第39回:澄川喜一さん

「この人に聞きたい」第39回目は、日本を代表する彫刻家で元東京藝術大学学長の澄川喜一氏です。澄川氏は東京スカイツリーのデザイン監修をされたことでも知られており、自らの作品を納める収蔵庫にOMソーラーを採用されているOMユーザーでもあります。
「日本の伝統」を意識した造形作品からは、単に「美しい」というだけではない、街や景観との調和、緩やかな曲線からなる造形からは人との親和性を感じます。東京スカイツリーのデザインに込めた思いや、日本的なデザインとは何か、人が魅力的に感じる造形とは何かなど、澄川氏がつくる造形作品のコンセプトやテーマについてお聞きすることにしました。(文/2013年7月現在)

「心意気」と「江戸の粋」のものづくり。

〝そり〞や〝むくり〞のあるかたち

写真:澄川喜一さん

―まずは「東京スカイツリー」のデザインを監修されることになった経緯や、デザインのテーマについて伺いたいのですが。

声が掛かったのは、以前、東京湾アクアラインのプロジェクトに関わったことがきっかけだと思います。「風の塔」や海底トンネルを掘ったシールドマシン(掘削機)の「モニュメント(カッターフェイス)」をつくったわけですが、このときも大きなプロジェクトでしたから、声を掛ければまた手伝ってくれるんじゃないか、という感じで声が掛かったんだと思います。それと、風の塔もそうでしたが、「〝そり〞や〝むくり〞のあるかたち」というのが僕のライフワークですから、そのことも知ってくれていて、折角、世界一の塔を建てるんだから、カッコいいものを建てようという皆の思いから手伝ってほしいとなったのだと思います。

―〝そり〞や〝むくり〞のあるかたち」ですか。

森山さんが再現した国宝「紅白梅図屏風」。当時使われていたであろう描画の技術を科学調査結果を元に再現された。中央の流水は、銀箔を硫黄で黒く硫化させている。さらに金箔を貼ってその上から「たらしこみ」という琳派独特の手法で梅が描かれた。

東京湾アクアライン「風の塔」。川崎市浮島の沖合約5kmに作られた直径約200m、深さ75mの人工島。風の塔の上には、高さ90mと75mの大小2つの塔がそびえている。トンネル内部の空気を換気するための施設。帆船の帆をイメージしてデザイン。

再現のポイントとなった流水部分。使われた江戸時代の極薄の銀箔は特別に製造してもらったもので扱いには高度な技術を要する。

実際に東京湾アクアラインの海底トンネルを掘り進んだシールドマシンのカッターフェイスを復元したモニュメント。

そう。僕が彫刻家になろうと決めたのは13歳の頃ですが、僕が育った山口県の岩国市には「錦帯橋」という木造の橋があります。ものすごく綺麗な橋で、原理もおもしろいし、工法もおもしろい橋です。日本の大工の技が生かされていて、何度も大水に流されているのに、その度につくり直して、今に至っています。とにかく巧妙で美しい、錦帯橋のかたちを見て、建築家か彫刻家になろうと思ったわけです。

それから、錦帯橋をはじめ大型の木造建築物をいろいろと調べるようになりました。そうしたら、東大寺の大仏殿が世界一の木造建築物だったり、僕の生まれは島根県なんですが、出雲大社の社殿が昔は高さが48メートルもあって、東大寺の大仏殿よりも高い木造建築物だったというようなことがわかってくるわけです。長く、「言い伝えだろう」と思われていた建物でしたが、その遺構が出てきて、本当にあったということを知るわけです。

このように、日本は「木」で大きな建物をつくってきたんです。そして、構造と美しさを兼ね備えていました。例えば「五重塔」の心柱構造は、「低減率」といって、上へいくにつれてだんだん細くなるように工夫されています。こういったバランスが美しさを生み出しているんです。柱の〝むくり〞だけでなく、屋根の〝そり〞もしかりです。外国の屋根にも〝そり〞はありますが、日本の〝そり〞はぎりぎりまで抑えられていて、美しさを残していると思います。とくに木彫では「〝そり〞や〝むくり〞のあるかたち」を強く意識していて、僕のライフワークになっています。そういった話を日建設計の人たちに話したら「心柱構造しかない!」ということになりました。

五重塔の構造は心柱を中心に周辺の木組みとの組み合わせにより全体の構造を支えています。心柱を中心に、どうやって〝そり〞の要素を盛り込むか、構造と美しさをどうしたら兼ね備えられるか、こうしたことを考えながらデザインのコンセプトが固まっていきました。

「不思議さ」という魅力

山口県岩国市錦川に掛かる「錦帯橋」。5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3メートル、幅員5.0メートルで、継手や仕口といった組木の技術によって造られている。日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており、名勝に指定されている。

山口県岩国市錦川に掛かる「錦帯橋」。5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3メートル、幅員5.0メートルで、継手や仕口といった組木の技術によって造られている。日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており、名勝に指定されている。

―「構造」を考えるというのはとても合理的な作業だと思います。でも、その合理性こそ「美しさ」につながっているということですね。その一方で、報道などでは、見る角度によって表情が違うなど、東京スカイツリーには様々な表情がある。それが「魅力」に繋がっていると聞きました。

僕はそのことを「不思議さの魅力」と呼んでいます。「不思議さ」って魅力だと思いませんか。絵画でも彫刻でも音楽でも、あるいは人間でも不思議な人っていうのは魅力的なんです。音楽などでも、様々な音の組み合わせで不思議な音をつくり出していますよね。なんでこんな音が出るのか、考えられないような不思議さです。

―今の世の中、何もかも「簡単」で「分かり易い」ものが求められていますよね。「複雑」や「分かり難い」はもはや排除の対象です。でも、そう簡単にいかないのが世の中であり、簡単ではないこと、別の言い方をすると、自分が想像できないようなことが、逆に魅力に映るのかも知れません。

東京スカイツリーの足元をよく見ると正三角形の土台になっています。上にいくに従って、丸に絞り込まれていくような造形になっています。アールの大きな僅かな曲線を描いており、この〝そり〞のことを僕はよく「日本刀の美しさ」に例えるんです。日本刀は誰もが美しいと感じる限界の造形だと思います。正三角形の各頂点から上に伸びるラインは〝そり〞になるわけですが、正三角形の各辺の真ん中から上に伸びるラインは、逆に丸に集約されていくために膨らんで見える部分があります。それが〝むくり〞の部分です。

〝そり〞は屋根に見られる造形ですが、〝むくり〞も古い日本の木造建築にはよく見られる造形なんです。心柱に限らず、東大寺にしろ、法隆寺にしろ、大きな柱はじつは真っ直ぐではなくて、上のほうが少し細くなっていて、柱の中央が僅かに膨らんでいるんです。意識して見ないとなかなか気付きませんが、でも、それが全体として「美しさ」や「魅力」として、訪れた人の目に映っているんです。ちゃんとは分からないけれど、「あれっ」と思わせるような不思議さが、人間にとって一番魅力的に感じるのだと思います。

―「ちゃんと分からない」というのが大事ですよね。「全くわからない」でもダメだし「全部分かる」でもダメ。

やっぱり「あれっ」ていうくらいですよ。そして、美しさと共に、構造をきちんと成立させるのがとても大変でした。東京タワーは4つの足で踏ん張っていますよね。約100メートル四方という大きな面積の敷地に立っています。それに対し、東京スカイツリーは一辺が68メートルしかない三角形の敷地です。はるかに狭いスペースに倍近い高さの塔を立てるわけですから大変なんです。それでも、日建設計の構造の技術者たちは「できます!」「つくりましょう!」と言って、いろんな知恵を絞ったんです。いわば日建設計の技術者たちは、五重塔をつくった現代の「棟梁」のようなものです。僕もその輪の中に参加していたわけだけど、まさにたくさんの人たちの総合力で完成したわけです。

「ものづくり」のモニュメント

―現代の日本の技術の結晶という感じですね。

東京タワーはアングル(曲げた)「鋼板」を「リベット」でくっつけることで構造をつくっていますが、東京スカイツリーは「パイプ」を「溶接」してつなげていきました。アングル鋼板よりも強度が高いパイプを、これまたリベットよりも強度が高い溶接によりつなげている。言うのは簡単ですが、厚さ10センチの鋼板を丸める技術、太いパイプは直径2メートル以上もあります。このような巨大なパイプを溶接するにはとても高度な技術が必要です。技術×技術をまさに積み上げてつくったんです。

もちろん、いくらお金を掛けてもいいなら話は別です。この仕事も競争ですから、「いかに安く」できるかも一方で求められました。でも、一旦請けた仕事には技術者たちは「心意気」で応えるわけです。「江戸の〝粋〞」と言ってもいいでしょう。「粋」には「他人に不愉快な思いをさせない」という意味があります。自分は少し我慢してでも相手を喜ばせたい、満足させたい―という気持ちです。

―「粋」とはいい言葉ですね。日本独特の言葉かもしれません。

選ばれたことをとても「意気」に感じるわけです。だから請けた仕事は絶対に裏切らない、みんなの期待に応えてやろう、という気持ちで仕事に取り組んだのです。僕は東京スカイツリーのことを「ものづくりのモニュメント」と呼んでいます。

―なるほど。ものづくりのほとんどが機械化され、自動化されてしまった現代には、「意気」に感じる仕事、「粋」という気持ちで取り組む仕事自体、少なくなっています。しかし、東京スカイツリーはもちろんですが、「現場」がある「建築」にはまだ、そういう部分が残っているのではないでしょうか。住宅もしかりです。

五重塔だって全国にたくさんありますが、マニュアルがあるわけじゃないですから少しずつ違います。でも、基本的な考え方は共通しています。現場の棟梁や大工たちが相当知恵を出して、「ここにはこれしかない!」というものを一つ一つつくったのだと思いますね。

誰か一人が考えるのではなくて、各地でみんなが考える。こうして技術や美しさがレベルアップしていったように思います。しかし、現代は暮らしそのものが誰かが代表して考えたものの上で日々オペレーションしているだけで、皆がそれぞれどのくらい考えて日々を送っているのか疑問です。美しさについても、自分で感じる、何が美しいと思えるのか、そのことがないと、気がついたときには街の中から美しいものがなくなってしまう気がします。

最後は「人の感覚」

「そり」と「むくり」の両方を感じる角度。「そり」と「むくり」の両方を感じる角度。
三角形の頂点付近から見たスカイツリー。「むくり」を感じる角度。三角形の頂点付近から見たスカイツリー。「むくり」を感じる角度。
「三角形の辺の中心付近から見たスカイツリー。「そり」を感じる角度三角形の辺の中心付近から見たスカイツリー。「そり」を感じる角度

まさに〝そり〞とか〝むくり〞なんて、手づくりじゃないとできないですよね。機械でつくるなら、〝まっすぐ〞のほうがいいに決まっています。僕がやっていることは、それこそ、一つ一つ手づくりです。五重塔もそうなんです。材木を見て「こう曲がっているのはここに使おう」とか「この曲がりはあそこに生かそう」とか、そういう経験に伴うアイデアや工夫が技術を高め、美しさを生むわけです。建築や彫刻は工業製品ではないんですよね。まっすぐのものを材料にして機械がつくったものが美しいと感じるかどうか。

―もちろん、東京スカイツリーは人力でつくられたわけではありませんが、デザインや造形としてだけでなく、ものづくりに対する基本的な「姿勢」や「考え方」も「五重塔」に倣っているように思いました。

例えば、太いパイプを45度の角度でつなぐのは大変なことなんです。もちろん、コンピュータがありますから断面の寸法出しなどは現代の技術を使うわけですが、そもそも45度でつなごうという「発想」や、実際につなぐ現場の職人たちは、「勘」や「経験」を基にしたまさに「人力」なわけです。全てを機械に任せていない、逆に「任せられない」ということがあるんです。そして、仕事が終わったあとの検査も、一つ一つ溶接部分を「叩いて」音を確認するんです。昔、蒸気機関車なども長距離走ったあとは専門の検査員が叩いて検査していました。いくら技術が進歩しても最後は「人の感覚」が頼りなんですね。

―とても面白い話ですね。「人の感覚」をあてにするのはとても非科学的な行為のように思います。しかし、ものつくりの深層や究極といったところにはまだ「感覚」を重視している部分があるということですね。人と技術の関係をよく表していると思います。

あくまで、コンピュータや機械は、人の発想や感覚をサポートするものであって、機械に任せることを前提にしてはいけないわけです。人が頭を使って、体や感覚を駆使して生み出したものを、チェックするとか、助けるという役割ですよね。

―深層や究極の部分はそうかもしれないですが、日常の多くの場面ではすでに逆転している感じがします。

そうだよね。文字を書くことだって、このままじゃ書けなくなってしまう。すでにいろんなところで文字の変換間違いに出会います。

元々、文字には言葉(音)を表現している部分がありますよね。漢字にしろ、ひらがなにしろ「字」の「かたち」「造形」には意味があったわけです。字のかたちをみれば、それが何を表現しているのかだいたいわかったわけです。でも、文字への親しみは「書く」行為の減少により薄れているのではないでしょうか。文字の「かたち」の意味が分からなくなってきているようです。

「シンボル」「ランドマーク」としての役割

―平気で「変換間違い」を犯す―。それは、〝そり〞や〝むくり〞を美しいと感じる感覚にも通じているのでしょうか。だとしたら、人間力というか、あてにすべき「感覚」があてにならなくなってしまう―。とくに藝大には、豊かな感性をもった学生が集まっているのだと思いますが、いかがですか。

藝大でも、美術や音楽だけでなく、アニメなんかも入ってきていますが、基本的には「感性教育」、「感性を磨く」ことですから、理屈じゃないところから半分入っていかないとダメですよね。理詰めは後からコンピュータにやってもらえばいいんです。

-機械による利便性や快適性が、住宅や街づくり、都市づくりにまで及んでいて、吹いている風の気持ちよさ、太陽のありがたさに鈍感にならざるを得ない、つまり、感性が鈍ってしまうのではないかと危惧します。古い町並みには感性を呼び覚ます「かたち」が残っていました。

古い町並みは、一軒一軒は違う人がつくっているでしょう。でも全体としては調和しています。皆が調和を第一に考えてつくっていたわけだよね。今はそういうことがなくなっています。ヨーロッパなどにはそういう意識が残っているけれど、日本の、特に大きな都市は、皆戦争で焼かれてしまいました。元の木造の建物をつくることは無理ですから、それに代わる「新しいかたち」をつくらなくてはいけません。でも、それはとても難しいことです。

ただ、東京スカイツリーが立っている場所は比較的周囲に高い建物がない場所なんです。高い建物が「発展の象徴」だとすれば、まだ周囲は発展途上にある場所といえます。あれだけの高い構造物をつくることは、とてもシンボリックなことです。京都の東寺にある五重塔は、日本で一番高い五重塔なんですが、今でも京都のシンボルになっていますよね。東京スカイツリーは電波塔ですが、僕は「祈りの塔」でもあると思っています。

スカイツリーがある墨田区は、安政の地震で町が焼け、関東大震災でも焼け、戦争でも焼けています。隅田川は屍累々の川だったんです。京都には今でも多くの五重塔が残っていますが、五重塔は多くの戦乱によって犠牲になった人たちへの慰霊の塔でもあるわけです。東寺の役割と同じというわけではありませんが、シンボリックなものとして景観の役に立ち、まさにランドマークとして東京の、あるいは日本の発展につながればいいと思います。

-東京のシンボルが、澄川さんのような人にデザイン監修されたことを嬉しく思います。東京スカイツリーが、その周辺の新たな時代の新しい街づくりにつながっていき、それが東京や日本の新しい街づくり、国づくりにつながっていくことを願っています。本日はどうもありがとうございました。

澄川喜一( すみかわ・きいち)

1931年、島根県生まれ。山口県立岩国工業高校、東京藝術大学彫刻科卒業。1981年東京藝術大学教授となり、1995年同学長を務める。2003年同名誉教授。2008年文化功労者。2009年NHK放送文化賞受賞。日本藝術院会員。島根県芸術文化センター長、石見美術館館長、横浜市芸術文化振興財団理事長、山口県文化振興財団理事長を務める。1961年に彫刻家として独立して以降、作品を数々の展覧会に出品。代表作は、環境造形「風の塔」(東京湾アクアライン浮島人工島)、同カッターフェイス(東京湾アクアライン海ほたる)、野外彫刻「鷺舞の譜」(山口県庁前庭)、同「光庭」(三井住友海上火災ビル)、同「そりのあるかたち」(札幌芸術の森野外美術館)、木彫「翔」(京都迎賓館)、同「そりのあるかたち02」(日本藝術院)、御影石彫「安芸の翼」(広島市現代美術館)、同「TO THE SKY」(岐阜県民ふれあい会館)、金属彫「光る風」(JR釧路駅)、同「TO THE SKY」(国立科学博物館)など多数。

澄川喜一( すみかわ・きいち)