第27回:涌井史郎さん

「この人に会いたい」第27回目は、造園家、大学教授であり、TBSテレビ「サンデーモーニング」のコメンテーターとしてもお馴染みの涌井史郎さんにお話を伺いました。涌井さんは住宅や施設などの造園計画、街や都市の緑化計画などに長年携わってこられ、2002年には「愛・地球博」会場の演出総合プロデューサーを務められるなど、緑化提案の第一人者として活躍されています。また、2011年に開催する、OMが事務局を務めるオープンコンペ「パッシブデザインコンペ」では審査委員を務められます。今回は、パッシブデザインコンペ審査に先立ち、住宅と庭の関係、人と緑の関係についてお話を伺いました。
(文/2011年1月現在)

パッシブデザインは造園的精神そのものである。

「自然との応答」は日本人の心の表れ。

写真:涌井史郎さん

―庭というと京都のお寺のお庭のような「鑑賞する庭」というイメージがあります。住宅の庭も基本的にはその縮小版といったイメージで作庭されることが多いのではないかと思いますが、本来の庭の役割や今後求められる住宅の庭の機能について教えてください。

英語で庭のことを「ガーデン」といいますが、ガーデンの語源は古代ヘブライ語の「ガン」「エデン」からきています。すなわち、「囲われた楽園」という意味です。庭園の発達は都市の発達と密接に関係していて、衛生の問題や治安の悪化などから家というシェルターによって自分たちの生活を「囲い込む」という面が求められていました。ポンペイの遺跡などを見てもわかるように、「パティオ」といって家の中、囲われた中に庭があります。「囲い込む」ということが重要だったわけです。とりわけヨーロッパでその考え方が強くて、良くも悪くもその影響が現在の日本にも行き渡ってしまったように思います。でも、本来の日本の庭は必ずしも「鑑賞用」でも「囲われた楽園」でもなくて、ヨーロッパの庭との違いは都市の成り立ちの違いに表れています。ヨーロッパの都市の多くは城壁により囲われています。一方、日本の都市はどうでしょう。城壁を持たないままに成長してきました。そして城壁の代わりに日本の都市を囲んでいたのが自然だったんです。緑地や農地が街と入れ子のように入り交じって形成されてきました。ヨーロッパ人のように外の社会や自然と明確に区分するのではなく、「自然と応答する」「自然と共存する」というのが日本人の都市観だったわけです。「鑑賞の庭」と仰いましたが、一見すると囲われた庭のようにも見えますが、よく見ると庭と外の風景が繋がっていたりします。

蔀戸の写真。
蔀戸の写真。
蔀戸の写真。

―「借景」ですね。

そう。つまり日本の庭は外界と常に繋がっている状態が望ましいと考えられてきたわけです。そしてその典型が住宅のスペースにもあって、それが「縁側」なんです。「濡縁」とか「広縁」とか縁側にもいろいろな言葉、機能がありますが「内側でもなければ外側でもない空間」がものすごく発達してきたのが日本の家の特徴なんです。庭も縁側も内と外を繋げる行為ですよね。「繋げる」ということが日本の都市の特性でもあり、住宅の特性でもあるわけです。

―日本とヨーロッパの違いが、都市と住宅のそれぞれの単位で共通しているわけですね。

ですから、日本では「どう繋げるか」ということが大事になってきて、例えば平安時代には「蔀戸(しとみど)」といって、腰板を外して上の建具を外側にはね上げて開く設えが発明されます。蔀戸が連続することでパノラマ的に外の景色を中に取り込むことができ、高床になっていますからレベル差により外との繋がりがより密接になり大変壮観です。また、レベル差は景色を効果的に取り込む一方で、外との繋がりを制御する役割もありました。気候制御上、防犯上も文字通り「段差」の役割を果たしていて、快適性、住みやすさにも貢献していたんです。ところが、高かった床がだんだん下がってくるわけです。床が低くなると蔀戸は使われなくなり、それに代わって「引戸」が使われるようになります。引戸になるとどうなるかというと、外の景色がワンカットずつに区切られることになります。こちらを開ければこちらの景色、あちらを開ければまた別の景色というように、4コマ漫画のようなコマ送りのような形で庭が作られるようになります。

蔀戸の図 蔀戸の図

―カット毎の庭というイメージですか。

カットを建具の開閉によって連続させるという感じですね。

―家のつくりと庭のつくりがコマによって連動しているわけですか。

そうなんです。坪庭はこのような考え方から生まれた庭ですよね。そうすると、前栽という言い方をしますがカットに堪える鑑賞用のスペースと庭全体を眺めることが重なってきます。それが知泉回遊式庭園に発展していったりしました。ですから日本の庭はけっして鑑賞用という意味だけでなく、「自然と一体でいたい」「自然と共生していく」といった日本人の心の表れであり、内界と外界が常に調和している状況を住宅にも求めてきたということなんです。

日本の庭は「見上げの庭」。

「開く」「繋がる」といった日本独自の造園精神は、そのまま「パッシブデザイン」を意味していると語る涌井さん。 「開く」「繋がる」といった日本独自の造園精神は、そのまま「パッシブデザイン」を意味していると語る涌井さん。

―なぜ日本とヨーロッパでこのような違いが生まれたんでしょう。

一つは文明の違いだと思います。ヨーロッパの都市の多くは洪積台地、つまり丘の上に築かれています。牧畜民ですから「周りを見渡す」「俯瞰する」ということが大事なんです。ですからヨーロッパの庭は「見下ろしの庭」が基本なんです。イタリア式庭園もベルサイユ宮殿もそうです。ところが日本は農耕民ですから都市は台地の上ではなくて沖積低地にできるわけです。洪水被害なんかに遭いますがやっぱり低地に暮らすんです。そうすると自ずと「見上げの景色」「見上げの庭」になるんです。城下町がどのようにつくられたかというと、一方で天守閣を仰ぎ、くるっと天守閣に背を向けると「山当て」と言いますが、街路の軸線の先に地域のシンボルになっている山を臨みます。城下のどこからでもその山が見えるような町割、都市計画になっているんです。江戸の町も富士山と筑波山がランドマークになっていたわけです。まさに「見上げの構図」です。

―このような考え方が個々の庭にも生きているということですね。

そう。内と外が繋がっているというのが日本の家の特徴なんです。

借景回遊式庭園として知られる栗林公園(香川県)。 借景回遊式庭園として知られる栗林公園(香川県)。

―牧畜民、農耕民などの文明的な背景は変わりつつありますが、気候や風土は変わらないわけですから、このような特徴が受け継がれてもおかしくないと感じます。

空間的な構成から見ても、従来、日本人は床にベタッと座ったり、寝転がったりするのに対して、ヨーロッパ人は椅子に腰掛ける、ベッドに寝るというのが普通でした。つまり、ヨーロッパ人の座面は高いところにあったんです。非常に面白いのは近年、欧米のインテリアを見ると座面が下がってきているんです。リビングルームにラグを敷いて座るとか何かに寄り掛かるなどのシーンです。そして逆に、日本の家には椅子が入り込み、座面が上がっています。逆転現象が起こっているんです。

―座面の高さは自然との距離を表しているようにも思えます。

その通りです。座面が低いほど自然との距離が近く、座面が高いほど距離ができます。

―座面が低いことは自然を敬ったり、崇めたり、畏怖の念を抱くことにも通じているようにも感じます。それが逆転してきているというのは悲しいことですね。

必ずしも日本人としての感性が失われていることを意味しませんが、少なくともライフスタイルが変化してきているということですね。ただ確実に、「座る」とか「しゃがむ」ということが日本人は不得意になってきましたよね。それが相撲が弱くなった理由ともいわれています。

―子どもたちが和式トイレを使えないという話をよく聞きます。

開くこと=パッシブデザイン。

涌井さんは、「愛・地球博」会場の演出総合プロデューサーも務められた。 涌井さんは、「愛・地球博」会場の演出総合プロデューサーも務められた。

少し脱線しましたが、もう一つ庭に関して注目してもらいたいのは、「にわ」という言葉にはいろんな字が当てはまるということです。例えば神道では「斎庭(ゆにわ)」という言葉が祝詞に出てきます。古神道の言葉で「祭事などの際、神様をお招きする場所」という意味があります。また、農家の「にわ」は「作業場」にあたります。そして、いわゆる「庭」があって、日本の庭というのは本来この3つの「にわ」が一体になったものということができます。つまり、収穫したものを干す場所であったり、農作業する場所であったり、神様が降りてくる場所であったり、ときに鑑賞の対象だったり、いわば多機能な場所なんですね。

―空間を多様な用途に使うという「融通無碍」な感覚は日本人が得意にしているところかもしれません。

江戸時代の「八つぁん、熊さん」が住んでいるような長屋は非常に狭矮なスペースで、もちろん庭園なんかないわけですが、江戸の町そのものの緑地率は7割もあったんです。ですから家に庭がなくても、表へ出ればどこへ行っても緑があってストレスがなかったんですね。私は30年くらい前から「オープン外構」ということを提案していて、ブロック塀や万年塀で家を囲う必要はないと話しています。むしろ植栽などよそからちょっと覗けるような外構のほうがスペースも広く感じるし、コミュニティや街並み形成にも貢献できるだろうと言っています。それが今だいぶ定着してきています。犯罪の発生率も、塀で囲むより、オープン外構のほうが低いんです。隠れる場所がありませんから。

昨年12月、石川県金沢市で開催された国連生物多様性年クロージングセレモニーにて講演する涌井さん。 昨年12月、石川県金沢市で開催された国連生物多様性年クロージングセレモニーにて講演する涌井さん。

―OMソーラーの家はオープン外構の家が多いと思います。

「開く」ということがとても重要なんです。自然に対して「構えて」「囲い込んで」「守る」という姿勢ではなくて、自然環境を積極的に取り込んでいくというのが日本人の居住文化の根底にあったんです。「開く」ことそのものがパッシブデザインなんです。夏になれば濡縁の上に棚をつくって蔓性の植物を植えて日陰をつくり空気を冷やす、空気の流れをつくる、魚屋さんは葦簾(よしず)に水を掛けて気化熱により熱を奪って、中に入ってくる空気を冷やしていたわけです。葦簾は単なる日除けではなくて、濡らすことに価値があったわけです。

―もっと積極的な意味があったんですね。お話を伺っていると、庭そのものがパッシブデザインのような気がします。

まさにその通りです。

志を同じく「植樹・植林活動」に取り組む3人がガッチリ握手。写真左は毎日新聞主筆の岸井成格氏、写真中央は日本を代表する生態学者でいわゆる「宮脇方式」による植林活動を提唱し続けている宮脇昭氏。志を同じく「植樹・植林活動」に取り組む3人がガッチリ握手。写真左は毎日新聞主筆の岸井成格氏、写真中央は日本を代表する生態学者でいわゆる「宮脇方式」による植林活動を提唱し続けている宮脇昭氏。

―今はその価値を捨ててしまって、家の性能だけがクローズアップされているように思えます。

冬は閉じればいい、夏をどう開くかが問題ですよね。昔の人は「日本の家は夏を旨とすべし」と書いていますが、それは外界に対してどう開くか、どう風を招き入れるかに知恵を巡らしていたということです。風鈴はセンサーの役割を果たしていたし、簾で日除けをする、京都の町家なんかでは夏になると建具を簾戸に入れ替えたり、畳から籐の敷物に替えたりしていました。中庭は風の通り道として機能していました。冬もへっつい(かまど)の熱を蓄熱利用したりなど、知恵と工夫が住まいや暮らしのなかに生きていたんです。

―このような知恵や工夫が今の住宅に引き継がれていないのは寂しい限りです。

15年くらい前にシュツットガルトで開催されたパッシブソーラー展を見に行ったことがありますが、展示の多くは日本の農家や民家でやられていた知恵や工夫と何ら変わらないものでした。よくよく聞いてみると彼らもやはり日本から学んでいたんです。

豊かさを「求める」のではなく「深める」時代。

―このようなお話を涌井さんも学生さんや社会に対して発信されているわけですよね。

私たちが享受している快適性や利便性は何によってもたらされているかというと「設備」なんです。産業革命以降、特に後半は「設備文明」といえます。そして、この設備文明を支えているのがエネルギーなんです。要するにエネルギーの変換をやっているに過ぎないんです。自然はプラスマイナスゼロなんだから、基本的に10冷やせば 10温まるわけです。そのことを皆忘れてしまったんです。

―ゴミを外に捨てて、家の中はキレイになっていいけど、外はゴミが溢れているというのと一緒ですよね。

それが快適・便利を追求してきた結果で、ようやくゴミが溢れていることに気付き始めたわけです。そして限界が見えてきた。これまでの技術論や科学論はあくまでも「坂の上の雲論」つまりトレンドだったんです。トレンドを高くしていくことによって、「より快適」「より便利」を得てきました。しかし、限界が見えてきた今は「トレンド」から「バックキャスティング」に議論を移行しなくてはいけないわけです。私たちは自然、南(途上国)、未来の3つから収奪を行ってきたわけですが、私たち自身のライフスタイルもバックキャスティングに則ったライフスタイルに移行する必要が出てきます。一般の人たちも理屈じゃなく感覚として、あるいは本能的に感じはじめていて、消費行動にも表れはじめています。例えば「幸福」の指標が変わってきたんです。これまでの幸福は(物的充足/物的欲求)度が指標になっていました。しかし、日本ではバブル崩壊で経済的に満たされていることが必ずしも幸福ではないということを見せつけられたわけです。バブル崩壊を契機に価値観がガラリと変わり、幸福は(時間充足/自己実現欲求)度が指標になりました。簡単にいうと「限られた人生を自分らしく生きる」ということが大事になったわけです。つまり「釣りバカ日誌」の浜ちゃんの生き方です(笑い)。豊かさを「求める」時代ではなく、「深める」時代になったといえます。家族やコミュニティ、身の回りを大事にすることが自分自身の心の豊かさや幸福に繋がるという考えです。「お金もないし外で飲むより奥さんと家で飲んだほうがいい」とか「自分の家でもっと快適に過ごせるようにする」など、これまで家は「素泊まりベース」だったのが「滞在型ベース」に変わってきています。そして、夫婦がポジティブに共通の趣味や話題を見つけ、楽しむことを求めるようになりました。幸福は外的要因によって与えられるものではなく、内的要因によってしか実現できないと気付きはじめているんです。たくさん消費することが「いい住まい方」ではなくて、家のなかにある限られた経営資源を活用してそれを深めていくことのほうがよほど楽しいわけです。

「心の温かさ」こそ評価したい。

―審査員をお願いしているパッシブデザインコンペの「住まい手部門」では、OMソーラーの家で暖かく暮らしているということだけでなく、どのように暮らしを楽しまれているか、そんな事例がたくさん集まることを期待したいですね。

物理的な暖かさよりもむしろ、心の温かさを評価したいですね。自分がない働きでかく汗は辛いものですが、誰かのため、自分のためにかいている汗というのは楽しい汗なんです。やけ酒と充実感に満ちたお酒のどちらが美味しいかということです。そして、これからはヘルスプロモーションという考え方が広がっていくと思っています。これまでは単に「生理的な尺度」で健康かそうでないかを判断してきました。実はWHOは、20年ほど前に「健康」の定義を変えています。「疾病の状態にない」ことを必ずしも健康とはいわないということです。「人格があらゆる面で完全に安定している状態」を健康と定義しています。生理的に健康であっても心理的に不健康であれば生理的な面にも悪影響を及ぼしたり、心身共に健康であっても、生活習慣が恒常性を伴わなければ健康とはいえないわけです。そして、これらを包括する「環境」が健康でなければいけないわけです。つまり健康は、「身体」「心」「生活習慣」「環境」の4つの象限が等しくなくてはならないのです。そして、これらを兼ね備えたものが「家」であるべきなんです。まさにそれが建築の役割なんじゃないですか。

―その通りですね。

建築家の皆さんはどちらかというと「個」を重視するところがありますよね。ですから日本の都市を見てわかるように見本市みたいになってしまっています。でも昔は個を重視するより繋がりを重視していましたから街並みが揃っていました。建築家はデザインを競うより、より良い暮らし方を競ってほしいと思います。先ほどの話と同じですが、豊かさを求める建築ではなく“深める建築”“深めるデザイン”、つまり造園的精神で建築を考えてもらえたらいいと思います。

―OMソーラーは、まさに自然と繋がることを考えてきた技術だと思っています。今日は楽しいお話を伺いありがとうございました。パッシブデザインコンペの際はあらためてよろしくお願いいたします。

パッシブデザインコンペWebサイトhttp://www.pd-compe.com/
※涌井さんが審査員を、OMソーラー(株)が事務局を務めるオープンコンペです。

涌井史郎(わくい・しろう)

1945年、神奈川県生まれ。東京農業大学農学部造園学科中退。造園会社「石勝エクステリア」を設立。造園家として多摩田園都市、全日空万座ビーチホテル、ハウステンボス、東急宮古島リゾート等のランドスケープデザインを手掛ける。2002年「愛・地球博」会場の演出総合プロデューサー、2010年国際生物多様性年国内委員会「地球生きもの委員会」委員長代行を務める。現在、(社)国際観光施設協会副会長、(社)日本造園学会副会長、東京都市大学教授、中部大学教授、桐蔭横浜大学客員教授、東京農業大学客員教授。TBSテレビ「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演。著書に『景観から見た日本の心』(日本放送出版協会)など。

井史郎(わくい・しろう)