第28回:森 摂さん

「この人に聞きたい」、第28回目は、ビジネス雑誌『オルタナ』の編集長、森 摂(もり・せつ)さんにお話を伺っています。日経新聞の記者として活躍されていた森さんは、環境とCSR(企業の社会責任)をテーマとしたビジネス情報誌『オルタナ』の発刊を通して、サステナビリティ(持続可能性)を希求する社会全般の動きを、ジャーナリスティックな視点で発信してきました。
今回、東日本大震災の直後に、日本における環境、エネルギーなどをとりまく問題、また今後社会はどう変化していくかといったお話をお伺いしています。
(文/2011年3月現在)

無関心層が、関心層に変わる。 新しいコミュニティが世の中を変えていく。

「会社は誰のものか?」の答えを求めて

写真:森摂さん

―まずは、雑誌『オルタナ』についての紹介をお願いします。

『オルタナ』は、環境とCSRと「志」をテーマにしたビジネス情報誌です。現在は季刊で発行していて、毎号私たちや次世代の人類が住み続ける「地球」の自然・環境・資源・エネルギー、社会や企業のあり方、食料や暮らしのあり方など、生活者が主役のコミュニティを舞台とした地球規模でのテーマを掘り下げています。2007年3月に創刊し、現在は5年目になります。

なぜ、オルタナを発刊しようと思ったかというと、一つは自分がずっと投げかけてきた命題の答えを示したかったからです。僕は20年間日経新聞の記者をしていたのですが、当時からずっと、経済記者なら誰もが突き当たる「会社は誰のものか」という命題に悩んでいました。
よく言われるのは株主のもの、経営者のもの、顧客のもの、従業員のもの。中でも大きいのはやはり株主で、株主の意向が通るのが現在の日本の資本主義社会の常識です。「でも、それでいいのか」という思いがありました。そんなとき―アメリカ赴任時代ですが、アウトドア・アパレルメーカー「パタゴニア」の創業者、イヴォン・シュイナードと出会う機会があり、彼がおもしろい答えをくれたんです。それは、「会社は地球のものである」ということです。要するに、すべてのビジネスは地球がないと成り立たないということなのですが、僕はそれを聞いて衝撃を受けました。

オルタナの事務所がある表参道の一軒家。2Fはインテリアのショールーム・ワイスワイス。1Fはチェコレストラン。地下はオルタナと表参道アカデミーが入居。</p>
オルタナの事務所がある表参道の一軒家。
2Fはインテリアのショールーム・ワイスワイス。1Fはチェコレストラン。地下はオルタナと表参道アカデミーが入居。

―「会社は社会のもの」という言葉もありますが、社会ではなく地球なんですね。

「社会」というのは「日本社会」や「地域社会」があるわけですが、それらはほとんどが「人間社会」を指していますよね。「地球」とは正に地球上すべてのものを指します。つまり人間も含めての「地球資源」ということですね。この資源が有限であるというスタンスに立たなければいけないということです。
たとえば、イヴォンは「1% for the PLANET 」として売り上げの1%を地球環境保護のために寄付するというシステムをつくっています。1%は、地球上でビジネスを行う者が払う地球税(アースタックス)です。地球資源を軸とすると、生物多様性は「生物資源」であり、エネルギー問題は化石燃料も含んだ「鉱物資源」です。土地も地域も地球資源の一部ですよね。こういった地球資源があるから僕らはビジネスができる。ビジネスをするうえでの哲学として、イヴォンの考え方は非常に筋が通っている、と僕は感銘を受けたんですよ。

―そういった考え方は『オルタナ』の創刊にも受け継がれたということですね。

20世紀のビジネスの価値観は明らかに売り上げであり利益であり企業規模であり、上場会社であれば株価の時価総額がモノサシでした。日本は高度成長期で化石燃料を大量消費して大量生産してきました。でもイヴォンの言葉を受けて、そうしたアメリカ的な資本主義は早々に変わっていくんじゃないか。そんな予感がひしひしとしました。なぜなら、化石燃料は有限だからです。

人類は、これから未来永劫、存続をしていかなければならない。その視点でサステナビリティ(持続可能性)を追求していこうとすると、化石燃料も原発も、すべてのビジネスのやり方を変えていかなければいけません。もちろんビジネスにおいて売り上げや利益を否定するというのはありえませんが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に大事な価値観が21世紀にはあるんじゃないか、そんな仮説を立てました。具体的には、地球環境を大事にするビジネス、地域社会と共生するビジネス、社員を大切にする経営、などといったもので、そのような新しいモノサシをつくろうというのがオルタナの原点です。ちなみに、『オルタナ』は、英語の「オルタナティブ」から来ている言葉です。オルタナティブは、「もう一つの」「新しい」「代替の」「伝統的ではない」というような意味があり、そういったビジネスの価値観を探っていこうという願いを込めています。

14のエネルギーを、7%ずつ使う

オルタナでは、雑誌形態のほか、Webやツイッターなどによる情報発信も行っている。また、yahooと提携してyahooニュースへの記事配信も行っている。
オルタナでは、雑誌形態のほか、Webやツイッターなどによる情報発信も行っている。また、yahooと提携してyahooニュースへの記事配信も行っている。

―そういう意味では、今回の東日本大震災は、エネルギー問題にしても経済活動にしても大きく変化せざるを得ない象徴的な出来事になるのではないでしょうか。

そうですね。今回、エネルギー問題という面では原発事故が一つの大きな出来事としてあります。そこで象徴的なことはいくつかあるのですが、もっとも象徴的なことは「原子力発電というものは人間の手には負えないものである」ということです。だって、三重、四重のリスク管理をしているはずが、たった一回の津波でダメになり、ポンプが使えなくなったら外から水をかけるしかないというものすごく無様なことになったわけですから。

あの巨大地震でも何の不具合もない、そんな技術があったら逆に喝采を浴びたと思うのですけど、残念ながら“先進技術を誇る日本”でも1度ああなったら停められない。ということは、おそらく誰にも停められないんですね。

また、今は原発ばかりがクローズアップされていますが、これをきっかけにエネルギー資源枯渇の危機感が飛躍的に高まりました。現実問題として、危機的なのは石油の枯渇ですね。世間的にはピークオイルという言い方をしますが、実は、ピークオイルは2006年にきていたとIEA(国際エネルギー機関)の資料で明らかになっています。2006年で世界生産が頭打ちになっていると。

よく誤解されますが、石油の枯渇問題の「枯渇」とは最後の1滴がなくなることではないんです。最大の問題は値段が高騰することなんです。日本では、値上がりしたとはいえ、まだガソリンが比較的安価で入りますよね。かつて水よりも安い値段でガソリンが買われていたアメリカは、さらに安価です。その結果、多消費型の現在の社会が生まれたわけですが、石油価格が高騰して仮にガソリンの価格が今の倍になったら、東京はともかく車を移動手段とする地方都市では、生活が立ち行かなくなります。そのとき、世の中のしくみは変わらざるを得ません。電気自動車なのか、乗り合いタクシーなのか、小型化したバスなのか、その具体的な解決方法は分かりません。しかし、社会が一気に変貌していくのは間違いないのです。

―私たちも、こうした社会の変化がそのまま住宅のあり方においても起こってくるものだと思っています。

そうですね。当然住宅も変わらざるを得ません。今まで北海道や東北は灯油で暖房をしていたと思うのですが、価格が高騰すれば今までのように使えなくなるわけですから。

じゃあ、これからどうすればいいのか。21世紀のエネルギーのあり方とは何なんだろうと考えると、僕の一つの仮説は、エネルギーの多様化しかないと思っています。

特に、自然エネルギーは有力な一つです。とはいうものの、原発も新設は無理でも、今あるものを全部やめるのも現実的ではないとも思っています。当然、エネルギー政策全体は見直さなければいけないわけですが、第一段階として僕らが今提唱しようと思っているのは、14のエネルギーを7%ずつ使うということです。14の数字に根拠はないのですが、1割に満たないエネルギーを14個持てたら強いじゃないですか。仮にそのうちの1個がなくなっても他でカバーできる。14が12になったとしても1個あたりを8%にすればカバーできます。

インタビュー後、オルタナでは被災地取材を行った。写真は、壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田。
インタビュー後、オルタナでは被災地取材を行った。写真は、壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田。

―もっともベストだと思うエネルギーに集中させるのではなく、複数の手法を持つことでリスクを分散化させるという考え方ですね。

その通りです。エネルギーというのはリスク問題、リスク管理だと思っています。14のエネルギーを具体的に挙げると石油、石炭、LNG、原子力、水力、太陽光、太陽熱、風力、小水力、地熱、バイオマス、波力、廃棄物発電、R水素です。原子力は当面は現在あるものの稼働率を上げて新設をなくすのが現実的な判断、というのが僕の考えです。

―原発に関しては、絶対反対という声と、なくてはならないものだという推進派の声の対立ばかりがメディアでクローズアップされている印象ですが…。

僕は、原発に限らずそういう場合は「二項対立」と呼んでいます。要するに0か1か、是か非か、という議論ですね。メディアの功罪も大きいとは思いますが、日本人というのは靖国問題にしても、自衛隊の問題にしても、憲法9条にしても、0・1の議論が多いんです。でも多くの場合、答えはその中間にあるように思うのです。

―オルタナは「『右か左か』以外の答えがあるだろう」という投げかけをするスタンスなんですね。

そうです。だって、つい400年前までは地球上では太陽が動いているのか地球が動いているのか分からなかったわけです。地球温暖化問題にしても、これから地球が温暖化するのか寒冷化するのか、実際のところ誰にも分からない。そこまで人智が達していないと思っていたほうが穏当な判断ができると思うのです。

―家づくりの場面でも、「OMソーラーと太陽光発電とどっちがいいの?」「電気とガスはどちがお得?」というような0・1の議論はありがちです。

そうなんですよね。確かに、太陽熱だけですべてのエネルギーを賄うことは無理です。でも、そもそも一つのエネルギーだけですべてを賄おうとすることが無理なんです。今回の震災や計画停電においてもオール電化の家の脆弱さが露呈しましたが、僕は電気だけに頼る生活もかなり危ういと思っています。それはガスも同様ですよね。やはり複数の手段を持つことがリスク管理ということです。

―よくわかります。電気も否定しない。ガスも使う。でもその量を極力減らすためには住宅のつくり方や自然エネルギーの効果的な活用による底上げが必要なんじゃないか、というのが我々の主張です。その有効な方法がOMソーラーだと思っています。

太陽熱利用ですよね。太陽熱のような効率の良い自然エネルギーは、有力なエネルギーだと思っています。ただ、先ほどお話した14のエネルギーの中には、太陽熱よりさらにマイナーなエネルギーがあります。そのシェアを拡大するためには、まず世の中のしくみを変えなければいけません。たとえば小水力(水道管の中の水流や、水路のわずかな落差を利用して発電する小規模な水力発電)でいうと、川崎市の水道局などが水道管に設置をして水流・水圧で発電をしている例がありますが、もっと可能性があるのは、日本の田園地帯で網の目のようにはりめぐされている農業用水の中にタービンを置くことです。農業水路の場合は位置エネルギーなので無尽蔵なんです。仮にそれを実行した場合、関東地方の総発電量は、原発一基分くらいの膨大なエネルギーになります。ただし、今の法律では無理なんです。

自然エネルギーの相対的な地位が今後上がっていくことは間違いない

「いつまでも志を持っていたい。オルタナは青臭い雑誌でいたい」と森さん。オルタナのテーマに、環境とCSRと「志」を掲げた。
「いつまでも志を持っていたい。オルタナは青臭い雑誌でいたい」と森さん。オルタナのテーマに、環境とCSRと「志」を掲げた。

―「水利権問題」ですね。

現在の法律では、自分の所有地を流れている水力以外は利用してはいけない、ということになっています。でも、「水利権」というのは現在あるような小水力小タービンがない時代につくられた法律で21世紀に対応していないんです。できるだけ早く対応してほしい。小水力に限らず、こういった規制で自然エネルギーが使えないケースがたくさんあるんです。水利権とはいえ、発電したエネルギーをもらうだけで水をもらうわけではない。それならなおさら簡単なのに進まない。

―なぜ、進まないのでしょうか。

やはり日本の電力政策に原子力偏重、化石燃料偏重、というバックグラウンドがあるからです。残念ながら、日本のエネルギー政策はものすごく遅れていると言わざるを得ません。あまりにも旧電力の体制を守ろうとする政治のシステム、産業システムが前提となっていて、正しいエネルギーに対しては関心が薄かった。RPS法(新エネルギーの一層の普及を図るという名目で、電気事業者に新エネルギー等から発電される電気を一定割合以上利用することを義務づけた特別措置法)にしても、新エネルギー利用の目標値が低すぎたためにそれ以上の利用が進まず、「推進法が推進を阻む」と揶揄されています。オルタナでもかつて誌面で特集していますが、目標値だけ見ても2014年度に1.63%の電力供給量を自然エネルギーで賄うことにしている日本は、イギリスの20%、デンマークの30%、ドイツの45%、スウェーデンの50%と比べて、いかに低いか明らかなのです。

とはいえ、民主党が温室効果ガス25%削減宣言をして、その後順調に進んでいるとは思わないものの、奇しくも地震があった3月11日、再生可能エネルギーの全量買取法案(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案)が閣議決定されているんです。あわせて電気事業法改正案も閣議決定されました。まだ気は抜けませんが、いずれにしても自然エネルギーの相対的な地位が今後上がっていくことは間違いありません。オルタナでも、期待を込めて注目していきたいと思っています。

環境意識が高い人たちのコミュニティが有力なメディアになる時代

これからは、ソーシャルメディアやコミュニティによる情報発信力がますます強まっていくという森さん。写真は、若者とソーシャルを結ぶデジタルフリーマガジンオルタナ+Sの集まり。
これからは、ソーシャルメディアやコミュニティによる情報発信力がますます強まっていくという森さん。写真は、若者とソーシャルを結ぶデジタルフリーマガジンオルタナ+Sの集まり。

―こうしたエネルギー政策や自然エネルギーへの関心は、今後一般の人の中でも拡がっていくでしょうか?

確実に拡がっていくと思います。今回の震災を通して僕は確信したのですが、原発問題はすべての問題の入口のような気がするんです。というのも、今まで原発問題はタブーにされて、意見を言いにくい雰囲気がありましたよね。そして思い切って反対意見を言えば左翼的であるとか、エキセントリックとか言われたり(笑)。

でも、これからは変わると思うんです。現に、ビジネスの間柄であれプライベートの関係であれ、これまで友人や得意先と原発の話をすることってありませんでした。それが、疑問を投げかけられたことで、今はみんなが関心を持って話し合っている。反対も、堂々と言えるようになりました。 これは僕の経験値ですが、原発問題に関心を持ち、意見を言える人はかなり高い確率で環境問題、健康問題、社会の問題、さらにフェアトレードやオーガニックに関心を持っています。反対に、原発問題に関心を持たない人はオーガニックもフェアトレードも関心を持たないとも言える。そうすると、今回の原発事故をきっかけに間口は確実に拡がったと思うんです。ヨーロッパでは、1986年のチェルノブイリの原発事故以降、急速に環境問題に高い関心を持つようになったと言われています。それは人ごとじゃなくなったからです。日本は、今まで人ごとだったわけです。原発は放射能を撒き散らすことなく発電し続けてきたので、無関心でもよかった。悲しいことですが、環境問題に関する日本の無関心層はこれまで9割以上だったと思います。でも、これからは無関心ではいられません。

―関心を持つことにより、人は自分で情報を求めます。このとき、自ら気づくということは、とても大きいですよね。

そうです。だから今回の一連の震災を起点として、この関心層は必ず拡がると思います。僕は、OMソーラーを支持する層と、オルタナの読者層はかなり重なる部分があるとも思っています。最近、「オルタナ/グリーン経営者フォーラム」といって、僕らの発信する情報をコアとしたコミュニティを立ち上げました。CSRに関心が高い企業の取締役同士の交流を図る機会をつくったのですが、皆さん環境意識が高く、お会いすると「こういう人たちが増えていけば世の中が変わっていく」という空気を感じます。僕は、OMソーラーにも同じことが言えるのではないかと思っています。残念なことに、今は価値観が共有できていないと「太陽熱」というエネルギー利用はなかなか普及しづらいのかもしれません。ところが価値観を共有すると、そういう人たちは深く理解してくれて強い味方になってくれるんですよね。そういう意味でも、OMソーラーを選択するという価値観をもった住まい手のコミュニティは、今後有力なメディアとなっていくと思います。オルタナも、OMソーラーを応援します。ぜひ、今後も協力して活動していきましょう。

オルタナの最近のバックナンバー。毎回興味深いテーマを特集している。
左より、21号「特集:成功する組織 カギは『ご機嫌』」、22号「特集:エシカルを着よう」、23号「特集:企業×NPOベストカップル」、24号「特集:ISO26000の先駆者たち」。

環境とCSRと「志」のビジネス雑誌「オルタナ」のサイトはこちら
http://www.alterna.co.jp/

森 摂(もり・せつ)

株式会社オルタナ代表取締役、雑誌「オルタナ」編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。 流通経済部などを経て 1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2002年9月退社。同年10月、ジャーナリストのネットワークであるNPO法人ユナイテッド・フィーチャー・プレス(ufp)を設立、代表に就任。 2006年9月、株式会社オルタナ設立に参画、編集長に就任、現在に至る。主な著書に『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年10月)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年3月)がある。

森 摂(もり・せつ)