第25回:三遊亭小遊三さん

連載「あの人に会いたい」第25回目は、落語家の三遊亭小遊三さんです。人気長寿番組「笑点」の大喜利レギュラーでおなじみの小遊三さんは、落語芸術協会の副会長を務められ、古典落語の中でも特に長屋の話を得意とされています。また、高校・大学と卓球部に所属し山梨県卓球選手権で優勝、世界ベテラン卓球選手権大会に出場した経験などから現在も卓球を趣味とされており、卓球が縁で「地球環境イニシアティブ」の代表・小田全宏氏と出会い、環境の分野にも活動の幅を広げられているそうです。この「地球環境イニシアティブ」には、OMソーラーも参加しているご縁から、このたび、インタビューの機会をいただきました。落語を通して見た江戸のエコ社会や、昔と今の暮らしの違いについて、小遊三さんの価値観、エコ観を重ね合わせながらお話くださっています。
(文/2010年9月現在)

人間は、太陽なしでは生きられない。だから、「おてんとうさまは、ありがてぇ」。

長屋の大家さんっていうのは怖かったんですよ。

写真:三遊亭小遊三さん

―古典落語の中には長屋の話が多く登場しますが、落語を通して江戸時代のエコについて学ぶことはありますか?

あります。というか、落語に出てくる江戸時代の生活は、エコ社会そのものですからねぇ。長屋の生活なんて共同生活で、食は一汁一菜でしたし、人もモノも循環してゴミも出なかった。僕自身は、環境問題やエコについて勉強中なんですが、温暖化だからこうしなきゃいけないとかじゃなく、昔の暮らしからもっと学んだらいいんじゃないかな、って思うことはたくさんありますね。
江戸時代のエコで象徴的なのは、「汚穢屋(おわいや)さん」でしょうか。要するに汲み取り屋さんなのですが、都会に住む人たちの排泄物を汲み取って近郊のお百姓さんの野菜と交換するんです。お百姓さんにとっては汲み取ったものは肥料になるので、それで野菜を育てるでしょう。育った野菜はまた都会へと運ばれていくわけで、そうしてみんなの生活が成り立っていたんです。

―社会のしくみとして、うまい具合に循環していたんですね。

ただ、おもしろいのは「この頃の女性は包丁も持てねぇ」なんて言うけれども、昔の都会の女性も炊事なんかしなかったですよ。長屋では、井戸やトイレやゴミ捨て場など、共同化されていましたからね。九尺二間の狭い裏長屋で火事なんてあったら大変だから、各家にはかまどや洗い場がある程度で、長屋のおかみさんは、せいぜい飯を炊いて、よそうくらいだったんです。
で、じゃあどうしていたかというと、昔も買っていたんですよ。惣菜から甘酒からおじやからおかゆから、何から何まで。いろんな職業の人がいろんなものをつくっていて、近郊に住む人なんかも、毎日、天秤棒担いで売り声あげて売りに来る。みんなそれを買っていたんです。

―今と似ていますね。売りに来るのか、買いに行くかの違いで。

落語芸術協会、略して「芸協」では、毎年名古屋・大須演芸場にて芸協まつりを行っている。インタビューは、公演数時間前に行われた。 落語芸術協会、略して「芸協」では、毎年名古屋・大須演芸場にて芸協まつりを行っている。インタビューは、公演数時間前に行われた。

そうなんです。売りに来れば皿と鉢を持っていくのでゴミが出ないというわけで。今は、家でつくるのがエコで、外食やお惣菜は「手抜き」みたいで肩身が狭かったりしますけど、同じように買っていてもちゃんとエコになっている。しかもそれによって、その種の仕事が生まれていたんです。「先々の時計になれや小商人」なんて言葉があってね。「何屋さんがきたから今、何時頃だね」なんて、みんなの時計代わりになるくらい、毎日いろんな商売屋さんが売りにくる。商売屋も、そのくらいきっちり商売をすると信頼に繋がって商売も軌道に乗るよ、という言葉なんです。江戸では表向きは商売していないと住めませんでしたからね。

―江戸の生活は大らかで自由なイメージがありますが、信用商売でむしろきっちりしていたんですね。暮らしぶりの方は、自由気ままだったんでしょうか?

長屋には大家さんがいて、門限もありましたからね。番小屋なんていうのがあって、大家さんが見張っているんで、オッカナイし、なかなか自由気ままというわけにもいかないんですよ。大家さんは家賃を徴収するだけでなく、店子(たなこ)の素性も把握していたし、身元保証人になったりして、いろいろと生活の世話を焼いていたようです。だから、いい加減なやつに住まわせるなんて絶対になかった。店子にしてみたら、「出ていけ!」と言われたらどんな乱暴な輩でも「どうもすみません」と謝るしかないんです。だって、追い出されたら、江戸のどこに行ったって次は住まわせてもらえないんですから。

芸協まつりにて。今回、特別に公演の模様を写真に撮らせていただいた。 芸協まつりにて。今回、特別に公演の模様を写真に撮らせていただいた。

―小さな管理社会だったんですね。現代のように社会全体のルールによって管理するのではなく、長屋という社会の中で大家さんが取り締まっていたんですね。

大家さんは町役人も兼ねていましたからね。死亡や婚姻の届け出から喧嘩の仲裁まで、何でも面倒を見たそうです。5人組制度で連帯責任なんかもあるから、店子の暮らし方や品行まで、うるさかったみたいですよ。下手なことをすると、「てめぇみたいなヤツに長屋貸していたら俺が世間に顔向けできねぇや。出てけ、バカヤロウッ」って。親のような存在でもありました。

―ともすると家賃をもらっているだけで住人の顔もよく分からない今とは大違いなんですね。

そうなんです。江戸時代は、今と比べて文明が発達していなかったというのが前提なんでしょうけど、決して制度や法律だけで管理されていたんじゃなくて、人と人との繋がりが働いていて、みんながお互いを意識したり支え合ったり工夫し合ったりしていたということも大きかったんだと思いますよ。でも、本当はそういう社会の方が、いい社会のような気がしますけどね。

冷たすぎるトマトは歯にしみていけねぇ。

―そういった社会生活の結果が、今でいう「エコ社会」と言える部分にも繋がっているんでしょうね。ところで、小遊三さん自身も、江戸の生活に共感したり、いいな、と思うようなことはありますか?

はい。実は、僕自身、意識はしていないけど元々がエコなんです。家にいるときも、夏は冷房をあまりつけずに汗をびっしょりかいていますし、冬も最小限の暖房で抑えるとかね。食べ物にしても、昔は一汁一菜なんて当たり前。質素でした。

―どんな幼少時代だったんでしょうか?

高座でトリを務める小遊三さん。この日の演目は、古典落語の演目の一つ、鰻の幇間(うなぎのたいこ)。想像力がかき立てられる話しぶりに、会場全体が引きつけられた。 高座でトリを務める小遊三さん。この日の演目は、古典落語の演目の一つ、鰻の幇間(うなぎのたいこ)。想像力がかき立てられる話しぶりに、会場全体が引きつけられた。

僕は山梨県の大月出身なんですが、田舎でしたからねぇ…。親父が教育の一環としてたまに僕を畑に連れて行くんです。で、嫌々ながらも通っていくうちに、この時期はこの野菜がとれて、この時期はこの野菜の種蒔きが必要になる、なんてことが身体にしみついてくる。意識しないうちに、自然との繋がりを感じるようになるんですよね。新ジャガなんて、本当美味しいですからねぇ。収穫が楽しみだった。それから、トマトも美味しかった。僕はトマトはあったかいのに限ると思っているんですよ。畑で夏の太陽を浴びたやつをブシュッとやるとね。あったかくて、甘くて、少し青臭くて実にうまい。その味が忘れられないですね。

―最近は、臭みのないトマトを冷やして食べるのが流行ですが(笑)。

トマトが嫌いな人は青臭いのが嫌いなんでしょうね。僕はあれが好きでねー。今のトマトなんて、臭みはないし酸味はないし、冷やして食べるから甘みは薄れるしで。冷やしトマトなんて、何であんなにトマトをまずくするんだろうって思ってしまいます。歯にしみるのに、って(笑)。
極端な話、僕は独身だったら冷蔵庫はなくて良いくらいなんです。冷蔵庫があるからものを腐らせるわけで、なければ最初からその日に食べるものだけ買うでしょう。冷凍食品を使うから冷蔵庫が必要なだけで、本来冷やす必要のあるものなんて、ほとんどない。スイカだってキュウリだって、ある程度の温度でないと甘みや風味を感じないし、歯にしみるんだって(笑)。ビールだって、少しあったかめの方が麦の味を感じられるし、苦味が分かるんじゃないかなぁ。
僕の感覚から言うと、キュウリやトマトはせいぜい常温の水で冷やしたくらいが冷えててうまいと感じると思うんですよ。昔はそうやって何でも水で冷やして「冷たくて美味しいねー」と家族団らんしていた。冷やすと言っても、水温20℃くらいの水で冷やすわけだから、冷蔵庫の冷やすとは温度が違うんだけど。

―現代の生活は、便利さや豊かさを求めてきた結果なんでしょうけど、少し行き過ぎてしまった部分もあるのかもしれませんね。エアコンや冷蔵庫の省エネ性能を考える前に、まずそこを考えるべきだという思いがあります。

よく考えてみると、必要のないことも多いんだよね。何事も、ほどほどが一番。シンプルが一番。僕は面倒なのは嫌いだから(笑)、そういう生活を心がけています。

自然のものをあたり前に使うことが大事でしょう。

―私たちが提案しているOMソーラーも、太陽の熱を利用するシステムなんですが、「ほどほどの暖かさ、涼しさ」という感覚を大切にしています。

太陽のありがたみっていうのは、あたり前って言えばあたり前に受け止めているけれど、アレだね。干したふとんで夜寝るときの、あのふとんに入った時の何とも言えない嬉しさね。太陽がふとんの中に残ってるみたいなあの感触ね。本当、ありがたいんだよね。

大学在学中の入門以来、芸歴40年以上、笑点にも30年近く出演されている小遊三さん。笑点では、「水色の着物」でおなじみ。 大学在学中の入門以来、芸歴40年以上、笑点にも30年近く出演されている小遊三さん。笑点では、「水色の着物」でおなじみ。

―OMも干したふとんが暖かいのと同じしくみです。ソーラーというと、よく太陽電池と間違えられるのですが、実際はもっと単純で、昼間の太陽の熱を夜まで貯めておいて家を暖房するのが基本的なしくみです。住まい手の皆さんは、よく、干したふとんの暖かさにたとえられています。

あの暖かさ、何なのかなぁ。太陽の熱って、単に暖めたり、乾燥させたりしただけとは、どぉうも僕は違う気がする。気持ちいいんだよね。そういうところに、太陽のありがたさっていうのを自然に感じるんじゃないかな、人間は。だって、太陽がなきゃ、生きていけないんだもの。それから、うちは明かり採りでトップライトを設けているんですけど、太陽の光を入れるだけで、こんなに明るいものか、と思ってね。単純だけど、素晴らしいよね。あと、OMソーラーもそうだと思うけど、太陽でお湯を沸かすシステムを入れると、夏はマッチ一本もいらないくらいお湯がつくれて、うめなきゃ熱いくらいだとか。智恵を出し合えばもっといろいろあると思うけど、そういう自然のものを当たり前に活用するって、大事なことでしょう。

―おっしゃる通りです。そういったことをできる限り建築的な工夫で実現しようというのが、私たちが提案していることです。機械や設備に頼り切る前に、まだできることはたくさんあると考えています。

芸を磨くには、とにかく稽古して咀嚼して実践して修正して…の繰り返しという小遊三さん。「寄席は、修行の場ですよ」「肌で学んでいくしかないんですよね」と振り返る。 芸を磨くには、とにかく稽古して咀嚼して実践して修正して…の繰り返しという小遊三さん。「寄席は、修行の場ですよ」「肌で学んでいくしかないんですよね」と振り返る。

僕もそう思いますよ。とにかく、今の進歩っていうのは、ものすごいスピードですよ。たとえば奈良時代くらいから明治のはじめくらいまでって、大して変わりませんよね。そりゃ細かくはいろいろ変わったと思うけど、闇の暗さは同じでしょ。それが、電気ができて急に明るくなっちゃって、150年くらいの間に、ものすごい文明の進化があったわけでしょう。人間はついていってないんじゃないですかね。どんどん新しいものを発明して、使って、また発明して…って。使いこなせていない感じがする。で、いつの間にか、みんなが俯いて携帯いじりながら歩くようになっちゃったもんね。
おかしいよね、これ。そんなに人間が嫌いなのか、と問いたくなる。そーんなに知らない人を拒絶するのかって。

―そういった風潮は、先ほどの、みんなが支えあってお互いに影響しながら暮らしている江戸の社会と比べて対照的ですね。

そうなんです。現代に生きる僕たちが今さら江戸時代の生活はできませんが、江戸時代から学ぶことは、たくさんある。そんな気がしてならないですよ。

昔はまず「感謝」が口から出たけど、今はまず「苦情」を口にする社会だね。天罰が下るよ。

―落語の世界では、おかしな方向で物事が進んでいったり、道理に合わないようなことが起こると、与太郎がトボけて出てきて、なかなか核心をつくようなことを言う、なんてシーンがありますよね。小遊三さんが今の社会を見て、そんな風に「こうしたらいいのに」と思うようなことはありますか?

うーん……あんまり文句を言わないように、ということでしょうか(笑)。

―文句…ですか。

「今あるものに感謝する」ともいえるのかなぁ。やっぱりね、何が大事って、信仰ですよ。太陽とか月とか水とか、そういった自然に対してのね。落語の世界でも、「おてんとうさまに申し訳ないと思わねぇのか」なんてセリフをよく大家や親が言うんだけど、そういったものは、ある種、信仰心や尊敬の念から出てくるわけで、やっぱり「おてんとうさまは、ありがたい」って、みんな思っているわけです。落語でも、文献でも、お年寄りを見ていても、昔の人はみんな自然と「ありがたい」の気持ちが言葉として出るんですね。「おてんとうさまに対して面目ねぇと思わねぇのか」「おてんとうさまと米の飯はついてまわらぁ(※)」なんてね。
そう思うと、今「ありがたいねぇ」なんていう人は、いないね。僕も今年の夏みたいな猛暑続きだと「アッツイなぁ」なんて、苦情ばかり言ってしまうんだけど(笑)。今あること、あたり前にあることを感謝する。まずはそれが大事で、それをせずに、ちょっと何かあると文句を言うような、そんな風潮を自分自身も反省しています。

―振り返ってみると、昔のお年寄りはそういうことを繰り返し言ってくれていました。煩わしいとは思いつつも、大人になるにつれ実感できることばかりなんですよね。どうして今の私たちはそういうことを言わなくなってしまったんでしょう?

やっぱり、いろんな便利なものが出来てしまったからでしょうね。人間は本来、太陽中心の生活で日の出とともに目覚めて日の入りで寝ていましたからね。自然に太陽への感謝が言葉になっていましたよね。言葉をついて出てくるってことは相当身にしみて思ってるってことですよ。そして、言葉にして出すことで、実感もするんですよ。ところが今は、スイッチ一つでコントロールできるような生活だから。ありがたみが薄れてしまったのかもしれない。もちろん、ありがたいとは思っているんだろうけど、ありがたさの度合いが全然違う。現代の生活に慣れて僕らは気にならなくなってしまったけれど、江戸時代の人が突然タイムスリップしてきたら、こんな風に自然と歩調が合っていない生活は、さぞかしおかしいと思うんじゃないでしょうか。
繰り返しになるけど、人間は太陽がなきゃ生きていけないんだから、やっぱり、ちゃんと言葉に出して感謝する、ということを大切にしたいよね。でないと、天罰が下るよ。

―そんな言葉が出なくなったのに、環境を守るとか、エコなんて言葉が聞かれるのも、昔の人からすると違和感を感じるかもしれませんね。

そうそう、もちろん、「環境」ということをちゃんと意識して、正しい情報を持って取り組んでいくこともやっていかなきゃいけないわけだけど、まずはおてんとうさんの恵みを意識したり自覚したりすることが大事で、それが出来ればちょっとずつ取り組んでいこう、という気になると思うんですよ。

―OMソーラーも「環境にいい」ということが出発点ではなく、太陽や自然の恵みがもったいないからできる限り活かそう、という考えが基本で、その延長で、自然と寄り添う暮らし方の提案をしています。我々も、伝えていく立場としてよりいっそう努力をしていきたいとお話を伺って改めて思いました。

最近、緑のカーテンが良いよ、なんて聞いて僕もチャレンジしているんだけど、ひと夏ですーっと大きくなって、目隠しになるし、日よけになるし、そこへ水をまけばかなり涼しくなるしでいいことばかり。これ、人から聞いたから「やってみよう」となるわけで、普通の人は、どんなことが環境に貢献できるのか、とか、なんで環境にいいのかとか、具体的なことは分からないことが多いと思うんですよね。OMソーラーのようなおもしろいシステムがあって、それが上手に太陽を使うことやエコに繋がるのなら、ぜひそういうことを広めてほしいと思う。みんなももっと知りたいと思う。
これからのエコの課題は、正しく、分かりやすく伝えていくことだと僕は思っています。

―お話を伺って、小遊三さんのような伝えるプロの方からも、今後もぜひ落語を通じて江戸文化を伝えていっていただけたらと思いました。小遊三さんにエコ落語なんかをつくっていただけると、きっと多くの方が興味を持って聞かれるのでは、と思います。本日は、貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました。

※どんな所にも日の光が差すように、何処へ行っても、どんなことをしても食べていくくらいはできること。逆境にあってもくよくよしない楽天的な生き方。

三遊亭小遊三(さんゆうてい・こゆうざ)
三遊亭小遊三(さんゆうてい・こゆうざ)

昭和43年4月  明治大学経営学部在学中に三遊亭遊三に入門
昭和44年4月  卒業と同時に前座、三遊亭遊吉
昭和48年9月  小遊三となり二ツ目昇進
昭和55年12月  芸術祭優秀賞受賞(「芸協五人衆」に参加)
昭和58年3月  真打昇進 平成13年12月  芸術祭優秀賞受賞(「小遊三特選三夜」により)
本名:天野幸夫(あまの・ゆきお)趣味:卓球、トランペット 経歴等:東京オリンピック聖火ランナー/昭和41年度山梨県卓球選手権優勝/「らくご卓球クラブ」ヘッドコーチ/平成10年~ 世界ベテラン卓球選手権大会出場(50代の部シングルス決勝トーナメント進出4回、50代の部ダブルス決勝トーナメント進出2回)
噺家バンド「にゅうおいらんず」を結成し、8月上席に浅草演芸ホールで特別興行 NTV系「笑点」レギュラー出演中。

【DVD】
「船徳/宿屋の仇討ち」「 野ざらし/蛙茶番」 「厩火事/蒟蒻問答」
各\3,500(税込)

【CD(2010年6 月23 日新譜)】
『若い小遊三 爆笑落語集』
BOX:XT-2945-7(3枚組) \6,000(税込)
単売:COCJ-36206,7,8 各\2,000(税込)
[収録演目]
COCJ-36206(浮世床/置泥/野球漫談)
COCJ-36207(崇徳院/悋気の火の玉)