第4回:宮崎吾朗さん

写真:三鷹の森ジブリ美術館

宮崎さんは、スタジオジブリの長編アニメーション映画「ゲド戦記」で、監督や挿入歌の作詞を務められるなど、芸術家として活躍されているほか、以前は公園緑地や都市緑化などの造園の計画・設計に従事されており、「三鷹の森ジブリ美術館」や「サツキとメイの家」では建築にも携わっています。そして「OMソーラーの家」の住まい手でもあります。ジブリの映画に携わり、建築や造園にも造詣が深い宮崎さんに、OMソーラーや家づくりの考え方などについて、三鷹の森ジブリ美術館にてお話を伺いました。
(文/2008年5月現在)

OMを理解できるかどうかは、「曖昧さ」を理解できるかどうか

木の家の魅力を「サツキとメイの家」で知った

宮崎吾朗さん

―まずは「OMソーラー」についての印象をお聞かせください。

今年の夏で入居して丸3年になりますが、とても良くできたシステムだと思います。まずシステムがとても単純でわかりやすいということ、そして、実際の効果としても晴れていればとても暖かいですし、春から秋にかけてはお湯がたくさん採れますから、光熱費としてもだいぶ助かっていると思います。夏も窓を大きめに取りましたから風通しが良くて、比較的涼しく過ごせています。OMソーラーについては、建てる前から物理的に理に適っているなと思いましたし、期待した効果についてのギャップは感じていません。

―OMソーラーとの出会いは?

最初からOMソーラーの家を建てたかったということではありませんでした。ちゃんとした家を建てたいという気持ちが強くて、家づくりを考えていく過程でOMと出会ったということです。確か、『住む。』という雑誌を見てOMソーラーのことを知って、OMソーラーサイトを見て、OMができる工務店を探しました。いくつかの工務店の見学会にも足を運びましたし、当時は毎週のように見学会に行っていましたね。それで、その中で一番僕らの家づくりの感覚と合っていると思った工務店にお願いしました。「うちは近くしかやりませんから」と仰っていたのですが、なんとかやっていただけることになりました。営業の担当の方が最初に「うちは坪80万円以上は掛かりますよ」と言い放ったので、逆に「これは信頼できるな」と思いましたね。

―工務店以外で建てようとは思われませんでしたか?

一応、三鷹にも大きな住宅総合展示場がありますから見に行きましたよ。でも、僕もかみさんも「ちゃんと設計をして、ちゃんとした工務店さんで建てたほうがいい」と思っていましたし、やっぱり「木の家」が好きで、木のことを分かった工務店に建ててもらいたいということが前提としてありましたね。プランも工務店の社長と何回かやりとりをして、模型も僕がつくったりして決めていきましたし、とにかく庭を大きくしたかったので、その分家は小さめになりました。庭づくりも僕とかみさんで考えて(力仕事はすべて僕でしたが)やりました。

元々、造園の仕事をしていたこともあって、建築にも興味はありましたから、建築系の雑誌なども結構読んでいましたし、「三鷹の森ジブリ美術館」の仕事で建築のことを覚えて、愛・地球博の「サツキとメイの家」で木造の勉強もさせてもらいました。自分の家は、これらの仕事の後でしたから、いい経験になったと思います。

写真:インタビューを行った、三鷹の森ジブリ美術館外観。写真:三鷹の森ジブリ美術館内部。

―美術館と「サツキとメイの家」、そしてご自宅の共通点のようなものはありますか?また、宮崎さんの住宅に対する考え方などを教えてください。

うーん、何だろう。サツキとメイの家をつくることで、ムクの木の感じや職人の仕事など、「木造在来工法」の魅力というのをつくづく感じましたね。「サツキとメイの家」を一般の住宅として再現するとなると、コスト面(職人の手間)でとても現実的ではありませんが、今やれる現実的な範囲の中でつくる「木造の家」としては自分の家で実現できたように思います。ここも、木造ではないですが、なるべく本物の材料を使ってつくりましたから、たくさんの職人の技が生かされています。「職人の仕事」という点では共通しているのかも知れません。

また、住宅ということでは、「夏を旨とする」日本建築は、元々田の字の開放的な間取りが基本で、窓も大きく取り、風の通りも良かったですよね。うちも、窓を大きくして、位置も風の通りを考えて、なるべく斜向かいにくるように工務店さんにお願いしましたし、フロアもスキップになっているので、家の中に風の道ができていて、よほど暑いとき以外エアコンのスイッチは入れないで済んでいます。

元々開放的な日本の家だからこそ、冬は寒いのですが、そこにOMソーラーが入ることで快適になっているのだと思います。スタジオや美術館のカフェにも薪ストーブがあって、薪の調達の大変さを知っていたので採用はしませんでしたが、山が近くて、冬に日照の良い地域なら、OM+薪ストーブは化石燃料を使わない上、とても快適でしょうね。

学生時代に伊那に住んでいたことがありましたが、そこでは農家の一軒家を先輩と借りて住んでいました。壁のない家で、柱と障子と襖だけの家でした。冬は一番安いブリキの薪ストーブ一つで過ごしていましたが、柱は全部傾いていて、そもそも障子も襖もぴったりと閉まらない家でしたから寒かったですね。その分、夏は快適でしたけど。卒業して東京へ戻ったときにはワンルームのアパートにも憧れましたけど、やっぱり自分の家を建てるとなると、外と繋がっている木の家がいいなぁと思いますね。

それから、材料がどういうものかわかっていて、誰がどうやってつくったかがわかるものに対しては、きちんとした愛着が持てると思うんですね。僕の場合は、工務店の社長さんをはじめ担当の方、職人さんの顔がわかります。工場でつくったものを単に組み立てるだけで、汚れたり、デザインが古くなったからって捨ててしまうようなことではなくて、顔が分かるからなおさら大事に使っていこうと思います。

ムクの木や自然素材といった材料は、ちゃんと手を掛けてあげないと、いい感じで歳をとってくれません。本当は何でもそうなんでしょうけど、特に「木の家」の場合は、住まい手が手間ひま掛けるから長持ちしているのだと思います。また、手を掛けただけ家も応えてくれますよね。使えば使うほど艶が出たり、馴染んでくるというか。傷なんかも気にならなくて、逆に味になったりして受け入れられます。クロスなんかだとこうはいかないですよね。傷が付いたら許せないってなります。

写真:美術館の屋上にはロボット兵がいる(銅製)。写真:三鷹の森ジブリ美術館

「手間を掛ける」ことがクオリティを上げる

宮崎吾朗さん

―とはいえ、多くの人は傷が付くことを嫌い、掃除もなるべくしなくて済むような家を求められています。

今の時代、「住む」ことや「暮らす」ということにいかに手間を掛けないか、というのが最大のテーマになっていますよね。「新品の状態がずっと維持されればいい」というようなニーズに対して商品が開発され実際に売れています。「自分の生活」なのに、それすら手間を掛けなくなっています。

それで本当にいいのか?と思いますし、僕たちのメッセージとしても、「三鷹の森ジブリ美術館」にしても、「そういった社会の風潮に対するアンチテーゼ」というエッセンスも含まれているように思います。生活や食事なども手間を省きたい。じゃあ、省いてできた時間を何に使っているかです。果たして、その人そのものやその人の生活のクオリティを上げることに繋がっているかです。

僕も週に一回拭き掃除をしますが、手間を掛けるということは、「頭で考える」というよりも、むしろ「肉体性に由来すること」だと思うのです。雑巾を絞ってあちこち拭いていると一時間半くらい掛かります。それで、拭いている時や拭き終わったときの「気持ち良さ」というのも「肉体性」なのだと思います。食事もそうです。外で美味しいものを食べればそれで終わりですが、家でつくって「美味しい」とか「まずい」とか、「あの材料はどこそこで採れたもの」なんて話しながら食べるから美味しかったりします。それらを含めた全体が「家で食べる美味しさ」だと思うのです。

自分の「肉体性を喪失しない」、あるいは「自分自身のバランスを取る」ために必要なことだと思っています。何でそう思うかというと、スタジオで仕事をしていると、ほとんど頭しか使いません。そうすると、どこかで体を使わないとバランスが崩れてしまうように思うのです。現代社会は、肉体性の衰えに鈍感で自分でも知らず知らずのうちにバランスを崩してしまっているという危険性もあるのではないでしょうか。できれば頭は2割くらいで、体が8割くらいにしておきたいですよね(笑)。身体や五感を使ってはじめて一日が終われるような気がします。スポーツクラブに行って筋トレするくらいなら、家で床磨けばいいじゃんみたいな(笑)。

食べる、寝る、排泄する、時には働くといった生活のベースとなる「家」は、やはり手間を掛けて大切にしたいと思いますし、掛ける手間そのものが自分自身や生活のクオリティを保ったり、上げたりしてくれるのだと思います。そういう僕も、若い頃からそう思っていたわけではなくて、「三鷹の森ジブリ美術館」をつくって、「サツキとメイの家」を建てて、自分の家を建てていく中で、そう考えるようになりましたね。

―宮崎さんはそういう経過を経ることができましたが、普通は家を何度も建てることはありませんよね。宮崎さんと同じ考え方に至っていただくには、どうしたら良いでしょうか?

「家」ってすごく難しいと思います。家に限らず、昔はモノを買うときには必ず「人とのやりとり」がありました。八百屋さんや魚屋さんでの旬のものや、おまけなどの「やりとり」がそうです。それが今は、スーパーでパッケージされたものを単にレジに通すということだったり、ネットで宅配になっています。たくさん用意された中から選択するという形になっており、「わかりやすさ」が消費を支配しています。それに対して家は、高額な買い物なのに、どうやって建てたらいいのか、コストも含めてわかりにくいです。

昔は、家を建てることそのものが特別なことで、建てられる人は限られていました。建てられる人には教養があり作法が備わっていましたから、工務店や植木屋との付き合い方がわかっていました。ところが、誰でも家を持てるようになると、教養や作法は何処かへ行ってしまい、わかりやすさが重要になりました。それに対応するように、ハウスメーカーなどは商品化してカタログに載せて営業しているわけです。

一方の工務店も同じような手法を取っているところもあるものの、知名度が違いますから、相変わらず工務店で建てる方法はわかりにくいままなんだと思います。工務店で家を建てる場合は、やはり施主の側にも知識や動機が必要で、結局、それを埋めるのは「教育」ということになるのだと思います。欧米では、「家」や「住まい方」が学校のカリキュラムになっていたり、それこそ「生活のクオリティ」の重要性が理解されていて、日常の暮らしの中で親から子へと教えられているものです。残念ながら、日本では学校でも家庭でもその役割が果たされていないのが現状です。

わかりにくい工務店の家づくりで、さらにOMソーラーとなると、かなりハードルは高くなりますよね。今はネットが普及しましたから、Webサイトなどで情報を入手できますが、決め手になるのはやはり見学会や「人とのやりとり」ですよね。そういう意味で、情報発信や見学会などの接点を多く設けることは、接触のチャンスを増やすことになると思います。本当は、わかりにくいからこそ面白くて、工夫のし甲斐もあるんですけどね。

―「家づくり」や「暮らし」に、住まい手が自ら主体的に関与できるか、ということなのかも知れません。

結局は、「家を建てる」ことに対する価値観の問題ですよね。それから、僕も家は完成しましたが、今の状態のまま一生住むとは考えていないです。多分、どこかいじるでしょうし、本来、いじりながら住んでいくものだろうと思います。家は引き渡されたら完成ではなくて、住みながら完成していくものでしょうし、現に僕の家も、引っ越したとき庭は草ぼうぼうで、3年掛かってやっと庭らしくなりましたから。やはりそこでも、「手間を掛ける」ということがクオリティと感じるかどうかが問われるんでしょうね。

「曖昧さ」が木の家を理解するキーワード

宮崎吾朗さん

―ムクの素材の気持ち良さだとか、自然エネルギーでの快適さなどを、体感的に理解してもらうことは一つの方法だと思っています。

工務店さんでも見学会が接触の場であるとともに、やはり理解を深めていくという意味でも一番の機会なんだと思います。僕も毎回足を運びましたし、足を運ぶことで、工務店さんでも施主に応じていろんな家を建てられていることがわかりましたから。そして、それと同時に、見学したいろいろな家の良さや工夫を自分の家に置き換えることにつながりました。

―三鷹の森ジブリ美術館も、展示物とともに建物そのものとしても体感的に感じてもらいたいという意味が込められているんですよね。

実を言うと、どんな建物を建てるかが優先で、展示のことはあまり考えていませんでした。どうしたら「居心地の良い場所」がつくれるか、それが最重要でした。ジブリ美術館ではいろいろな展示を行っていますが、実は、最大の展示物は美術館そのものなんです。宮崎駿という人がイメージしたらどんな建物になるか、絵ではなくて、立体的な形としてどう具現化できるか、というのが最大のテーマだったんです。

具体的には、素材感や空間的な面白さや楽しさということになりますが、設えにおいて気を配ったのは、直線だけでつくらないということでした。工場や機械がつくったのではなく、自然の力や人の手によってしかつくれない、「自然を感じる」とか「人の手の痕跡」が重要だったのです。例えば、触れたときに「ツルツル」ではなく、「ザラッ」とした感触など、実は同じ冷たい素材でも感じ方が全然違います。

今は、建築そのものが姿を消す、つまり抽象的な空間さえあればいい、という考え方に進んでいます。本当にそれで居心地がいいのか、と思っていて、マンションなんかも明暗が無く、すべて均一な明るさで部屋を照らします。昔は、家の中でも暗い場所があって、奥の部屋には行きたくないとか、トイレに行くのは嫌だということが必ずありました。建築の中にそういう「影」の部分が無くなってきて、果たしてそれでいいのか?そういう「曖昧な部分」が無いことがいいことなのか、ということです。

「曖昧な部分」があるから気持ち良かったり、安らいだりするのだろうと思います。これは社会全体にも言えることかも知れませんが。もしかしたら、そういった「曖昧さ」が理解できると、「工務店で木の家」が建てられるのかも知れませんね。

―お話の中で、工務店で建てる意味とか、工務店らしい見せ方、工務店が大切にしなくてはならないスタンスのようなことをお伺いできたように思います。本日は、本当にありがとうございました。

宮崎吾朗(みやざき・ごろう)

1967年東京生まれ。信州大学農学部森林工学科卒業。
大学卒業後は、建設コンサルタントとして公園緑地や都市緑化などの計画、設計等に従事。
1998年より三鷹の森ジブリ美術館の総合デザインを手掛け、2001~2005年まで同美術館の館長を務める。
2004年度芸術選奨文部科学大臣新人賞芸術振興部門を受賞。 2005年に開催された愛・地球博にて「サツキとメイの家」を手掛ける。
2006年スタジオジブリの長編アニメーション映画作品「ゲド戦記」にて、挿入歌「テルーの唄」の作詞とともに監督を務める。

宮崎吾朗(みやざき・ごろう)