているという現実もあるわけなので、トレードオフの関係になっていることも確かです。ただ、そういう状況の中にあって、突破口を生み出すのがこういう仕事をしている僕たちの役割なんだと思っています。

―『RePUBLIC』の話が出ましたが、「公共」の役割とは本来、公共のプラス面を伸ばすためにあるはずですが、単にマイナス面を抑えるだけの役割になっている面があるということですよね。

Open Aの事務所1階は打合せやイベントスペースとして使われている。

Open Aの事務所1階は打合せやイベントスペースとして使われている。

完全に「取締役」とか「監視役」になっていますよね。僕らのような仕事をしていると、いまや行政に届出に行くのは、警察に届出にいくのと同じモードになっています。警察や消防はまさに「番人」ですから仕方ありませんが、行政は番人じゃないはずですよね。もちろん、立場の違いがあって、僕らのような建築家と呼ばれる人たちは社会の変革を促す立場にあるのに対し、彼らは過度な変化には適度にブレーキを掛けなきゃならない立場です。両方の立場が平衡状態にある中で物事が起こっていくことが世の常ではありますが、やはり僕らとしてはある一定のコモンセンスの中で「良い変化」や「楽しい変化」が起こっていくことにチャレンジしなくちゃならないわけです。そんな中でR不動産をやってきて、リノベーションがある意味カルチャー化してきているように感じます。「こういうのカッコイイよね」とか「このデザイン新しいよね」といったファッション的な感覚で語られるようになったのは定着してきた証拠だと思っています。

都市を自然化したい欲望

―そういう価値が都市の新たな価値を形成していく過程になっているわけですね。とにかく〝変化していくことそのものが価値なんだ〞ということが肯定されていく社会がいいですね。

全く同感です。

―ただその一方で、その変化がもたらすものが何なのか、変化の行き着く先はどうなっているのか、変化が〝良い将来〞を約束するものではないという思いも一定にあります。

ここまではR不動産から見えてきた〝これまで〞をお話ししましたが、ここからは〝これから〞についてということですね。そうですね。例えば東京のこれからを考えると、オリンピックが決まりましたよね。湾岸エリアには恐ろしい勢いで高層マンションが建っていくことになります。湾岸エリアは新しい東京の顔、ヨーロッパの都市でも旧市街と新市街とに分かれていますが、まさに〝東京の新市街〞が形成されていくことになるのだと思います。これは好むと好まざるとに関わらず突き進んでいくことになります。一方で、この辺(日本橋周辺)とか、旧オリンピック会場があった代々木辺りは旧市街ということになりますが、ヨーロッパの旧市街とは違って、そこは東京たる所以ですが、このエリアだってポコポコミニ開発が生まれていく気がします。ただ、この辺は江戸の町割が残っているところで、世界でも有数の道路率が高いエリアなんです。道路率が高いということは都市効率が悪いことを意味していて、東京では吉祥寺・下北沢、神田・日本橋がその代表なんです。現状では道路もまとめて開発することはなかなかできないので、この街区のまま街が形成されていくことになります。ですから、ドーンと高いビルは建ちにくく、むしろその点をポジティブに捉えて路地を活かした再生、湾岸エリアが新しいスカイラインを形成するならば、この辺りはボトムライン、つまり足元のデザインをしていくことになるんじゃないでしょうか。

―それぞれのエリアの特性を活かした再価値化ということですね。

そうですね。それともう少しマクロ目線で東京を捉えると、別の価値が芽生えてきていると感じています。それは「都市に住む人ほど自然を求めている」ということです。別の言い方をすると、「都市を自然化しようという欲望に駆られている」と言ったほうが正確かもしれません。東京R不動産のWebサイトにはオピニオンと呼ばれる人たちが訪れていることが分かっています(ウィンドウズとマッキントッシュユーザーの割合が市場シェアと逆)。いわゆる〝エッジの利いた人〞たちが見ているわけですが、庭がある物件、あるいは窓から緑が見える物件とか、広いベランダがあって緑がたくさん置けそうな物件に人気が集中しているんです。如実に、それもすごい勢いで。

―へぇ〜。そうなんですか。

森と超高層ビルが共存

アーツ千代田3331。廃校となった中学校をリノベーションし、隣にあった公園と繋ぐことで街に開かれたスペースへ。1階にはカフェやイベントスペースがあり、2階3階の元教室にはアーティストやデザイナー、クリエイターのアトリエやベンチャー企業のオフィスなど、様々な業種の組織が入居している。 アーツ千代田3331。廃校となった中学校をリノベーションし、隣にあった公園と繋ぐことで街に開かれたスペースへ。1階にはカフェやイベントスペースがあり、2階3階の元教室にはアーティストやデザイナー、クリエイターのアトリエやベンチャー企業のオフィスなど、様々な業種の組織が入居している。

アーツ千代田3331。廃校となった中学校をリノベーションし、隣にあった公園と繋ぐことで街に開かれたスペースへ。1階にはカフェやイベントスペースがあり、2階3階の元教室にはアーティストやデザイナー、クリエイターのアトリエやベンチャー企業のオフィスなど、様々な業種の組織が入居している。

僕はそこに〝人間の欲望〞が象徴的に現れていると感じています。ちょっと大袈裟な言い方ですが、人間は有史以来、自然を征服しようとしてきたわけですよね。別の言い方をすれば、自然を壊してそこに都市をつくることに情熱を傾け続けてきたわけです。ずーっと。ただ、今になってこういった東京の風景を見渡してみてわかるとおり、もしかしたら有史以来初めて、人は〝都市化〞してしまった風景を〝自然化〞したいという思いに駆られているのではないかと感じるんです。例えば、東京の人口はこれまで増える一方だったと思います。それこそ有史以来。でも2007年に減少に転じたわけです。オリンピックはありますが、長い目で見たら横ばいか多分減っていくことになります。もちろん、東京以外の日本中の都市は人口が減っていくわけです。2050年の日本の人口は9000万人を切ると予想されています。今より3000万人以上も減るわけです。大雑把に言えば1/4も減るんです。減るのが初めてなうえに、いきなり物凄いペースで減るわけです。だからといって、日本が大量の移民を受け入れたり、急に多子化することは考え難いですから、自ずと都市の中には「鬆(す)」※1ができることになります。一方で、都市は自然の脅威から人々を守るために高い堤防を建てたり、巨大な地下放水路をつくったりして防備してきました。防災インフラに関して今勉強している最中ですが、防災技術が進歩し、完璧ではないにしろ自然災害はインフラとしてある程度コントロールできるようになったわけです。ある意味、これまでアスファルトやコンクリートで覆われていた都市に、土を被せても許されるようになったのだと考えることができます。つまり、現在の便利で快適な都市機能はそのままに、鬆となった場所や空間にたくさんの緑を呼び込むことができるということです。これまでの「緑化」というレベルを超えた、モクモクした緑と超高層ビルが共存している風景です。

※1「鬆(す)」:均質であるべきものの中にできた空間

―これまで、「都市」と「緑」、あるいは「自然」は対極的に見てきたところがあります。利便性を優先するなら「都市」、環境を優先するなら「自然」など。今の話はそのどちらも諦める必要がなくなる、ということのように聞こえます。馬場さんご自身も外房にご自宅があり、東京と千葉を行ったり来たりされているわけですが、まさに都市の中に自然を持ってこれる、文字どおりその余地が生まれつつあるということですね。

そうです。少なくとも都市に住む人たちがそれを望んでいるんです。これまで潜在的だった欲望がR不動産ではハッキリと顕在化しているわけです。人々に望まれている風景に現実の風景もなっていくはずです。

―新築やこれまでの中古住宅という流通の中では顕在化できなかった「欲望」、言い換えれば「価値」といえますね。

本能的に社会性を備えている

僕らと違って、今の子どもたちは小さい頃から環境教育を受けていますよね。家庭でもお母さんたちは宮崎駿の映画やアニメを見せたりします。蓄積されてきた自然や緑に対する枯渇感が背景にあるような気がします。おそらく、優先順位としても技術的にも右肩上がりの時代には出来なかったのだと思います。それが今ならできる気がするし、現実に不動産としての価値が上がる、緑があったほうが家が高く売れる、緑豊かな街のほうが地価が下がらないとなれば、黙っていても緑豊かになっていくわけです。掌を返したようにそっちに向っていきますよね。「欲望」とは経済的な合理性と直結しているわけですから。1割高くても緑豊かな高層ビルが売れるとなれば、みんなそうなりますよ。

―とても嬉しい話です。いよいよ緑が価値になってきていると。正直、馬場さんからそんな話が聞けるとは思っていませんでした。

丹下健三による「東京計画1960」※2はメタボリズム全盛だった時代に、ある意味、都市や国家の欲望をビジュアル化、顕在化した伝説的な提案だったわけですが、それから60年近く経った今、同じように東京という都市の欲望を顕在化してみたら、ピカピカのメガロマニアックな未来都市ではなく、森とハイテクが同居しているような風景だったということですね。この辺りの空いた場所は今は駐車場になっていたりしますが、そういうところに木が植えられるようになって、ボロビルは住まいにリノベされ、セットバックされたテラスには植木がたくさん置かれるといった風景ですね。そういう風景をカッコイイと思える人たちが育ってきているということです。自分自身、実際に東京でリノベーションをいくつもやってみて、リニアに感じていることでもあります。

※2「東京計画1960」:1961年に建築家・丹下健三が発表した東京湾に壮大な海上都市を建設しようという計画。高度経済成長期の急激な人口増加に対し、それまでの「求心型放射状」の都市構造では耐え切れないとし、木更津方面まで延びた「線形平行射状」へと都市構造を改革するという提案。

―その話はまだメディアに載ってないですよね。

ええ。口では話せますけど、本にするとかなり浮ついた話になってしまうところがあって。

―OMソーラーは、自然との共存とか自然のエネルギーを使うなど、長年、外に対して開いていく意識を持ってきました。アプローチが逆かもしれませんが、開いていくと自ずと緑を求めるようになるのだと感じています。

そうですね。「人間たるものそうあるべき」という考え方先行というのが僕らや僕らより上の世代のアプローチだったように思います。でも、僕が教えている学生など、今の20代を見ていると、自己防衛として、というか本能的に社会貢献や地域貢献が身に付いている感じがします。SNSの使い方を見ているとそのことを如実に感じます。よくそんなに周りと仲良くできるなと。いつも周りと手を取り合おうとしていますよね、本能的に。僕は一種の「集団的防衛本能」だと思っていますが、その世代にとってのコモンは、意識的にすることではなくて、まさに普通のことなんです。

「ストック型」の生き方

コレド日本橋の裏庭。単なる通路だった場所を都市のリビングルームにOpen Aがリノベした例。作業はシンプルで、植栽に合わせてウッドデッキやベンチ、テーブルを設置。無線LANを敷設し、PCを広げればちょっとした仕事場にもなる。ポイントは、デッキに段差をつけたり、ビビットな色の家具にしたり、照明の工夫などにより「使っていい空間」ということをアピールしたこと。

コレド日本橋の裏庭。単なる通路だった場所を都市のリビングルームにOpen Aがリノベした例。作業はシンプルで、植栽に合わせてウッドデッキやベンチ、テーブルを設置。無線LANを敷設し、PCを広げればちょっとした仕事場にもなる。ポイントは、デッキに段差をつけたり、ビビットな色の家具にしたり、照明の工夫などにより「使っていい空間」ということをアピールしたこと。

東京・渋谷の宮下公園は、以前はホームレスに占拠され一般市民が立ち入ることができない状況だった。公園の中に2面のフットサル場を整備するなど、行政と企業が新たな関係を築くことにより再生された。今ではクライミングウォールやスケートボードのバンクなども整備されている。

東京・渋谷の宮下公園は、以前はホームレスに占拠され一般市民が立ち入ることができない状況だった。公園の中に2面のフットサル場を整備するなど、行政と企業が新たな関係を築くことにより再生された。今ではクライミングウォールやスケートボードのバンクなども整備されている。

モア4番街のオープンカフェ。JR新宿駅東口からすぐの路上にある。何気ない風景と思われるかもしれないが、実は日本の道路史においては大きな一歩といえる。公道の路上で常設の飲食や物販などの営業行為は法律で禁止されている。この風景は、違法駐車や浮浪者、違法薬物の売買など、犯罪や違法行為によるマイナスイメージを払拭したい地元商店街の切実な願いと長年の努力の末に獲得したもの。

モア4番街のオープンカフェ。JR新宿駅東口からすぐの路上にある。何気ない風景と思われるかもしれないが、実は日本の道路史においては大きな一歩といえる。公道の路上で常設の飲食や物販などの営業行為は法律で禁止されている。この風景は、違法駐車や浮浪者、違法薬物の売買など、犯罪や違法行為によるマイナスイメージを払拭したい地元商店街の切実な願いと長年の努力の末に獲得したもの。

―ここで〝拠り所〞の話に戻りますが、「欲望」の成れの果てが必ずしも良い未来に繋がらないという思いには世代的な断絶があって、若い世代にとっては欲望そのものの中(本能的に)にすでに社会性をも包含されていると。

まだハッキリとは分かりませんが…。先日あった話ですが、「環境」とか「エコ」とか「新しいライフスタイル」といったことを色んな企業とコラボレーションして発信しているあるWebサイトがあって、それを運営しているのが30歳の男性なんです。まあ、話していてもとてもしっかりしていて、自分たちの時代の社会観といったことを語ってくれました。例えば、僕らの世代の仕事の仕方って、仕事した分だけお金をもらいますよね。設計事務所なら図面を描いて設計料をもらいます。当たり前ですけど。ある意味フロー型で仕事をこなしていて、流れが止まれば死んじゃうわけです。その一方で彼らは「そもそも〝フロー型〞の仕事の仕方とか、生き方とかは目指さない」と語っていました。〝フロー型〞ってどちらかというと〝その日暮らし〞的なニュアンスがあって、新人類と呼ばれた世代から僕らの世代にかけては、設計とかデザインとか、クリエイティブでカッコイイ、花形だと思っていた職業ほど結局フロー型だったんです。それに対して僕らより下の世代は、成長とかバブルなんてリアルに感じたことのない世代であって、中学生くらいにすでにストック型社会に遭遇してしまっているわけです。ですから、「そもそも、フロー型の働き方をイメージすることはありません」と断言していました。「ストック型のビジネスモデルやストック型の生き方を目指します」あるいは「探します」と語っていましたね。Webサイトの運営なんて前世代的にはまさにフロー型の仕事のように感じますが、彼らはその中でも会員制にしたりなど、圧倒的に支持してくれる特定の顧客と継続的な関係を築けるしくみをつくりたいと言っていましたね。「今の20代はみんなそうですよ」だそうです。逆に、そういう生き方じゃないと生きていけないということですよね。地域と仲良くする、地域全体と関わる、ということが彼らにとっては当然のことなんです。

―ある意味、昔の日本はそうだったような気がします。

生産性が低い時代は皆で分かち合って生きていましたよね。でも、生産性が高くなるにつれ個人主義が芽生え、僕らはその受け皿として住空間を提供してきたわけです。昔のプランを見たりすると「こんなだったよなー」って思いますけど、今の若い世代はそんなことしていたら社会リスク、社会の不安定さに耐えられないわけです。だから色んなものをストックしなくちゃならない。「信用」だとか「共感」だとか、「仲が良い」こともその一つなのでしょう。

―そういう話を聞くと、「欲望」が〝拠り所〞であっていい気がしてきますね。

都市の風景は欲望が集積された姿

『都市をリノベーション』(馬場正尊著/NTT出版)

『都市をリノベーション』(馬場正尊著/NTT出版)

『RePUBLIC/公共空間のリノベーション』(馬場正尊+Open A著/学芸出版社)

『RePUBLIC/公共空間のリノベーション』(馬場正尊+Open A著/学芸出版社)

彼らはそういう価値観で次の空間をつくり上げるでしょうし、僕らも歳をとったらそうならざるを得ないわけです。フローだけでは死んじゃうわけですから。当面はフローとストックのバランスを考えながら生きていかなくちゃならない。僕は、人間の〝欲望の集積〞が〝都市の風景〞だと思っていますから、都市に対する〝開き方〞も多分変わるのだと思いますね。SNSのように、「どこを開き、どこを閉じるか」なんじゃないでしょうか。プライベートとパブリックの間に中間領域ができるというのもその一つで、その辺りは『RePUBLIC』に書いていることですね。プライベートは見えないから表出しません。一方でパブリックは皆で所有しなきゃならないから恐ろしくコンセンサスが必要で、それ故硬直化しがちです。そういう意味でその間にあるコモン空間が拡大することがポイントになり、その方法も民間の土地を公共が使う、その逆で公共の土地を民間が管理したり使用したりするなど、民間と公共が入り混じって上手く活用できないかということです。コモン空間が豊かになり幅広くなることで、面白いことが起こる気がしてならないのです。

―そういう空間に緑はぴったりですよね。

その通りです。今まで緑はいわば「強制管理」されてきたわけですよね。「落ち葉が邪魔だ」というマイノリティの文句に合わせてブツブツに樹を伐ってきたわけです。それを見てマジョリティは「ええっ」って思ってきました。なぜそういうことが起こるかというと、公共(行政)が管理してきたからです。公共の緑を公共が管理するのではなく、民間が管理するようになれば、とたんに伐らなくなると思います。なぜならマジョリティはモクモクした緑を求めているわけですから。行政にとって景観価値や土地の値段が上がることはあまり関係ないのです。どの土地を誰がどう使うか、所有と利用の関係を再構築することで、都市の風景は劇的に変わっていくのだと思います。

―一般の家庭の庭だってコモン空間であり、皆が少しずつでも緑を街に提供することで街の風景は良くなり、その地域の価値は上がるのだと思います。景観価値、地域の価値を上げるのも下げるのも、地域の住民次第だと思うし、そういう行動を促進することも行政の役割なのだと感じます。

税制優遇するとか、条例にするとか、行政だって地域の景観価値が上がることで土地の値段が上がり、住民が増えていけば、税収が増えることにもなるわけです。優遇した税金なんてすぐに取り戻せますよ。〝緑モコモコの都市〞絶対人気出ますよ。これは空想でも理想でもなく、R不動産から分かった現実ですからね。

―再価値化のこれからを考えると「緑」が大きなポイントになりそうですね。特に都市部の再生には緑が大きく貢献するものと思います。お話しを伺って、とても明るい気分になりました。今日は本当にありがとうございました。

馬場正尊( ばば・まさたか)

1968年佐賀県生まれ。建築家。Open A代表。東京R不動産ディレクター。東北芸術工科大学准教授。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂入社。早稲田大学大学院博士課程へ復学。雑誌『A』編集長を務める。2 0 0 2 年に建築設計事務所「Open A」を設立し、建築設計、都市計画まで幅広く手掛けると共に、既存改修を主とした都市の空き空間を発見・再生を専門とするWebサイト「東京R不動産」を運営。執筆活動も行う。近作に「道頓堀角座」「雨読庵」「観月橋団地再生計画」「TABLOID」など。近著に『都市をリノベーション』( N T T出版)、『「新しい郊外」の家』(太田出版)、『RePUBLIC/公共空間のリノベーション』(学芸出版社)など。

馬場正尊( ばば・まさたか)