第23回:長沢岳夫さん

連載「この人に聞きたい」第23回目は、コピーライターの長沢岳夫さんです。今回の取材は、OMの広告でお世話になっているクリエイターの方より、「コピーライターでありながら、田舎に住んで、米を育てている面白い人がいる」と長沢さんをご紹介いただいたのがきっかけです。長沢さんは30年前に千葉県佐倉市に家を建て、佐倉から事務所のある東京への通勤生活を続けてこられました。植物が好きで庭にバラ園をつくったり、最近では自ら二反の田んぼをやられています。大都会を舞台にクリエイティブの最前線で活躍する一方で、家では土いじりをしたり、泥水に浸かり日々草取りに勤しむという、対極的な生活を送られています。長沢さんに、現在の暮らしに至った経緯や、暮らしに対する想いなどを伺ってみました。 (文/2010年6月現在)

OMは「しくみ」が面白い、そして、そのしくみはまさに「文明の要請」といえる。

田舎があるとオフ感覚を強められる

写真:長沢岳夫さん

―長く東京と佐倉の往復生活をされてきたわけですが、長沢さんにとってどのような良い面があったんでしょうか。

東京に事務所がありましたから泊まることも多かったですが、広告の仕事をしているとオフの感覚というのは酒場ぐらいなんです。その点、東京と田舎の両方を持っているというのは私にとってバランスを保つのに好都合だったように思います。

―オンとオフを「切り替える」という感じですか。

そう。出勤の時は電車に乗っていると錦糸町あたりで身体の中の時間の流れが「東京時間」に入れ替わっていく感じがするし、逆に帰ってくる時はやっぱり錦糸町あたりから「田舎時間」というかリズムに変わるのがわかります。

―オンとオフを切り替えた方がいいと思うきっかけのようなことがあったんでしょうか。

明確にはありませんが、コピーライターの仕事って、四六時中、何をしていようが頭の中を仕事が追い掛けてくるようなところがあるんです。家に帰ってきても、何か別のことをしていても、頭の中はつい仕事の方に向いてしまいます。なかなか切り替えが難しいところがあるんです。でも、田舎があるとオフの感覚を強めることができるというか、だんだん切り替えができるようになるんですね。それが定着していったという感じでしょうか。元々大学時代なんかもワンダーフォーゲル(登山やハイキングなどの野外活動。「ワンゲル」と略すことも)やっていたり、自然の中にいるのが好きでしたから、僕はどちらかというとコンクリート寄りではなんですね。都会志向のところもあるんですが、それだけだと乾いてしまうというか、そういうタイプの人間なんでしょうね。

―切り替えが上手くできると仕事にもいい影響があるとか。

いやーどうでしょうね。直接的にはわかりませんが、それが僕のリズムであったことは確かですね。東京にいると朝まで飲んでいるような生活してましたからね。よく反省の顔して始発で帰ってくることもありました。

―クリエイティブの仕事をされている方は、今でもそのような生活をされていたりするんでしょうか。

今は酒に寛容な時代ではなくなりましたからね。昔は文壇なんかも盛んでしたけど、今はそういう作家も減りましたし。

アプローチ:坂道を下ったところが長沢さんの家。写真左の丸太の山は薪ストーブ用の薪。 坂道を下ったところが長沢さんの家。写真左の丸太の山は薪ストーブ用の薪。

―この家を建てる前は東京にいらしたんですか。

いや、この家を建てる前からここに住んでいました。実はこの家は2軒目なんです。前の家は普通の大工さんが建てた家で、建てて10年でこの家に建て替えたということです。最初は改造のつもりがいつの間にか建て替えになってしまって。元々は親父が持っていた土地で、学生の頃はこんな田舎に家を建てることになるとは夢にも思ってなかったですね。

バラ園と無農薬の2反の田んぼ

風の谷:長沢さんの家の南側には広大な谷が広がっている。夏はこの谷を風が良く通るため、長沢さんは「風の谷」と呼んでいる。 長沢さんの家の南側には広大な谷が広がっている。夏はこの谷を風が良く通るため、長沢さんは「風の谷」と呼んでいる。

庭全景:家と谷の間には長沢さんが育てているバラ園を中心とした庭が広がる。 家と谷の間には長沢さんが育てているバラ園を中心とした庭が広がる。

―とても開放的な家ですが、建築家の方にお願いされたんですか。

京都の建築家なんですが、知り合いのカメラマンからの紹介で。元々はコンクリートが得意な人だったんですが、私も家内も木の家が好きだったんで木造でやってもらいました。イメージを膨らませるために家内の2か月分の日記を読んで設計されたんです。

―なるほど。長沢さんのほうから特に要望などはなかったんですか。

このロケーションを活かして欲しいっていう程度だったかな。当時、僕はしょっちゅう海外に行ってましたから、家に長く居る家内に家づくりは任せていましたね。最近谷の向こうに家が建ちましたが、それまでは家なんか見えなくて、緑の谷しか見えませんでした。夏は谷から吹く風が通って気持ちいいんです。

―そうでしょうね。

うちはエアコン付いてないですから。冬も薪ストーブだし。この町でもこういうロケーションは他にないと思いますね。不便ですが、不便だからこそ、このロケーションが残っているんですよね。自然な雰囲気で植物や土と触れ合える環境は、東京に近いほど得られにくくなっています。そういえば、僕は老後に何やろうかと考えたときに「植木屋さん」をやりたいと思っているんです。通信教育でライセンスも取ったんですよ。

ベランダより:ベランダは地面からかなりの高さがあるため、とても眺めが良い。 ベランダは地面からかなりの高さがあるため、とても眺めが良い。

バラ園:ベンチからバラ園を望む。お話の後半は風と木陰が気持ちいい、庭のベンチで伺った。 ベンチからバラ園を望む。お話の後半は風と木陰が気持ちいい、庭のベンチで伺った。

―本格的ですね。バラの栽培をされているんですよね。畑もやられていると聞いたんですが。

畑は家内の領域で、僕は庭とそれから田んぼをやってます。大きな田んぼを持っている知り合いに何気なく「田んぼ貸してくれる人いないかなー?」って聞いたら、あっさり「いいよ」っていうことになって。谷のすぐ下にあるんですが、二反の田んぼを借りて米づくりをしています。二反だと米俵約16俵採れます。我が家だけではとても食べ切れないので、沖縄にいる娘に送ってあげたり、欲しいっていう人にそれなりの値段でお譲りしています。

―二反ともなると結構手が掛かりますよね。

今は機械を借りてやっています。農家の方は機械化が進む一方で、田んぼをやる人そのものはどんどん減っています。二極化しているわけです。米づくりそのものが今アンバランスなんです。機械化した農家は機械を寝かせておくのはもったいないので貸すわけです。機械化されると除草剤も機械が撒いてくれるのですが、私は無農薬でやりたいので草取りだけは手でしています。しかし、これが大変なんです。田んぼの草取りや畦道の草刈、それから水のコントロールですね。草は何でこんなに伸びるんだっていうほど伸びますよ。でも暑い時期にこれをやんなきゃならないんです。

「美しい田んぼ」の裏に奮闘あり

―毎日田んぼに出られているわけですか。

アーチより:バラ園のアーチ越しに家を見る。高低差があるため、スキップフロアのように変化が楽しい庭。 バラ園のアーチ越しに家を見る。高低差があるため、スキップフロアのように変化が楽しい庭。

田んぼって水の流れをつくるために緩やかに勾配がついているんですが、途中で漏れると必要な水位をキープできないんです。モグラなのかザリガニの仕業なのかわかりませんが、毎日チェックしても毎日漏れてますから、とにかく大変です。傍目には「綺麗な田んぼだなー」って思いますが、その裏には奮闘があるんですよ。足も泥に取られて大変です。バンバン腰にきますよ(笑)。でも昔の人はこれが当たり前だったわけですからね。よくやってたと思いますよ。米づくりを自らしてみて、米のことって知ってるようで知らないことがたくさんあることがわかりましたね。

―私たちは、皆が太陽を有効活用して少しでもエネルギーを自給すれば、全体のエネルギー消費量やCO2の削減が可能だと言っていますが、食についても似ていて、皆が自分の食べる分を少しでも自給すれば日本の食糧自給率は随分改善されるんじゃないかと思いますし、農薬への依存度も減るんじゃないかと思います。

自分でつくると美味いんだよねー(笑)。バラも花を咲かせるのに一年間準備するわけです。僅か一週間咲かせるためにです。米もバラも準備というか、育てる過程があるからこそ達成感や充実感が味わえるんですよね。

―そういうライフスタイルを求めている人が増えているように思います。

小規模ならできるんですよ。耕作できない棚田なんかはどんどん貸してますからね。東京から鴨川あたりの棚田に家族で通ってる人も増えてると聞いたことがあります。ただ、現実には周りにプロというか素人をサポートしてくれる経験者がいないと難しいですよね。僕も田んぼは3年目ですが、わかったようでわからないことがたくさんあります。フランス人なんかは、パリに住んでいて週末は使わなくなった農家を買い取ってそこで過ごすというのは結構ポピュラーですよね。三宅一生と仕事をしたときに、僕がこんな生活していると話したら「それは理想だよねー」と言ってましたよ。

―長沢さんが仕事を始められた頃、コピーライターという職業はすでに花形職業だったわけですか。

そうですね。コピーライターブームの前半が僕らの世代で、後半が糸井くんたちの世代という感じかな。サントリーの仕事ではバンバン海外に行ってましたし、ちょうど日本で海外旅行がポピュラーになり始めた頃でしたから、憧れの職業だったでしょうね。

自然との親しみは「ステイタス」

―当時、長沢さんのような生活をされていた方は他にいらしたんでしょうか。

どうでしょうねー。当時は売れっ子コピーライターの代名詞として「青山、ベンツ、離婚」という言葉があったくらいですからね(笑)。親しくしてたサントリーの担当者に「長沢くんは全部縁がないなー」って言われてたくらいですから(笑)。

―コピーライター界では異端だったんですね。

やっぱりコピーライターは都会志向ですよ。だけど、ニューヨークなんか行くと、郊外なんて30分という感覚ですよね。マンハッタンから一歩外へ出れば鬱蒼とした森林が広がっていて、そこにセカンドハウスなんかを皆が持っています。

―日本ではまだそういう生活はごく少数なんですよね。

そうね。軽井沢に別荘があっても、田んぼまでやってる人はもっと少数だろうね(笑)。でも定年後に畑を始める人なんかも増えているんじゃないですか。

―「土いじり」や「農への回帰」は人間本来が持っている正しい欲求のように感じます。

光のリビング:全面ガラス張りの光のリビング。夏は風が通り、冬は薪ストーブが大活躍する、この家で一番気持ちのいい部屋 全面ガラス張りの光のリビング。夏は風が通り、冬は薪ストーブが大活躍する、この家で一番気持ちのいい部屋

正しいかどうかわからないけど、自然との親しみというのは「ステイタス」という面があると思います。ガーデニングやバラの栽培なんて、元はイギリスの貴族の嗜みでしたから。イギリスの田舎に行ってみても、どんなに小さな家でも庭いじりをしています。「庭いじり」がイギリスでは価値観の中にしっかりと根付いてるんですよね。その点、日本の庭は庭師が来て綺麗に整えて帰るだけみたいな、自らいじらないですよね。庭に対する価値観が違うんです。フランスなんかもワインが生活の一部になっていて、ブドウ畑やワイン工場が身近にあって、そこから素晴らしいものが生まれるということを皆が良く知っています。生活と食、農(生産)が全部繋がっているんですよね。ブツ切りじゃない。田舎に素晴らしいレストランがあって、フレッシュな野菜やジビエ(狩猟によって捕獲された食材用の鳥獣)など、とれた場所で料理して食べるというのが文化になっています。もちろん、日本にも自然との美しい関係や文化があるわけですが、それが生活や日常と繋がっているかといえばどうでしょう。普通の人の生活や日常こそ文化なんじゃないでしょうか。

―まだ日本ではそういうことの価値が低く見られているところがあるのかもしれません。

でもだいぶそういうことを価値と思う人が増えてきたんじゃない。家内は東京生まれの東京育ちだけど、土いじりが大好きですよ。春先になると庭に生えた野草なんかを天ぷらにして食べてます。

―そういえば、第一線で活躍されているクリエイターの方たちが農をされてるという話を聞いたことがあります。日本でもだいぶステイタスになってきたのかもしれないですね。

手を出してるみたいだよねー。

―長沢さんはその「はしり」だったということですね。「ものづくり」と共通しているということもあるんでしょうか。

クリエイティブに疲れているところもあるんじゃないの。彼らも絶対消耗しているはずですから。スポーツ選手と同じで、若い頃のピークは一度しかないからね。ずーっとピークはありえない。あとは下るだけ。消耗していくんです。クリエイティブってそういうことだよ。じゃなきゃいいものなんてつくれない。年の功というけれど、それは名前や凄味であって、本当の力は若い頃には敵わないですよ。

時代が変わる「足音」が聴こえる

―そういうことをあっさり言えてしまう長沢さんが凄いと思います。以前と比べてクリエイティブが置かれている環境の変化を感じられますか。

昔はクライアントや代理店の担当者と一対一で作っている感じがあって、全ての責任は担当者が負ってたわけです。ですが、今は全て会議でのチェックになってしまって、責任者不在なんです。おまけに、2年ぐらいですぐに担当が変わったりします。決定が「個人の裁量」から、「会議での合意」に変わりました。多数決では面白いものは生まれにくいよね。実際に出ている広告を見ればわかりますよ。そういう決まり方を経た広告には「心に訴え掛けるもの」が何一つない。あるのは「商売だけだな」っていう。

―それでも「購買意欲を掻き立てる」ことぐらいはできてしまうのでしょうか。

んー、でも所詮はコミュニケーションまでいかないですよね。あとはどんどんレトリカル(ものは言い様、言葉遊び等)になっていってる。会議室をくぐり抜けるにはそうならざるを得ないのかもしれないけれど。広告がそうなって久しいんじゃない。

笑顔:田舎時間の長沢さんはとっても自然体。長沢さんの暮らしぶりからは、「日常こそ文化」ということがよく理解できる。 田舎時間の長沢さんはとっても自然体。長沢さんの暮らしぶりからは、「日常こそ文化」ということがよく理解できる。

―OMでもあらためて、キチンとしたメッセージを届けたいという思いから、「コンセプトブック」をつくろうとしています。

OMソーラーは商品特性が明快だし、追い風も吹いているんだから、いくらでもやれるでしょう。プリウスがこれだけ増えて、時代が変わる足音が聴こえてるよね。「車はエンジン(性能)では売れない」っていう時代が久しかったですよ。でもそれが破られた。車そのものの機能は変わらないけど、車を動かす「しくみ」が変わったことで売れる時代になったんです。文明の要請によってしくみを変えざるを得ない時代になった。そういう意味ではOMも普通の家と「しくみ」が違うから面白い。まさに「OMのしくみ」も文明の要請といえるんじゃないですか。

―ありがとうございます。長沢さんの暮らし方の中には、「自然との応答こそ快適」「身近な生活こそ文化」など、OMと共通する考え方があるように思いました。そして、OMのしくみは文明の要請というお話は、大変勇気付けられるものでした。今日は大変楽しいお話を伺い、本当にありがとうございました。

長沢岳夫(ながさわたけお)
長沢岳夫(ながさわたけお)

東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、広告代理店に入社。営業を経たのち、1970年に広告制作プロダクション、ナークに入社。国鉄ポスターコピーの紀行文調コピーでその名を知られるようになる。その後、パルコのCM企画やポスターコピー、サントリー・角瓶のCM企画、サントリー・オールドのCM企画とコピーを担当しさらなる評価を得、1980年にナークから独立。1981年にはやはりサントリー・オールドで、中国やシルクロードを舞台に撮影された「夢街道」シリーズのCM企画を担当し、知名度を決定付ける。ナーク時代の同僚とオフィス「あっぷるはうす」を設立も1982年に解散。その後はフリーのコピーライターとして活躍を始め、1983年にはサントリー・ローヤルのアルチュール・ランボーやアントニオ・ガウディらの生き様を描いたCMコピーで一世を風靡する。その後はタケダの「アリナミンA」などのコピーを担当。他にもサントリーが1987年から現在まで展開しているマナー広告の企画・コピーにも携わっている。

代表的な作品

  • 死ぬまで女でいたいのです。(パルコ)
  • ナイフで切ったように、夏が終わる。(パルコ)
  • 夢のある話をしようじゃないか。(サントリー・オールド)
  • ランボオ、あんな男、ちょっといない。(サントリー・ローヤル)
  • 人を酔わせるのは、いのち。(サントリー・ローヤル)
  • 変わらないから、好きなんだ。(サントリー・角瓶)
  • いやはや、鳥人だ。(タケダ・アリナミンA)