第31回:下村健一さん

「この人に聞きたい」第31回目は内閣広報室審議官の下村健一さんです。下村さんは1985年にTBSに入社。「スペースJ」、「筑紫哲也NEWS23」「みのもんたのサタデーずばッと」等のキャスターを担当される一方で、市民グループや学生たちにとっての市民メディア・アドバイザーとしても活動されていました。2010年10月に官邸入りし、今は主に原発事故と復興情報の発信を担当されています。今回のインタビューでは、マスコミ、官邸、市民活動という異なる立場において報道現場に深く関わってこられた下村さんに、これからの時代の情報の伝え方、受け止め方について話をお聞きしました。(文/2011年10月現在)

ニュースは「解答」ではありません。「解法の手引き」です。

情報の「捕球力」と「投球力」を高めよう

写真:下村健一さん

―私たちは、OMソーラーそのものや、自然環境と上手に付き合う家づくりや暮らし方の提案をしていますが、現在は多くの情報が氾濫したり、情報発信の仕方も非常に多岐にわたっているので、上手に伝えるということに苦労しています。今日は、下村さんに情報の発信の仕方、受け止め方についてお話を伺えればと思っています。

実は、僕は家の図面を見るのが大好きなんです。街で住宅見学会の看板を見かけると、ふらふらっと入ってしまう。買うつもりはないんだけど、間取りに興味があって真剣に話を聞くから、営業の方も熱心に家まで電話をよこしたりして、よくカミさんに怒られます(笑)。

―ぜひ、OMソーラーの工務店の見学会も覗いてみてください。奥さんに怒られるような営業はしないと思いますから安心して(笑)。そうやって楽しんで情報収集できればいいのですが、氾濫している情報の中から、どのように情報を受け止めていいのか不安になっている人が多いと思います。これは住宅業界に限った話ではなくて、その結果として「失敗しないための●●」とか「サルでもわかる●●」みたいな情報に飛びついてしまうんだと思います。

それは世の中全般がそうです。僕がメディア・リテラシー(※1)の講演で言っているのは、「与えられた情報を『解答集』と思うな。『解法の手引き』だと思え」ということです。学校でも、問題集には必ずこの二つが付いてますよね。

問題なのは、みんなニュースを『解答集』だと思って、そのまま信じちゃうことです。でも実は、ニュースは『解法の手引き』なんです。「この人はこう供述している」とか、「この人が容疑者として捕まった」とかは『解法の手引き』であって、まだその段階では「この人が犯人です」という『解答』ではありません。

さらにニュースには、解答を間違えそうになる“落とし穴”も色々隠れています。例えば、「スポットライトの副作用」。これはわかりやすい例の一つですが、新党大地代表の鈴木宗男・元衆院議員の生家(北海道・足寄町)に通じるJR踏切の正式名称は、「鈴木踏切」です。かつて、そのネーミングを週刊誌などが「権力私物化の象徴」と採り上げました。ところが、その周辺はどの踏切の先も一軒しか家がないような地域で、渡辺家に通じる踏切が「渡辺踏切」、柴崎家に通じる踏切が「柴崎踏切」というのが、ごく当たり前の習慣なんです。そこで鈴木宗男氏と「鈴木踏切」だけにスポットライトを当てれば、鈴木氏に対する印象を誘導する結果になってしまうわけです。

―同じ情報に対しても、解答を期待して受け止めるか、考える材料として受け止めるかで判断は異なってきますね。

「この家がお勧めです」というのも、それは《答え》ではなくて、そこで勧められた内容が、そのお客さんにとっての考えるべき《ヒント》なんです。そこでお手軽に答えを求めようとして、『解法の手引き』を『解答集』と間違えちゃうと、情報の混乱が生まれるわけです。だって、実際には住まう側のポリシーだってみんな違うわけだから、「この家が正解です」という単一の答えがあるはずがないですよね。一方、情報の送り手(商品の売り手)の立場としては、「これは答えではなく、ヒントです」ということを誠実に打ち出す方が、誠実に《考える材料》を求めている人には響くと思います。

―弊社の広報誌『Kizuki』のタイトル(※2)も、「これが正解です」ではなく、「何かが気づきのきっかけになればいい」という思いを込めています。

いいですねぇ。最初に見た瞬間に、いいタイトルだと思いましたよ。 ある情報を出すときに、都合の悪い要素は伏せ、おいしい話だけを並べる手法。これに反応する相手は、情報キャッチボールの初心者です。そのまま話に乗ってもらえればそれでいいけど、よそでもっと巧みな情報の見せられ方をすれば、簡単に心変わりしちゃいます。
これに対して、もうちょっと難しい情報、たとえば「この商品は、他社よりちょっと高いです。でもその代わりにこういう特長があります」という話に反応する人は、情報の捕球力が高い人です。こういう人とは、質の高いコミュニケーションができますよね。

そこでは発信者も、自分たちにとって都合が悪い情報も敢えて出す以上、「だけど、それ以上のメリットがある」ということを真剣に発信する努力をするようになり、より熱く語ります。結果として、その方が相手の心への到達率も高くなるものです。

※1 メディア・リテラシー…「リテラシー」は、「読み書き能力」のこと。要は、情報のキャッチボールで、エラーせずに捕球し、暴投せずに投球できる能力を身につけましょう、ということ。(「マスコミは何を伝えないか/下村健一著」より引用)

※2 本インタビューは、Kizukiに掲載された記事を転載したものです。

否定は見えやすく、肯定は見えにくい

下村健一さんマスコミ、官邸、市民活動など、異なる立場において報道現場に深く関わってこられた下村さん。

―実際にマスコミでニュースを発信している人たちは、みなさん「これは解法の手引きで、解答ではないので、これをきっかけに皆さん考えてくださいね」という意識で発信しているのですか?

それはマスコミの中でも、人によって違います。自信満々で「これが解答だ」と出している人もいます。一方で僕のように、自分たちがやっていることは中間報告だという自覚を持っている人たちもいます。前者と後者、どちらが正しい姿勢かは一概には言えません。

例えば、僕はかつて「ニュース23」や「スペースJ」で、「今までわかったところでは、こうです。ここから先はまだわかりませんが、現時点で考える材料として提供します」という表現をよく使ったのですが、そうすると視聴者から文句を言われるんです。「答えを知らせろ!」と。つまり、今の社会の空気としては、ニュースの受け手は手っ取り早い「解答」を待っているので、「考える材料として提供します」という言い方は、伝える立場として責任逃れをしているように思われてしまうんですね。

―最近はマスコミに対する批判の声もよく耳にしますが、現実は、まだ大きな影響力を持っていると思います。マスコミが『解法』ではなく『解答』を示しているかのように振舞うのは、受け手をそのレベルに見ている、バカにしているからということですか。

いや、バカにしているわけではありません。実際には、日本社会では簡単に躍らされない人の方がずっと多いと思います。ただそういう人たちは、踊ってないから《目に見えない》んです。僕自身がマスコミにいたから実感するんですが、報道をしていると、視聴者からメールとか視聴率とかいう形で、反応が届くじゃないですか。そういう反応を見ると、“お手軽・解答提示型”の発信への食いつきの方が《目に見えて》多いんです。「カリスマ△△が大人気」「疑惑の○〇、友人が激白!」といったニュースにはすぐ反応がある。一方で、重厚・上質な報道内容には、皆じっくり考え込むためか、無反応。こういうことが続いていたら、いくらマスコミに対して「視聴者をバカにした発信スタイルを取るな」と言っても……、バカにするつもりは無くても、少なくとも「聞く耳持ってもらえるレベルにしようか」とは悩みますよ。そういう反応しか《見えない》わけだから。

フリーキャスター時代の下村さん。フリーキャスター時代の下村さん。 写真※

―そういう「踊らされている人」の行動にマスコミも注目してしまうということでしょうか。

特に、その“踊り”が否定的なものである場合は、一層、目が行きがちです。例えば、2004年のイラクでの日本人拘束事件。あの時は僕も深く関わっていたのでよく覚えていますが、「自己責任論」というのが全国に広がりました。この3人の人質が解放され帰国した時、本当に自己責任論で彼らを叩いた人はごく少数でしたが、ただ圧倒的に目立つ行動をしたわけです。羽田空港に行って「税金泥棒」というプラカードを掲げたりとか。そうすると、そういう目立つ部分だけがマスコミの目に届きます。

実はあの時、3人の救出活動の拠点となった事務所には、「がんばれ」という激励FAXがたくさん届いていたんです。でもその中に数十通「てめーら何考えているんだ!」というようなFAXがあって、それを見たある記者が「こんなFAX相次ぐ」という記事を書いた。すると、「なるほど、その手があったか」と思った人たちから同様のFAXが続々届き始め、それがまた各メディアで報じられ、…という悪循環が起動しました。
それでも事務所閉鎖の時点で僕が最終的にFAXを数えたら、批判が300通、応援850通でした。でも850通の方は、アクションを伴わないので、全く報道されません。どうしても、早々に『解答』を決めてネガティブに踊るサウンド・マイノリティ(大声で発言する少数)が目立って、その結果、《集団否定スパイラル》(みんなでネガティブな方向に入って行く)が進んでいくんです。

―最近ではニュースだけではなく、ブログやツイッターでも自信満々の断定表現、特に否定表現が氾濫していますね。確かに「あれは間違いだ!」っていう方が賢そうに見えますけど。

そうなんです。インターネット時代になって、どんどん情報量が増え、同時に混迷も深まるばかりです。今はインターネットの発信する側、球を投げる側ばかりが急ピッチで広がっていて、受ける側が対応できていないので、あちこちでエラーが発生している状態です。本当にメディア・リテラシーの普及を急がないといけません。

―サイレント・マジョリティ(発言しない多数)はどうして発言しないのでしょうか。

さっき言ったように「重厚・上質な報道内容には無反応」となる理由のひとつは、「いい番組でした」などと《褒めるという行為が、エラそうに思える》から、ためらわれるんじゃないでしょうか。でもそれ以上に決定的な理由は、人間、《肯定のエネルギーより否定のエネルギーの方が大きい》んでしょうね。何か見た時に、「褒めてやろう」というマグマより、「文句いってやろう」というマグマの方が、はるかに速い上昇速度で火口に到達するんだと思います。実際、いい番組で相当感動しても、「あーよかった、これはテレビ局に電話しなきゃ」とは、滅多に思わないでしょう? その結果、評価は発信者に届かないんです。

でも効果という点で言えば、褒める方がはるかに大きいんですよ。クレーム100本受けるより、「いいね」が1本来る方が、ずっと発信側に影響力を与えます。

まず、肯定すること。そして、批判を切り捨てないこと。

下村健一オフィシャルWebサイト。官邸の仕事に就いて以降は更新休止中だが、「けんいち.TV」では、多彩な下村さんの活動が紹介されている。http://www.ken1.tv/
下村健一オフィシャルWebサイト。
http://www.ken1.tv/
官邸の仕事に就いて以降は更新休止中だが、「けんいち.TV」では、多彩な下村さんの活動が紹介されている。

―褒める方が影響力は大きいというのは、マスコミに限らず、組織間でも個人でも全て当てはまりますね。

対面の商売じゃないメディアでさえ、名のある人からのクレームより、匿名の褒め言葉の方が人を動かします。上向きスパイラルを産むんです。自分ひとりが言っても仕方ないと思うかもしれませんが、言った本人がびっくりするくらいの影響を与えることもあります。実際、僕自身、ボロボロになるまで持ち歩いた手紙があります。もう、お守りですよ。それくらい今の日本では「褒める」っていうことが希少価値なんです。

昔、ニューヨーク特派員だった時、アメリカ人はポジティブなことをどんどん発言すると感じました。日本社会とアメリカ社会の二例しか知りませんが、これは教育のあり方も影響しているんだと思います。

―最近は「褒めて育てる」という話もよく聞きますが、一方で「叱って育てる」「スパルタ教育の勧め」みたいなものもありますよね。こういった両極端な考えに対しても、「それぞれの提案をきっかけに自分なりに考えよう」と受け止めればいいけど、「一体どっちが正解なんだ!」ってなりがちですよね。

「どっちが正解なんだ」という設問の立て方が、そもそも違っているんです。この世は総天然色であって、白黒テレビではないんですから。

―「太陽光発電とOMソーラーとどっちがいい?」という話も日常茶飯事です(苦笑)。

そこで、「こっちがいいですよ」と答えてしまうと、設問者と同じレベルの土俵に立ってしまいます。そうならないために求められるのが、相手を知ることです。《あなたにとって相応しい答えは、あなたによる》のだから、答えを求められたら、まずは相手の思いの肯定から始めなければ。肯定されないと自己防御のスイッチが入って、必要以上に理論武装をしたくなるものですし。

とにかく発信側のスタンスとしては、「No」という言葉を使わないこと。スタンスは「Yes」です。それも、相手の話を聞いた上でこちらの考えを伝えるときの接続詞は、「Yes、but」でなく、「Yes、and」。否定ではなく、さらに選択肢を加える形。受け手にしてみれば、肯定された上でプラス・アルファをもらい、思考の窓枠が拡がります。

 更に言うと、そのように「こちらが情報発信する」だけに留まらず、「相手が情報発信できる場をつくる」ことも、大事ですよね。よく、みんなが拍手する時は、最初に誰かが拍手をすると、いっせいに拍手が始まるでしょ。そういう《最初の拍手ができる場》を作っておけたらと思います。

OMソーラーサイトには『住まい手の声』コーナーがありますが、各工務店さんのWebサイトにも、OMソーラーの家で暮らす人たち直筆の生活リポートとか、載ってますか? そういう場を設ける時、勇気が中途半端だと、批判だけ削除しようとしてしまいがちです。でも、批判も一緒に載せておかないと、本物の拍手も来ません。「私たちは、作品に自信があります」という宣伝文句よりも、批判をも隠さず『解法の手引き』として掲載してみせるその姿勢自体の方が、「おっ、自信あるんだなぁ」と受け手に伝わるかも知れません。それに、評価の声の方がたくさん集まる製品なんでしょう?

―OMソーラーの工務店は、OMソーラーというメッセージに共感した集まりであり、その工務店の家づくりに共感した住まい手が全国に25,000軒もいらっしゃいます。これから、そういったことを発信していきたいと思っています。

楽しみです。釈迦に説法ですが、工務店の方々は、元々自分たちのメッセージを、通行人全員の目に飛び込んでくる「家」という具体的な形にして発信しています。これほど、世の中に対してメッセージを出し続けている仕事は無いと思います。そして、街も「家」というメッセージの集まりです。しかも完成後も、今言ったように、そこに住む人との共同作業で暮らしぶりまで発信することができたら、きっと素敵な発信になるはずです。これからは僕も、住宅見学会にふらふらっと入ってしまうことなく、インターネット上をのんびり“散歩”しながら、OMソーラーの個性的な家々を、覗いて歩けるかも知れませんね。

―工務店の中には、社員が自らカメラを抱えて撮影してきた映像をUstreamやYoutubeで流している会社もあります。そういった意味では、地域の工務店が地域のメディアとして活躍するということは、十分に実現可能なことだと思います。そして今の社会全体の課題である省エネの推進も、住宅が占める役割が大きいので、私たちもメディア・リテラシーを鍛えて、一軒でも多くのOMソーラーの家を建てていきたいと思います。本日はたいへん興味深いお話ありがとうございました。

撮影:伊藤菜衣子 写真※提供:下村健一

下村健一さん

1960年生まれ。東京大学法学部政治コース卒業。1985年TBS入社、報道局アナウンス班に所属。現場取材、リポーター、キャスターとして『スペースJ』『ビッグモーニング』などで活躍。1999年TBS退社。以後、TBSテレビ『筑紫哲也News23』『みのもんたのサタデーずばッと』等でコーナー担当キャスターを続ける一方、市民グループや学生、子どもたちなどのメディア制作を支援する市民メディア・アドバイザーとして活動。2010年10月から、内閣府審議官として総理官邸の情報発信担当者に。

下村健一さん
マスコミは何を伝えないか―メディア社会の賢い生き方 下村さんの近著。大手メディア、市民メディア、そしてメディアリテラシー教育の現場等で下村さんが取り組んで来た事を、凝縮した1冊です。
『マスコミは何を伝えないか―メディア社会の賢い生き方』
著者:下村健一
発行:岩波書店
価格:1,995円