第34回:坂本雄三さん

「この人に聞きたい」第34回目は、今年度から建築研究所の理事長に就任された坂本雄三さんです。坂本さんは長年、建築と環境の分野で研究を続けてこられ、特に温熱環境や空調システム、シミュレーションなど、OMソーラーにも関連する技術を専門にしてこられました。名古屋大学時代には、OMソーラーの会内誌1994年2月号にて、当時の連載「閉じることと開くことをめぐって」に、少数派だった「閉じる派」として原稿を寄せてくださいました。当時はまだ「断熱・気密」は今ほど一般的ではない時代で、多くの建築家は閉じることに懐疑的なところがありました。坂本さんは当時から閉じることは手段であり目的ではないと述べられ、その後、高断熱・高気密は一般的な技術となり、住宅の熱負荷を軽減しました。今回は個々の技術の話ではなく、主に日本の住宅の今後、また、住宅を通して日本の技術の今後についてお話を伺ってきました。(文/2012年6月現在)

日本人は「低炭素文明」のお手本を示せるはず。

地域工務店は「設備」とどう向き合うのか

写真:いわむらかずおさん

―今後、日本の住宅がどうなっていくのか、まずは大きな方向性から伺えたらと思います。

住宅も社会の中の一つですから、社会全体の大きな流れの中で住宅、あるいは住宅業界を見ていく必要があります。基本的には戦後、経済成長と共に住宅着工戸数は増加し、住宅産業も成長してきました。ところが今後は人口が減少していき、経済成長もプラスがやっとという状況になっていきます。こういう大きな流れがある中で、3年後に状況が一変する、ということはありえないわけです。中でも環境問題やエネルギー問題は、社会全体にとって、あるいは世界全体を見ても優先課題となっており、多くの皆さんもそのことを認識しています。住宅における省CO2や省エネの取り組みはこういった背景から行なわれていることであり、それに加えて3・11で顕在化した電力問題も国としての大きな課題となっている、というのが現在の日本の状況です。

―これらの課題に対して、住宅としては「建築」としてできることと、「設備」としてできることの2つの方向性があると思います。OMでも昔、「開く・閉じる」という言い方で議論したことがありました。

住宅の環境基本性能の向上に関する国の委員会が作成したロードマップ。 住宅の環境基本性能の向上に関する国の委員会が作成したロードマップ。

国のロードマップにも「新産業の創出」が掲げられている。 国のロードマップにも「新産業の創出」が掲げられている。

その議論は私もよく覚えています。「開く派」と「閉じる派」にそれぞれ建築家や学者が分かれて議論していましたが、その議論になると極端な話になってくるのであまり意味がなくなってしまいます。私は当時から「どっちもやれ」って言ってきましたが、今はもう議論し尽くされているというか、これ以上議論することはもうないように思います。簡単にいえばどっちでもいいという感じですね。確かに伝統的な木造建築をやっている人たちは「断熱義務化」などには否定的ですし、国交省でも苦慮しているようです。「寒い」ということが、日本人の死に大きく関係しているということが間接的なデータなどから分かってきていますが、そうはいってもすぐに死ぬわけではありませんし、断熱材を入れないと家が建てられないとか、断熱材が入っていない家を建てたら罰金だなんて話は個人的には賛成しませんけどね。入れたくないのなら入れなくていいと思います。問題はエネルギーの消費と関係しているわけで、断熱材が入っていなくても、エネルギーを多消費しないのであれば問題ないのです。もちろん、断熱材の入っていない家でエネルギーを垂れ流していたとしたら何らかの社会的制裁は必要だと思いますが、断熱材が入っていないというだけで制裁するのは本来おかしいんです。でも、そんな人は今どきいない、いたとしても全体の1〜2%といったオーダーであれば、「義務化」に目くじら立てる必要はないんじゃないかと思います。ですからもう、「開く・閉じる」に神経質になって意見することはないと思いますね。それよりもOMソーラーは、地域工務店と一緒に取り組んでいるんですから、地域工務店が今後どのようにして家づくりを担っていくのか、そのことをよくよく考えたほうがいいと思います。日本では年間1万戸も家を建てる大きなハウスメーカーがあります。外国にそういう大メーカーはありませんが、今後の成熟した日本社会で地域工務店が活躍していくのか、いかないのか、ハウスメーカーだって黙ってないよ、ということになるのか、ならないのかです。特にスマートグリッドとか、HEMS(※)といった話が出てきて、設備業界との連携ということも増えてきます。このような時代にあって、地域工務店はどういう展望を持っているのか、そして、地域工務店と共に歩むOMソーラーがどうリードしていけるのか、このことについて考えて欲しいと思います。
※HEMS(ヘムス):Home Energy Management Systemの略。

「情緒論」と「理論」の両輪が大事

―個々の住宅の議論ではなく、住宅生産、工務店業界の展望ということですね。

そう。省CO2、省エネ、人口減少、低成長といった社会的な制約の中で、地域工務店という存在をどう位置付けていくかです。特に、「エネルギー」が住宅に入ってくるということになれば、これらの設備とどう付き合っていくかということは避けて通れません。また、新築戸数が減少する中でリフォームをどう考えるのか、リフォームを考えるのであれば建築よりも設備のライフタイムのほうがはるかに短いわけで、設備のことを一生懸命勉強して自分たちのテリトリーにしていくのかです。単に住宅という箱を作っていくというのではジリ貧ですよね。その点、OMさんは20数年前から設備的な部分も取り入れつつ、社会に提案されてきたわけです。その発想をもっともっと拡大できるんじゃないかと思います。暖房負荷が何メガジュール減ったとか、温度が何℃に上がって温かいとか、そういう議論もあっていいけれど、これらの設備を絡めた新たな家づくりや街づくりなどを提案していくことが求められていると思います。そういった拡大していく思考がなく、まわり(他業種など)から切り崩されていく一方で、ただそれを凌いでいるというだけでは未来はありません。そういう業界はやっぱりだめだと思います。

―OM工務店は、早くからそういう意識を持った工務店といえるのだと思っています。しかし、OMだけでなく、他の設備もきちんと使いこなせるということ、そして間違えてはいけないことは、OMを含めた設備を取り入れる、扱えることだけではなくて、これらの技術や設備を導入することで、どのような新たな価値に繋げられるかだと思います。坂本さんの東大での最後の授業の中で、「低炭素文明」というお話がありましたが、工務店の存在価値に繋がるお話のように感じます。

まあ、存在価値まではいかないけれど、必要なアイテムとか、一つのツールになるような話だと思いますけどね。

―それは単に、ハウスメーカーと同じような設備、例えば太陽光発電とか高効率給湯器を導入すればいいということではありませんよね。工務店だから提案できることだとか、お客様にとっても、次の時代のライフスタイルを実現する上で"地域工務店"という存在が支えになるという姿です。

そうそう。OMさんは最初からずっと"地域工務店ならでは"という価値付けをされてきましたし、今後もその方向性は変わらないと思いますが、それをさらに拡大するということと、その時に、どういえば良いか、あまり精神論というか、情緒論で深入りして欲しくないという思いがあります。「美しい」とか「木のやさしさ」だとか、あまり文芸的な表現に頼らないで、理論的に説明して欲しいと思います。

―そういった表現をOMは得意としてきましたが、社会的にも自然エネルギー利用が一般化しはじめ、自然エネルギー利用技術に対する評価もキチンとなされるようになってきました。まさに建築研究所にもご協力いただきながら、OMソーラーの評価・検証を進めていますし、OMの理論的な面をあらためて構築しているところです。

日本はエネルギーのない国の手本となるべき

坂本雄三氏。日本人が元来持っている合理主義が新たな文明を築く原動力になると語った。 坂本雄三氏。日本人が元来持っている合理主義が新たな文明を築く原動力になると語った。

情緒論の的になったのが「閉じる」こと、つまり「気密性」の問題だったんですよ。高気密化に反対の人たちは「高気密」という言葉を聞くだけで拒否反応を示していました。まさに情緒以外の何ものでもありません。気密化とは外壁の気密化であって、部屋を気密化するという意味ではありません。ところが、窓も開けない、換気もしないような息苦しい閉鎖的な印象にすり替わってしまったんです。「気密化」というネーミングにも問題があったんですよね。高気密化は快適化のための手段なのに、手段をネーミングにしてしまったため、言葉の印象が先行してしまったんです。本来は目的をネーミングにしなくてはいけません。

―PRする側は「手段」をキャッチにしたほうが差別化を図りやすいということもあります。今でも「Q値」など、数値やデータをPRしているのをよく見かけます。

消費者にとってはその数値が何のためなのかが問題なんですから、やはり目的が伝わらないと誤解が生まれることになります。Q値(断熱性能)だって手段なんだよね。

―こういった性能や技術そのものをPRするのはなかなかなくならないですね。やっぱり消費者のほうも勉強する必要があって、その数値が何のための数値なのか、それは自分にとって必要な性能や技術なのか、ある程度判断できるようにならないといけないのだと思います。こういった話も「低炭素文明」に繋がる話だと思いますが、あらためて低炭素文明とはどういう意味なんでしょうか。

私自身、長い間住宅の「省エネ」とか「省CO2」に携わってきたわけですが、一方で、省エネや省CO2は何のためにやっているのか、ということをずっと考えてきました。もちろん、"地球を守る"という大前提があるわけですが、もう一つはこの分野で日本は世界を牽引していく、イニシアティブを取っていく、ということが重要であろうということです。中国やインド、ブラジルなどたくさんの人口を擁する新興国が、先進国と同じ生活レベルを求めることになれば、世界的なエネルギーの争奪戦になるのは目に見えています。新興国だけではありません、その他のアジア、アフリカの国々だって、便利で快適で清潔な暮らしを求めていくでしょう。そうなったとき、エネルギーのない国はどう したらいいかです。エネルギーのない国にとって原子力は大きな魅力になるわけですが、原子力の利用についてはそうすんなりとはいかなくなりました。そうなってくると、エネルギーそのものを使わないという方向になってくるわけです。具体的には、エネルギー負荷を減らすことと、エネルギー効率を上げることが求められてきます。負荷と効率は「掛け算」ができますから、負荷を半分にして、効率を倍にすれば、4倍の効果が得られることになります。つまり、これまでの25%のエネルギーで足りるということになるわけです。もうちょっと頑張って、例えば5%を自然エネルギーや再生可能エネルギーで賄うことができれば、これまでの20%でやれるということになります。それぐらいの数字ならやれないことはない、という状況に日本はなってきています。仮に、来年までにやれとなっても、日本が持っているお金を全部そこに注げば不可能ではないと思います。まずは日本がそれを実現して、実現した中からノウハウがたくさん出てくるはずです。そして、これらのノウハウが日本の"飯の種"になるわけです。テレビや携帯などの分野では他のアジアの国々にコテンパンにやられていますが、日本のメーカーにとっても、新しい"商売のネタ"は欲しいわけです。日本が「エネルギーを減らす」技術で世界をリードできれば、日本の存在価値は増していきます。世界にはエネルギーのない国がたくさんあるわけなので、そういう国々が日本の真似をするようになり、日本のノウハウが使われるようになれば、日本も数十年は飯が食えるかな、ということです。

日本人はもともと、実証的で合理的な民族

堂島米会所の様子を描いた絵。享保15年(1730年)、大阪・堂島に開設された米の取引所。当時の大坂は全国の年貢米が集まるところで、米会所では米の所有権を示す米切手が売買されていた。 堂島米会所の様子を描いた絵。享保15年(1730年)、大阪・堂島に開設された米の取引所。当時の大坂は全国の年貢米が集まるところで、米会所では米の所有権を示す米切手が売買されていた。

―ドイツのパッシブやスイスのミネルギーは断熱手法がメインですよね。

冷暖房負荷としては有効ですが、その他のエネルギーもあるわけで、断熱だけやればいいということではないですよね。

―「使わない」「無駄がない」というところに日本的価値というか、日本の技術的方向性があるように感じます。低炭素文明のお話の中に司馬遼太郎や梅棹忠夫の名前が登場したようですが。

それは、もともと日本人は合理的な民族であるということを説明するために出した名前です。日本の戦後の多くの思想や文芸作品を見ると、どうも日本は後進国であるという認識が強いようで、特に、私の世代は子どもの頃からそういう認識が刷り込まれたように思います。でも、世界を見渡してみると、日本人は実に合理的で、先進的な民族であることがわかるわけです。司馬遼太郎や梅棹忠夫は、そのことを教えてくれています。江戸時代の日本は、中国や韓国にはない世界でも稀な社会のしくみが整った国でした。例えば、堂島米会所はリスクヘッジされた世界初の整備された先物取引場でした。20世紀の経済学がすでに実践されていたんです。そういう事例は枚挙に暇がありません。実証主義、合理主義の人たちが江戸時代にはいっぱいいて、国全体としては貧乏だったのかも知れませんが、近代西洋文明に上手く繋がるようなネタは江戸時代にすでに出揃っていたんだと思います。寺子屋や藩校の整備など、教育分野は特に充実していて、識字率が高く、文盲はほんの数%しかいませんでした。中国や韓国、インドなど、当時の大陸の国々よりも文明の程度は相当に高かったわけで、だからこそ、明治維新で政府が西洋文明を取り入れていくことに決めたときにも、すんなりと取り入れることができたんです。もちろん同じ頃、中国や韓国も西洋文明を取り入れようとしたんです。でも日本のように西洋文明を上手く咀嚼することができなかったということです。そして今、100年遅れてようやくその他の国々が咀嚼できるようになって、それでエネルギー消費量が急激に増加したからさあ困った、低炭素文明が必要ではないか、というストーリーです。これはあくまでも私の勝手な解釈ですから、反対の人もいっぱいいるでしょうけどね(笑)。

江戸時代の政治家であり学者であった新井白石(写真左)と、実験医学の先駆者であった山
脇東洋(同左)。この二人は、日本人の合理主義、実証主義の象徴といえる。
江戸時代の政治家であり学者であった新井白石(写真左)と、実験医学の先駆者であった山脇東洋(同左)。この二人は、日本人の合理主義、実証主義の象徴といえる。

―西洋文明を咀嚼することによる発展は、エネルギーを多消費することとイコールということですよね。エネルギーの多消費を伴わない文明―。それが低炭素文明の姿ということですね。

その通りです。産業革命に端を発した西洋文明、つまり、私たちの日常の生活ですよ。こうやって昼間から電気つけてるような(笑)。これを西洋の人たちが始め、日本がいち早くキャッチし、自分のものにしたわけですが、地球上の全ての人々がこのような生活をしたらパンクするのは目に見えています。サステナブルな文明に何とか移行しなくちゃなりません。

「低炭素文明」のお手本を誰が示せるか

―かつては西洋文明がお手本でしたが、サステナブルなお手本は世界を見てもまだないと。

ないですよね。この問題は住宅や建築だけの問題ではないですよ。産業全体の問題で、例えば鉄をつくるのに相当なエネルギーを使っていますよね。特に日本はものづくりの国ですから、産業面での省エネが欠かせません。

―江戸時代の実証主義や合理主義は今も日本人は持っていて、自分たちで新たなお手本となるべく文明を考えられるだろうということですね。既存技術(西洋文明技術)の効率化や改善というだけでは追いつけないですよね。

さっき言った「掛け算」ではないですが、ある程度効果は期待できます。ZEHとかZEB(ゼロエネルギー住宅や建築)は逆にエネルギーを生み出します。でも、超高層ビルや工場などはなかなか抜本的な方法はありません。既存の技術で解決できないことはたくさんあって、社会のしくみや生活のしかたも変わっていく必要はあるでしょうね。今を生きる私たちにも江戸時代の日本人の考え方や生き方はDNAとして確実に引き継がれているはずですから期待したいところですが、やはり問題なのは、そういうことを誰が仕切ってやっていくかです。環境省だけではやり切れないですよね。

―建築研究所はどちらかというと技術を生み出すところですよね。でも、折角生まれた良い技術も普及しなければ意味がありません。それを担うのはやはり政策であったり、流行だったりするわけですよね。

そうですね。住宅の技術に関していえば、かなり出揃っていると思います。でも、問題なのは、お金のある人はそういう家に住めるけど、日本人全員がゼロエネ住宅に住むにはどうしたらいいかです。その方法論がまだできていないですよね。一例を挙げれば、エネルギー面でも健康面でも断熱強化が必要ということになっているわけですが、断熱していない家なんてまだまだたくさんあるわけです。そのこと一つとっても抜本的な手法は示されていませんよね。例えば、リバースモーゲージの手法を使って古い家を国が買い取るとか、大きなアクションを起こさないと世の中変わらないですよ。OMさんも新築ばっかり相手にしないで、リフォームにも応えられるOMがあっていいんじゃないですか。

―今まさに開発中です。社会を変えるには政治の役割りが大きいですが、技術と人間の新しい関係というか、人間性を伴った新しい時代の新しい技術が社会を変えていくこともあるように思います。OMソーラーもそんな技術の一つとなるよう次の時代へ向けて開発を進めていきたいと思います。今日は興味深いお話を伺いました。ありがとうございました。

坂本雄三(さかもと・ゆうぞう)

独立行政法人建築研究所理事長。工学博士。専門は建築環境工学。特に熱環境、空調システム、省エネルギー、シミュレーション。 1971年北海道大学理学部地球物理学科卒業、78年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了(工学博士)、建設省(旧)建築研究所入所。90年名古屋大学工学部建築学科助教授、94年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教授。97年同教授。国土交通省社会資本整備審議会専門委員、東京都環境審議会臨時委員、東京都環境影響評価審議会委員、空気調和・衛生工学会・前会長ほか。

坂本雄三(さかもと・ゆうぞう)